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第28話 『山と温泉って、ご飯とおかずみたいな関係じゃない?』

「うわ、はっず……」


 展望台デッキで異彩を放つハート型レリーフを見て、思わず正直な感想が漏れてしまった。レリーフに沢山の南京錠がぶら下がっていて、申し訳ないが片っ端から処分したくなる。神聖な山頂を己が縁結びに利用しようというその魂胆が浅ましいのだ。


「にへへ、素敵な場所でしょ? みずき。これからもずっと一緒にラブラブしようね! これはその印!」


 邪な思考を巡らす横で、ほたるが自前の南京錠をガチャンと追加した。浅ましき親友にため息がでる。


「はぁ、あほくさ……。ラーメン食いたいよ……。はらへった……」


そういうのに全く興味が持てず、お腹をさすってダラダラとベンチにお尻を落とす。あるのは衣食住の原始的欲求のみ。山行開始から既に3~4時間はかかっている。急坂が多かったためか、疲れもひとしおなのだ。


「もぉー! なんでそういう雰囲気台無しにすること言うのぉ?! みずきって実は中身オッサンだよね!」


いーだ、と憤慨するほたるを、私はジト目でにらみ上げた。


「なんだ、お前。喧嘩売ってるのか」


「あ、そういう態度とっちゃうんだ。だったら、お昼ごはんはお預けだもんね~」


 得意げにそっぽを向くほたるに、かちんとくる。


「別にいいもん。羊羹とか、チーカマとかまだあるし、し……しえっくし!!」


「ずわっ?!」


 ほたるがびっくりしてのけ反る。

何かのギャグみたいに、透明な鼻水が私の鼻から垂れていた。山頂は風も強いためか体温が下がっていたらしい。



「ほら、チーンして。みずき」


「やらぁ……」


ティッシュを親友に押し当てられながらも、私は命令を拒否する。


「汚いでしょ? ほら、チーン!」


近くを通りかかったカップルにクスクス笑われた。可愛い~とか言われている。それ見たことか、笑い者になってんだろーが。テメーのせいだぞ。そう訴えたいが、いたって真剣な表情の彼女を止めることはできない。


「みずき、ほら」


「うぬぬ……覚えておれ、貴様……」


涙目で仇敵を睨みながら、私は潤滑液を放出した。ずー!とかいうアホみたいな音が鳴った。



「寒いところでは、温かいものが美味しいんだよね」


 当たり前の理論を展開しながら、ほたるがコックを(ひね)った。ベンチの上にセッティングされたガスバーナーが『しゅごいのぉおお』と変な声を上げた。


「あと、外ごはんは何故か美味しい」


「それ……すっごいわかる……」


 私の何気ない呟きに、ほたるが感慨深く同意した。


「なんでだろうねー」


 コッヘルの火加減を見ながら、首を傾げるほたる。私はベンチに仰向けで寝転がった。ぱききっと背骨から小気味良い音が鳴る。山頂に吹き上げてくる風が気持ちいい。いち、にぃ、さんとひつじ雲を数えながら学説を展開した。


「一説によると、私たちの遠い祖先アウストラロピテクス属は食事を主に野外でとっていたんだって。それで人類の遺伝子には、野外の食事こそ至高ってプログラムされたんだよ」


「へぇー! みずき、物知りぃ」


「すまん、今考えた」


 軽く詫びた私を振り返って、ほたるがむぅ……と頬っぺたを膨らます。美少女は怒っても可愛く見えてしまうから損である。可愛そうに。


「もー、みずきってば行儀悪い。こっちに脚向けないでよ」


「ごめーん、もうウゴケナーイ」


「そうでございますか。したらば……」


 頭上にヌッと影が降りた。にやりと悪い顔の親友が見下ろしてくる。ベンチに寝転がる私を、ほたるが跨ぐ格好だ。彼女は長い髪で、2人の顔合わせにカーテンを作る。


「さっきからセクシーなショーパン姿見せつけて……。私のこと、誘ってるの?」


 人差し指がおへそに当てられ、すぅーと上になぞられる。NOと答えようとしたが、指が唇に当てられ返事ができない。さわさわという感触が耳たぶを襲う。頭を優しく何度も撫でられた。全身が気持ちいい。


「うっ、はぁ……」


「あれ? 可愛い声が聞こえた。誰のお漏らし喘ぎ声かな~?」


 この変態……。

 柄にもなく、顔が赤らんでしまうのを感じた。しばらくぶりだからか、全身の反応が良くなってしまっているようだ。


「や、やめろよぉ」


「ぬひひ、もう止まらないよ~」


みずきの発育途上な身体をまさぐるほたる。しばらく親友の身体は抵抗していたが、急に動きが止まった。


「あ、やばい……。噴いちゃってる……」


「えーっ?! みずき、もう?!」


予想よりも早い展開に、ほたるは瞠目する。見当違いな勘違いに沸点超えそう。


「は? コッヘルのことだよ、後ろ見やがれバカタレこのやろ」


私に軽く平手打ちされて、ほたるは後ろを振り返る。そして、文字通り呆気に取られた。


「あ……」


コッヘル、もとい鍋から沸騰水が溢れてる。バーナーが、じゅうじゅう怒ってる。


「あああー!」


「あーあ……」


一人が絶叫し、もう一人がため息をつくのだった。



「いやー、最初から麺入れてなくて良かったぁ。危うく棒ラーメンがちゃんぽんになってたわ」


「ごめんなさい……」


2人でズルズルすすりながら、そんな会話をする。ほたるは、さっきから謝ってばかりだ。出来上がったものは、結構美味いんだけどな。

自分のアルミ皿の中身を見て、私は頬が緩む。卵入りの野菜色々、ベーコン入りらーめん。

ベーコンはまだしも、野菜とか卵とか登山での持参は大変だろうと思っていた。けど、野菜はフリーズドライを使えばかさばらない。卵は専用のパックに入れておけば割ってしまうことなく持ち歩ける。知らなかった。


「はふぅ……。めっちゃうまー」


「ほ、ほんと?」


私の呟きに、ほたるの死にかけだった瞳が光を取り戻す。


「うん。誘ってくれてありがとね、ほたるん」


今日の素敵なデートをセッティングしてくれたパートナーにお礼を言った。

青天を、雲がゆっくりと流れる。眼下は、深い樹木の海。柔らかいお日様が気持ちいい。『ピーヒョロロロロロ……』と何処かでトンビが鳴いている。

そして、隣で微笑む親友が居て思う。

やっぱり登山っていいな。



 ロープウェイで下山後、楽しみだった天然温泉『ひかりの湯』を訪れた。専用送迎バスで、20分ほどのところ。割と大きな温泉施設が、貯水池の真横に隣接していた。


「周りっ、全部山っ!」


 息を大きく吸い込んで、端的な感想を述べてみる。樹木が風に揺れ、近くの沢から流水の音が聞こえてくる。ほたるが同調するように頷いた。


「良い所に建ってるよね」


「うん。なんかいい感じに世間を忘れられる雰囲気だね」


「みずき、意外とストレス溜めやすい……?」


「じゃかましいわ」


 かぽーん。


「よみがえるわー」


 丹念に身体を洗って、いざお湯の海へ。室内も広くて良いが、やはり私はこの青空を望む露天風呂が大好きだ。肩を流れる熱いお湯が今日一日の疲れを癒してくれている。私は、この素敵なご褒美のために登山を続けているのかもしれない。


「みずき温度大丈夫? 私はちょっと、あちちだよ」

 

 風呂釜の縁に座るほたるは、お湯に脚だけ浸して漕いでいる。

 『あちち』ってなんだ、その表現。可愛いかよ。

 とかどうでも良いことを考えつつ身体にお湯をかける。


「そんなに熱いかなぁ? 私は全然平気だケド」


「猫舌のくせに……」


「誰かのせいで皮膚感覚が馬鹿になったのかもしれませんね~」


「ご、ごめんね」


「いや、ジョークだし……。こっちが恥ずかしくなるから」



 お風呂から上がると、既に建物の外は日が傾いていた。お腹も良い感じで空いているが、今晩はどうしようか。何か美味しいものが食べたい。


「みずき、あそこ定食屋さんが入ってる」


 二人で珈琲牛乳の瓶を空にした矢先、ほたるが吹き抜け2F部分を指差す。

 紫色の暖簾(のれん)がウェルカムと手招いていた。



「うおぉ……こっ、これは……!」


「絶対美味しいやつ……!」


 私は『あら焚きとお刺身御膳』、ほたるは『とりてん定食』のセットを注文した。

 出来立ての白ご飯が湯気立ち、クラクラする香りに食欲がそそられる。さっきからお腹がぐぅぐぅ鳴っているんだもの。


「みずき、乾杯しよっ」


 ほたるが興奮気味に、瓶サイダーを持ち上げる。


「うん……。今日一日の成功を祝してね」


 私もそれに応えた。


『かんぱ~い』


 お味はもちろん『いと旨し』であったとここに記す。また来たい。

 


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