表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/30

第4話 『生徒会選挙演説のひと騒動』

「なっげぇ……」


 思わず独り言が漏れてしまう。

 私が今いるのは、学校の大講堂一階部分。演壇では、一時間近く入れ替わり立ち替わり女子生徒らが演説じみたことを繰り返していた。

 ステージ袖には『生徒会選挙演説』と書かれた看板が立っている。


 ふと、隣で青い顔をしている人物が気になった。


「……う、うう……、うぁ……」


 クラスメイトの三日月ほたるが真っ青な顔でゆらゆらと揺れている。


「ほ、ほたるん? 大丈夫?」

 

 肩を持って問い掛ける。こくんこくん、という返事がかえるがどう見ても大丈夫でない。今にも卒倒しそうな勢いである。演説会終了まで持つだろうか、そんな心配が膨れ上がる。


 ――と、そのときステージ近くで小規模なざわめきが起こった。


 前方を確認すると、丁度立候補者が入れ替わったらしい。

 緑色のリボンをつけた三年生の先輩である。たしか、昨年学校の副生徒会長を務めた人物、今期の会長有力候補だ。


「……な……よう。……?」


 どこか天然な気風を感じさせる先輩は、はてなと首を傾げつつ、マイクスタンドを弄る。

各所で散発的なさざめきと笑い声が響いた。しかし、それは決して彼女を嘲笑する旋律ではなく、どこか微笑ましい園児を見守る保護者じみた雰囲気を装っていた。


――ザザッ!


 低振動のハウリングと共に、スピーカに電気回路が直結する。


『かんにんなー。こほん……みなさん、ごきげんよう。ウチは今期、生徒会会長に立候補したもんですー。名前は、もう知ってはる人も多いやろうけど改めて。<八十田やとだゆめ>申しますぅ、よろしゅうなー』


 ほわほわ笑いながら、一礼する様はどこか浮世離れした佇まいを感じさせる。

 方言の強い喋り方もずいぶん板についている。


『まずはウチのため、このような場を設けて頂いたこと、ほんまに心より感謝しますわぁ』


 京都出身であろうか。

 その他の生徒らは熱心に聞き入っているようだが、しかし、私はやや粗雑な感想を持って彼女への関心を失ってしまった。というのも、お隣さんの状況がいよいよ切羽詰まっている。


「はー……はー……」


 ほたるの顔色は青を通り越して白へと変色しつつあった。そんなでも顔の端正さは失われていないので大したもんではあるが。


「ほたる、辛いなら退席したほうがいいと思う」


「う、うん……いや、でも……」


 歯切れの悪い返答に私はほぞを噛む。なんだ、周囲の目が気になるのだろうか。

 しかし、それどころではない気もするが。


「大丈夫だって、誰も気にしないから……」


 華奢な肩を掴んで、促すもほたるの態度は相変わらず。そして、青みがかった瞳が震えながらも僅かな意思を持って演壇に向けられた。


「八十田先輩のスピーチ、ちゃんと聴かないと……私、応援してるんだ」


 それは意外。あのなまり立候補者とほたるに何の繋がりがあるのだろうか。若干、気になるが深く追求するほどでもない。代わりに私は何とか病人の説得を試みた。


「……そうなんだ。けど、ここでぶっ倒れたら逆に迷惑じゃない?」


 ほたるの瞳が僅かながら瞠目する。


「うっ……それ、は……そう、だけど……」


 目を伏せてがっくり項垂れる様はもう限界を迎えつつあるようだ。

私は黙って彼女の片側を支えた。


『あんのぉ~。そちらの奥の方、大丈夫ですか? えらいしんどそうやけど……』


 スピーカの声と共に、講堂内に居る生徒全体の視線が私たち二人に注がれた。

 反射的に羞恥を感じ、私は思わず俯いてしまう。ひそひそ、ざわざわと群衆のさざめきが私たちを取り巻いた。しかし――


『静粛にたのんますー。保健委員さんは介抱をお願いしますわぁ』


 鶴の一声とでも言うのだろうか。凛と響いた涼音が強引に静謐さを取り戻した。

 私は意外な印象と共に、面を上げる。今、この講堂のマイクを支配しているのは他ならぬ演壇の少女だ。

 そして、その彼女と私は目が合った。にこっと少女は微笑みかける。

 なるほど、流石は前・副生徒会長。これは次期会長も決まったようなものだろう。


「――えっほえっほ! ほたるセンパーイ、だいじょーぶですかぁ?」


 どこからともなく腕章を付けた保健委員が駆けてきた。聞き覚えのある声だな、と思えば件の金髪ハーフの登山部員、イチカではないか。妙に黄色い声音だが、今はその嬌声が頼もしい。


「すいませーん、みずきセンパぁイ。ちょっと外までほたるん連れてくの手伝ってもらってもいいですかぁ?」


 イチカは、ほたるの右肩にうなじを押し当てると、妙にキラった瞳で私を見上げた。


「……はいよ」


 二人がかりは少々オーバーでは、という思いがもたげたが、すぐに左側を支えてあげた。私の助太刀を確認したイチカは、気色悪い笑みを顔面に湛える。


「んふっ。そいじゃー、しゅっぱつしんこー♪」


 やめろ、恥ずかしい、変な号令掛けんな。

あーもうっ! クラスメイトたちが失笑しているではないか。


 顔から火の噴き出る思いをしながら、私はふとステージの方に目を向けた。

 八十田ゆめの演説が再開している。


『昨年と同じやけど、ウチが目指しとります、高校生活の姿ゆうんは――』


 特に面白い内容を話しているわけではないが、どうにも彼女が語り出すと、その品格と相まって説得力を感じさせる。スポットライトも心なしか神聖さを醸し出しているようだ。

 近畿地方に点在する霊峰の精霊。

 彼女にあだ名をつけるとしたら、そんな所であろうか。

 どちらにせよ、私のような俗世の人間とは、一段高い所にいる層なのは間違いなかろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ