第3話 『立花家のモーニング劇場』
「おねぇ、ハンカチ持った? 教科書入れた? 防犯ブザーの電池ちゃんと入ってる?」
「はいはい……持った持ったよ、ゆかぁ……。ってか防犯ブザーってアンタ……」
朝7時。玄関で私は二個下、中学三年生の妹に怒涛の勢いで質問攻めに合っていた。
いつものことである。
我が愚妹――立花ゆかは知能は平均的なものの、容姿は近所でも大評判らしく、さらに中学校でも既に累計25回以上は学校の男達から告白されているんだとか。実に月一のペースである。
しかし、全員無下にフラれているらしい。まぁ、気分屋な妹なのでたまたま気が乗らなかったのだろう。一世一代の告白に挑んだ男の子達は可哀想だが。
「おねぇ、昨日帰りが1時間48分32秒遅かったけど、何してたの? ぼく、心配したよ?」
そして、この少々異常な心配性の妹は、姉である私――立花みずきのこととなると、右に出るものが居ない。
「心配してくれるのは嬉しいんだけどさー、着信八件ってアンタねぇ……。悪質なセールスマンでもここまでしつこくないよ」
「ごめん、おねぇのこと考えてると指が勝手にダイヤルしちゃって……。優秀なおねぇが放課後に居残りだなんてことも考えられないしさぁ……あッ!」
私のリボンを忙しく調整していた手が唐突に止まり、鬼気迫った顔面が、くわっと私を見上げる。ルビィ色の瞳が微振動していた。
「おお、おねぇ! まさか、おと――?!」
「違う。ただの部活だよ」
「ぶ(↓)か(↑)つ(↓)?!」
甲高くヒスると、彼女は痙攣して己の髪をぐしゃぐしゃと搔き乱す。やべぇ始まったと思う前に両肩を掴まれた。
「おねぇ、部活なんて絶対ダメだ! 下でしか行動しない低能なオス共が寄ってきたらどうするんだ?! 強引に体育倉庫とかに連れ込まれて××されたら、どうするんだ?! 身体の傷は治せても心の傷は治せないんだぞッ?!」
「いや……ウチ、そもそも女子高……」
「女装してるかもしれないだろ?!?!」
ダメだコイツ、早く何とかしないと……。
近頃、我が妹の奇人ぶりが目に見えてエスカレートしている。
それはこのような妄言に限った話ではない。日頃の行動が何と言うか常軌を逸しているのだ。
たとえば、もう15歳にもなって「おねぇ、一緒にお風呂はーいろ♪」とか言いながらスッポンポンで風呂場に突入してきたり。
背中を流すとかうそぶいて、私の『控えめBカップ』を揉みしだいてきたり。
「みずき隊長! ゆか隊員は、おっぱい休憩に入らせて頂きます!」とかいうアホみたいな申し出と共に、私の頭の上へと『わがままGカップ』を乗せて来たり。
夜な夜な「おねぇ……ふはーふはー……おねぇ……ふはぁーふはぁーおね――あうっ」とかいう気色悪い独り言が壁越しに聞こえてくることがあったり。
一度、何をしてるのか気になりそっと部屋を窺ったことがあって、何やらベッドの上でもぞもぞ行為に耽っているシーンを目撃してしまい、こっちが恥ずかしい思いをしたことがあったり。
しかし翌朝、妹のベッドの上から行方知れずになっていた私の体操服(しかも洗ってないヤツ)が出てきたときは、ゾッとしたことがあったり。
こればかりは、たまったものではない。
良い機会だ、今少し釘を刺しておこう。
「ゆかぁ、そんなことよりさぁ、私の下着が最近よく無くなるんだけどアンタ知らない?」
なるべく自然な感じで問い掛けた。
しかし、ゆかは肩をビクリと撥ねさせ、口元が引き攣り始める。
「えっ……そそそそうなんだ。うーん、はっ、えっと、うん。ぼぼぼくも見てないですな」
「ほんと? ほんとにほんと?」
疑わしげに『私より背の高い』妹の顔をじとっと覗き込む。
「ほ、ほんと! ぼく嘘つかない!」
「私のこと普段なんて呼んでる?」
「おねぇ」
「アンタが私の私物をオカズに夜な夜なやってることは?」
「おなぁ――ッ?! ゆ、誘導尋問?!」
へぇええ??と眉間にしわを寄せて、狼狽えるユカを睨み上げる。ロングヘアに閉ざされた顔がみるみる朱に染まった。本当に度し易いリアクションである。
しかし、私の追及を逃れるためかユカはわざとらしく手首を確かめると小芝居地味た真似をする。
「あっ、いけない、もうこんな時間! ぼくもそろそろ学校行く準備しないと! お、おねぇそれじゃー、気を付けて行って来てねっ!」
そうまくし立てると、ゆかは二階へ逃げていくのだった。
※あとがき
立花ゆか……情緒不安定な、みずきのシスコンシスター。身長は平均的だが、チビみずきがあまりにドチビ過ぎるため、妹に見えない。現在、中学三年生。一人称は『ぼく』
最近、おねぇの私物収集にハマっている。お気に入りは体育があった日のまだ洗われてないおねぇの体操服の腋部分と、パンティの密着部位その他。