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第8話 『この川、深いッ!! ~溺れるイーちゃん~』

「私の名前、九条くじょうイチカって言うんす」


 巫女服から登山装備に着替え、額に腫れ物をつくったイチカが教えてくれた。


「なる……。つまり、あの神社はイチカの所が経営してたっていうことね……」


 九条神社という名前はつまりはそういうことだろう。


「ま、そーなりますな――いだだだっ!!」


 にししと笑いながら答えたイチカの表情が途端に苦悶にゆがむ。

 彼女の左手が思いっきり八十田やとだ先輩につねられていた。


「イチカやーん、さっきのほんまに反省しとるんかいな? ん?」


「すいっません! ホントすいませんって! 暗くてよく分からなかったんすよ!」


 イチカは窮屈そうに手を振りほどくと、先輩から距離を取る。


「ほんまかいなねぇ……。まぁ、ええわぁ。今度ウチも同じことしたるさかい」


「おぉう、これが京都人の陰湿さ……。こわいこわい」


 語尾の変な抑揚は、明らかに関西人のソレを物真似しているようであった。

 特に追及せず笑顔を崩さない八十田先輩が怖い。そして、それを意に介さず煽っていくイチカもなかなかのものである。


「そういえば、駅の名前も九条……だったよね? イチカちゃんと何か関係あるの?」


 ほたるが顎に人差し指を当てながらつぶやいた。

 イチカは少しだけまばたきをして、「ああ」と唸る。


「いえ、特に何かあるわけではないッス。というか、この辺で『九条』って苗字は別に珍しくもなんともないんスよね。中学のときなんて同じ苗字がクラスに四人も居ましたから笑」


 それは凄い。佐藤とか田中とかいうレベルを軽く超えている。

 

「量産型やねぇ」


「なんか悪意のある言い方ッスね……」


 先輩の嫌味に、イチカは険悪そうな表情である。


「ちなみに、ウチは同じ名字の人間に一度もうたことないで」


 八十田先輩はそう言うとふふん、と鼻を鳴らしイチカより控えめな胸を張る。

 まぁ……、たしかに珍しい苗字ではある。若干、癪に障る態度だが、これは認めざるを得ない。ついでに、胸も私よりは、あるのを認めてやろう。


「すごい名前ですよね!」


 『三日月ほたる』さんが、目を輝かせながら同調した。

 いや……君の名前もだいぶだからね、と突っ込みたい欲が。


「お、おねぇ……」


 突然、ゆかに肩を掴まれた。


「ん? 何……?」


 内股気味の妹が涙目でぷるぷる震えている。

 私は彼女の下半身に着目して、全てを理解した。


「って、あぁッ!」


 ズボンの股間部が他の場所より薄暗くなっている。つまりは湿っている。


「あぁ……ああ……」


 変に色っぽく喘ぎながら、ゆかはその場に、へたり込む。 

 じゅわっと砂利道に水たまりが広がった。


「あんった?! 何してんのぉ?!」


「みずきちゃん、どうしたの? きゃっ! ゆかちゃん、大丈夫っ?!」


 後ろから覗いたほたるが悲鳴を上げた。

 続いて、先輩とイチカが近づいてきた。


「なんや? どないし――あぁー……」


「んー? ……オーゥ」





「うぇええ! ごめん、ごめんよぉ、おねぇ!!」


「分かった……分かったから、もう泣くなっつの……ってか、うるせぇ……。ほら、ぱんつ脱いで」


「うん……うぅ……ぐすっ」


 山道から少し分け入った所に小川を見つけた私たちは、そこで強制的に小休止を取ることになった。ゆかのお子様パンティを受け取って、近くの河原へと向かう。


「みずきちゃん。ズボン洗ってきたよ」


 ほたるが水を吸ってコンブみたいになった物体を持ってきた。

 裸足で川に入っていたらしく、膝から下の素足が艶めかしいつやを放っている。

 水はねを防ぐためシャツを縛っており、おへそが丸見えだ。


「ごめんね、ほたる。そこ座って。足出して」


 私はほたるに近場の花こう岩を指差して勧める。


「え? 足……?」


「うん、足。かもかも」


 私の意図が読めず判然としない表情のほたるだが、素直に岩に腰掛け左脚を私に差し出してくれた。

 私は肩にかけていた手ぬぐいを外して、彼女の濡れた足を拭ってあげる。


「ひゃっ?! みずきっ、ちゃん……。あうっ」


 性感帯でも押されたような、よがり声をほたるが上げる。


「じっとして」


「でっ、でも……! いやッ」


 何故だろう、すごくえっちな気分になってくる。

 彼女の悲鳴を聞いていると、ますます嗜虐心のようなものがそそられる。

 私はこんなにSっ気の強い女だっただろうか。


「はぁ……ふ、ぁ……」


 ただ足を拭いただけなのに、ほたるの顔は赤く、息も上がって、何かの事後みたいな感じである。


「次、右足ね」


「むぅ……くすぐったくしないでよね」


「はいはい」


 右足も容赦せずやった。


「ほら、終わったよ」


 手ぬぐいを肩にかけ直し、どっこいせと立ち上がる。


「ぐすっ……み、みずきのばかぁ」


 泣きそうな表情のほたるが私を見上げて、悪口を言った。

 何故か、大型犬に吠えるちわわを思い出した。


「よしよし」


 慰めに、頭を撫でてあげる。


「んっ。うみゅ……もうっ」


 ぷんすか怒る様が可愛すぎて死ぬかと思った。


「おねぇえええ! ぱんつぅううう!! まだぁ?!」


 下半身を露出させた変態妹からヘルプが飛んでくる。


「ごめんね、ほたるん。愛してるぜっ☆」


 私はほたるの頬っぺたにキスして、汚れたぱんつ片手に川へ洗濯に向かうのだった。

 


「おらぁっ!!」


 浅瀬の河原で、イチカの大声が響いた。

 サイドスローで投げた小石が、川面をぱしゅぱしゅ跳ねて飛んでいく。


「いぇーっす!! 五回いったッス! 見ましたか、みずき先輩!!」


 用意がよく、学校指定のスク水を着用している。

 デカおっぱいがゆっさゆさ揺れた。


「はいはい、しゅごいしゅごい」


 ゆかのおしっこパンツを洗浄しながら、適当に流した。

 そういえば、こんな上流で尿の成分なんか流して大丈夫なのだろうか。下流で薄められはするだろうが、しかし、ミクロン単位で九条町の人々の水道にゆかのおしっこ成分が配達されてしまいそうな……。九条町の皆さん、ホントすいません……。


「うぁー、みずきセンパイ、ドライだぁーっ……。やとっさんは見ましたよねっ?!」


 おかしな思考に沈む私に、イチカはげんなりした顔。そして、すぐそばでぼんやりと向こうの滝に見惚れる八十田やとだ先輩に水を向けた。


「ん……? ああ、うん。みとった、みとったでぇー。えげつなく大きい魚やったなぁー」


「このコメントは確実に見てませんねぇ……。したらば、エイッ!!」


 イチカは足元の水を掬い上げると、ぱっと先輩向けて引っ掛けた。

 ざあァッ、という音を立てて先輩の頭上にニワカ雨が降る。


「うっわ……」


 こいつ死にてぇのか。やばい、距離を。距離を取らねば。

 私の不安は的中し、先輩の周囲に黒々しいオーラが集まってくる。


「イチカやん……」


 ばしっという音を立てて扇子せんすが閉じられた。


「どこからでもかかってこいッス!!」


 しゅっしゅっ、とファイティングポーズをとるイチカ。

 こいつ、真性のアホだ。入部して数日にして、ようやくイチカの頭の悪さに気付かされる。

 八十田先輩の髪の毛が重力に逆らって立ち昇った。どこか遠くで雷が鳴った気がする。


「みずっちゃん……」


「は、はいっ!!」


「ちょいとむこう行っといてくれはる? 力づくで分からせなアカンお馬鹿さんが、おってな……」


「は、はいぃ! すぐにッ!!」


 雑巾みたいに絞ったパンティ片手に、その場から全力疾走。急いで、修羅場を離れた。





「おねぇー……遅いよぅ、寒いよぅ、風邪ひくよう……早くパンツぅー」


 タオルで下半身を覆った蛮人みたいな妹が、ぶつぶつとブツを要求してくる。

 隣りでは、ほたるがじっと体操座りしていた。自分の膝に顎を乗せて、「ひゃくじゅう、ひゃくじゅういち……」と何かに憑かれたように地面のシミの数を数えている。


「ったく、ちゃんとトイレ行っときなさいってさっき言ったのに……」


 取り敢えず、ほたるには触れずゆかにパンティを手渡した。


「うー、ごめん。忘れてたんだぁ……」


 ゆかは、まだ乾いてないソレに足を通しながら弁明する。

 これで来年からは高校生だと言うのだから、先が思いやられるったらありゃしない。


「ねぇ……みずきちゃん、アレって……」


 ほたるが、驚いた顔で私の後方――川面を指差していた。


「はい?」


 振り返ると、何か流木のようなものが浮いているのが分かった。

 

……いや、丸太ではない。


 金色の髪の毛が生えており、スク水を着用していて、ついさっき八十田先輩に水をぶっかけた張本人だと気付く。浅瀬でアホみたいに暴れ回っていた。


「ぼぼぼ……た、たずけへ………この川っ、深いっ……流されっ、ちゃっぼぼぼぼ……」


 改めて先輩を怒らせてはダメだ、と悟った。


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