魔道具への関心
「この服なんてどうかしら?」
「お姉ちゃん似合ってる!」
オリヴィアが手に持った白いドレスを俺の体に合わせる。
四歳となった俺は現在、母であるオリヴィアと双子の妹のセレアとともに買い物に来ていた。
しかし、女性の買い物、である。
いかんせん時間がかかる。貴族街にある貴族御用達の服飾店に来たのだが、俺の服を選ぶだけで一時間は掛かっている。
俺は前世が男だったこともあって、どれにするかは二人に完全に任せる形にしたのだが、どうやら選択を誤ったらしい。
「これでいいんじゃない?」
「こっちも似合うわよ!」
「お姉ちゃん綺麗!」
さっきからこのやり取りを延々と繰り返している。
いい加減疲れた。主に精神的に。
「とりあえず、これを試着してみなさい」
オリヴィアに数着のドレスを纏めて渡される。
俺はそれを溜息を吐きながら受け取り、試着室へと入っていった。
二人の侍女にドレスを着させられると、オリヴィアとセレアに評価してもらうということを数度繰り返す。
「ホント何着ても似合うわね……」
「お姉ちゃん綺麗……」
二人ともどのドレスを着て見せても、恍惚とした表情でそのような感想を漏らすだけで、一向に決まらない。
このままではいつまでも着せ替え人形のように、色んな服を着させられそうなので、適当な服を取って、それをオリヴィアに渡す。
「母様、これにするよ」
「これ……? イリアがそう言うならいいけど……」
俺が渡した服を少し不満そうな残念そうな顔で受け取るオリヴィア。
それも当然。俺が渡したのは、この店に置いてある女性服の中でも珍しいズボンタイプの物だ。
オリヴィアは男物っぽい服より、フリフリしたドレスの方を着ている俺を見たかったのだろうが、悪いがそれは少し遠慮したい。
元々男だったから、スカートで生脚を出しているとスースーして落ち着かないのだ。
「とりあえず、試着してみなさい」
言われた通り、選んだ服を侍女に着せてもらって、着た姿を見せてみる。
ドレスならまだしも、この服だったら自分で着れるのに、貴族とは面倒くさいものだ。
「か、カッコいい……」
「私の王子様……」
反応が今までとあまり変わらないのは、何故だろう?
とりあえず、俺が買う服はこの服に決定した。
その後、セレアの服を選ぶのに二時間を要した。
もちろん、俺もそれに全力で参加した。可愛い妹が着る服を選ぶのに時間が掛かるのは仕方ないことなのだ。
▽
「良い買い物をしたわね」
「母様、ありがとう」
「ありがとう」
帰りの馬車の中でオリヴィアとセレアと会話する。
俺とセレアの服を数着買った後、オリヴィアも真っ赤なドレスを一着買っていた。
俺が生まれた場所は、俺の父であるアレクシアス・ヴァレルパレスが治る公爵領の領都、つまり公都だ。公都は半径十キロメートルの円形の街で、周囲を外敵から守る壁で覆っている。
公都の街並みは、ヨーロッパのような趣がある。今通っている道は石畳みだが、平民街に行けば踏み固められた剥き出しの地面の道らしい。
「アイリも来れたら良かったんだけど」
オリヴィアが言うように、アイリはこの買い物に参加していない。
何でも『稽古』をしないといけないらしい。
『稽古』とは、座学、魔法、武術、礼儀作法を学ぶことらしい。この『稽古』は貴族なら五歳になったと同時に、各家で始めるらしく、斯く言う俺も来年になったら『稽古』が始まる。
アイリは現在六歳なので、既に『稽古』が始まっているのだ。よく庭で剣術を教わっている姿を見る。
どうやら王都の屋敷に住んでいた頃から既に学んでいたらしく、中々様になっていた。
もちろん、兄であるマルスも『稽古』をしている。
因みに、アイリの方がマルスより少し年上だ。アイリの方がふた月早く産まれたらしい。
よく、どっちが姉か兄かで喧嘩しているのを見る。不毛な戦いだと思う。
そんなことを考えている間も馬車は進む。
ゆったりと流れ行く街並みを馬車の窓から眺めていると、不思議な店を発見した。
その店はガラス製のショーウィンドウの中に不思議な形をした『何か』を飾っていた。
「母様、あれは何?」
「ん? あれはね、魔道具のお店よ」
魔道具か。貴族街に店を構えているということは、中々しっかりした商会の店なのだろう。品揃えも良さそうだ。
「ねえ、あそこに行ってみたい」
「魔道具のお店に? イリアは変わったモノに興味があるのね。もっと子供らしいモノに興味を示してもいいのに……」
オリヴィアはそう言いながらも、御者に魔道具店に馬車を近づけるように指示してくれた。
▽
「いらっしゃいませ。本日はどのようなものお探しでしょうか?」
オリヴィアに付き添われて店に入ると、長い金髪を靡かせた美青年がそう声をかけてきた。
「いえ、娘が店の中を見てみたいと言ったから、少し寄っただけなの」
「左様でございましたか。それではご入用の際にはお声掛け下さいませ」
オリヴィアからこの店に来た理由を聞いた金髪の美青年は店の奥へと引っ込んで行った。
俺たちが貴族、しかもこの街の領主である公爵家の者だと、馬車に付いている家紋で判るはずなのに、変に媚びることをせずに接客する態度は評価に値するだろう。
以前行った店では、オリヴィアにゴマを擦りながら媚びるようにしつこく話しかけていた。
「あの人、お耳が長かったね?」
セレアの言う通り、先ほどの店員は普通の人間に比べて耳が長かった。
所謂、エルフという種族だ。エルフは長命で、長い者では千年は生きるらしい。特徴としては、耳が長く尖っており、美形が多いらしい。あと、胸部装甲が薄いのも特徴らしい。
この世界には、人間以外にも様々な種族が存在している。エルフはその代表的な例だ。
他にも獣人といった、人間に獣耳と尻尾を生やしたような種族などもいる。正にファンタジーを体現したような世界がこの世界なのだ。
いずれ色々な種族に会ってみたいものだ。
そんなことを考えながら、店内を見て回る。
ライターのような小さな火を発生させる魔道具やスイッチを入れると決まったパターンの動きをする人形の魔道具など様々な魔道具が置いてある。
「イリア、そろそろいい?」
一通り見て回った頃にオリヴィアにそう声をかけられた。
結構な時間滞在していたようで、オリヴィアは辟易したような顔をしていた。
セレアは今だに店内にある魔道具の玩具を楽しそうに眺めている。ウチにも魔道具の玩具は沢山あるので、欲しがったりする様子はないようだ。
「うん」
オリヴィアは俺の返事を聞くと、先ほどのエルフの店員に挨拶をしに行った。
俺はその姿を後ろから目で追っていると、エルフの店員がいるカウンターの向こう側に気になるモノを発見した。
「どうもありがとう。また来るわ」
「またのご利用をお待ちしております」
そう社交辞令を交わしているオリヴィアたちの会話に割って入る。
「店員さん、その後ろにある本は何ですか?」
「こちらですか? こちらは基本的な魔道具の製法が載っているレシピ本に御座います」
魔道具の本か。ウチの書斎には無かった本だな。
魔道具、か……少し興味があるな。
「母様、あの本が欲しい」
「魔道具じゃなくて、本が欲しいの?」
俺が本を強請ると、オリヴィアは少し困惑したようにそう聞いてきた。
そこにエルフの店員が割って入る。
「申し訳ございません。こちらの本は販売して御座いません」
「売り物じゃないのかしら?」
なんだ、売り物じゃなかったのか。少し魔道具の作製に興味があったけど、売り物じゃないなら仕方ない諦めよう。
そう思ったのだが、
「何とかならないかしら? お金なら幾らでも払うわ」
オリヴィアは食い下がってそう頼み込んでくれた。
気持ちは有り難いが、これでは店員さんが困ってしまう。
ましてや、俺たちは公爵家の者だ。こちらはその気が無くても、向こうからすれば、権威を翳して脅されているように感じているかもしれない。
俺はオリヴィアを止めようと声を掛けようとしたのだが、思わぬ所から声が掛かった。
「お客様、何か問題でも御座いましたでしょうか?」
そう言いながら店の奥の扉から現れたのは、眼鏡をかけた少年だった。
「店長。実はこちらの本を買い取りたいと申しているお客様がいて……」
店員が今までの経緯を店長と呼んだ少年に説明すると、眼鏡をかけた少年は俺たちの方へ向き直った。
「失礼いたしました。私はこの店の店主をしております、ベリュ・ポルゥグインと申します」
この子供が店長なのか。店長ということは、この店に置いてある品はこの人が中心となって作っているのだろう。だとすると、この人は小人族か。
小人族は手先が器用で、魔道具の作製などが得意だと本で読んだことがある。そして、成長が止まるのが早く、歳をとっても幼い容姿のままらしい。つまり、合法ロリの種族ということになる。
実際に小人族を見たのは初めてだが、言われなければ人間の子供と見分けがつかないな。
「ごめんなさいね。その本を売って欲しいのだけど、駄目かしら?」
オリヴィアが再度そう頼み込んでくれる。
「そうですね。この本は基本的なことしか載ってませんし……そちらのお嬢様がお求めで?」
そう言ってベリュと名乗った店長が、俺を示してきたので返事をする。
「はい」
「そうですか。分かりました、お売りしましょう」
何と、売ってくれるらしい。俺から何を感じ取ったのかは知らないが、売ってくれるなら有り難い。これから暇な時は魔道具作りに精を出すとしますか。
「ですが、この本をお買い上げなさるなら、こちらの本も一緒にお買い上げ下さい」
そう言いながらベリュが、一つの本を取り出す。
ついでにもう一冊買えってか? 随分商魂逞しいな。
「この本は?」
「こちらの本の応用編で御座います。一般的に公開されている魔力回路のレシピから、魔法を応用させた上級者向けの作製法などまで載っている物になります。魔道具について学ぶならこの本も必要になりましょう」
オリヴィアが聞くと、勧めてきた理由を教えてくれた。
「では、そちらも」
「お買い上げありがとうございます。本日は将来を担う領主様のご息女の為と勉強させて頂きます」
結局、魔道具の本を二つ買うことになった。
俺はオリヴィアにお礼を言い、家に帰ったら何の魔道具を作ろうかと思いを馳せるのだった。