第27話 『けっこう二人三脚なとこある』
『おばたーおばたー。お降りのお客様は、お忘れ物なきようお気をつけ下さい。なお、当駅では現在列車接続待ち中のため――』
都心駅からJRに揺られること約40分。平倉山の麓街に私こと立花みずきは降り立った。かつて重工業地帯の中心地にて、官営製鉄所の鉄鋼業で栄えた街。近くには九州有数の遊園地がある。
しかし、駅に降り立ってからの第一印象は、『ゴーストタウン』さながらだった。休日なのにも関わらず人気がない。鉄鋼マネーで作られた都市も人口流出と少子高齢化の波には逆らえなかったのか。そして、件の遊園地も今年の閉鎖が決まってしまった。
「けど、平倉山はこれからもあそこに居続けるんだなぁ。あぁ無常」
駅舎の外に出た私は、晴天に悠然とそびえる平倉山を見上げた。霧がかった姿はなんとなく神聖さを感じる。
「自撮りしちゃお」
蒼い山をバックにパシャリと一枚。いい感じ。スマホを下ろすと見慣れた顔が改札を出てくるのが見えた。軽量ザックにキャップを被った山ガール、三日月ほたるだ。
「みずき、早かったね」
「うんにゃ、私も今来たばかり~」
「そっか。……それにしても登山客多いね」
ほたるが駅前のロータリーを見回して呟く。
たしかに、改札から続々と私たちと同じような格好をした人達が降りてきている。大通りの向こう側は静かなのに、駅前だけ喧噪に包まれていた。
「したっけ、スーパーに寄るんだっけ」
「うん。けどバスの時間確認しなきゃ」
「バス?」
「無料のシャトルバスがね、駅から登山口まで出てるんだ」
そう言って彼女はロータリーの端を指差した。市営バスとは別に、少し小さめなバス停が見える。おばた駅に降りた登山客もそこに並んでいるように見えた。
「ほんとだ。『平倉登山口行き』になってる」
「土日だけ出てるんだって。タクシー使わずに済むね。30分後発だから、まだ時間あるよ」
「うん。それとこっちは……?」
もう一つシャトルバスが出ているのに私は気付いた。『ひかりの湯行き』と案内されている。
「えー! 温泉あるの?!」
柄にもなく上がってしまった。私はあまり声を張るのが好きではない。というのも自分の声がいわゆる『アニメ声』というヤツで、たとえ喧騒の中でも悪目立ちしがちなのだ。昔からのコミュ障もこんなところが由来してる。
「ぁ……ぅ」
周囲の人の視線を感じる。やっちまったなぁ、私ってほんと子供だなぁと耳が熱くなる。そんな頭が茹だっている私にほたるが囁いた。
「下山したら行こうね? みずき」
「う、うん……」
その聖母のような微笑みに救われる思いだった。
※
「みずき、何買ったの?」
シャトルバスに揺られる中で隣に座るほたるが尋ねてきた。私は軽量ザックから袋を出して中身を見せる。
「飲み物はスポドリ、水。食べ物は羊羹と……ゆかがおにぎり握ってくれた」
銀色保冷バッグの包みには手紙が挟まれていた。『大好きなおねえに、おにぎり握ったよ! 気をつけて、いってら!』
「妹ちゃんが作ってくれたの? いいなぁ」
「何が入ってるか不安だよー……」
「ダメだよ、みずき。妹ちゃんには感謝しなくちゃ。きっとお姉ちゃんのために早起きして作ってくれたんだよ??」
めっとほたるが人差し指を立てる。
「うん……そだね。帰ったらお礼言っとく」
はにかんで答えると、ほたるも顔を崩して親指を立てた。何だかほたるの方が人間が完成しているみたいで、ちょっと恥ずかしかった。話題転換に私は彼女に尋ねる。
「ほたるんは、食べ物買ったの? 飲み物しか買ってなかった気がするけど」
「それはね……山頂に着いてからのお楽しみ~」
んひひ、と意地悪げに笑うほたる。何かをザックに隠してるようだ。
「何だよそれー。お腹すいても分けてあげないかんね」
私はザックのチャックを閉めて、そっぽを向いた。こっちが手の内見せたのに、向こうは隠すなんて不誠実だ。
「みずき、食べ物のことになるとエスだ……」
「うっさい、エム。この世は食うか食われるかなんだからな」
「私はみずきになら食べられてもいいよぉ!」
「ちょっと?! 腰に抱きつくなぁあ!」
「んひひ、みずきのお腹って落ち着くよお」
変態が、私の下腹部で顔をこすり始める。
「やめっ、やめろやぁあああ」
シートベルトをしているので、ほたるのスキンシップから逃れられない。席がぐわんぐわん揺れる。太ももまで撫でまわされ、まさに貞操の危機。
『お客様、座席で暴れるのはおやめください!』
運転手の叱責でようやく魔の手から逃れられた。
※
平倉山ケーブル駅前。山頂とふもとを繋ぐケーブルカーが発着している。そして、脇道は徒歩登山客用の登山口となっている。文明の利器を使わず、己の足で登頂するのもまた粋と言えようか。
私とほたるは、登山口そばのあづま屋でザックを下ろした。出発前にウイダーやバナナを補給する。こういうのはエネルギー効率が良いので重宝している。
「いひゃい……頬っぺたがお餅になっちゃった……」
私にしっぺ返しを喰らったほたるが、涙目で自分の頬をなぜる。
「自業自得だし。このばかたれが」
「ごめんってば、みずき。許して~」
「やーだ。ほら、さっさと食事済ませて。5分後に出発だから」
えー、とぶぅたれるほたる。バナナ片手に不服そうな顔がちょっと面白い。けど、少しは反省しろっての。
出発してすぐ、案内看板を見た。山頂マデおおよそ2時間の表示。標高はひびき美原山系のときほどではないが、それでもそこそこかかる。やっぱりケーブルカーのほうが楽だったのではないか。
「あわっ」
不注意で石ころを踏んづけ、足をとられる。バランスを崩す直前で、ほたるに支えられた。
「みずき、大丈夫? 気をつけて」
「うん……。ありがと」
それにしても、この辺りの林道はあんまり舗装されてないのか。泥とか砂利もそうだが、結構大きめな岩がごろごろと……。
『ドォォォォオオオ!』
「ふぎゃぁあああ?!」
突然、頭上を轟音が通過し、私は尻もちをついた。
「な、何……」
空を見上げて理解する。木に隠れて見えにくいが、コンクリートのレールが真っ直ぐ縦断している。それは、山袖から山頂まで続いていて、今しがた通り過ぎた上り列車がまだ地面を揺らしている。
「け、ケーブルカーかよお。びっくりしたぁ」
「うふふっ、みずきってば『ふぎゃあ』だって。尻尾踏まれちゃった猫さんみたい」
へたり込む私をほたるがくすくす笑う。自分だってちょっとビビってた癖に。
ムッとなって睨みつけると、カシャッという音と共にシャッターが切られた。目にも止まらぬスピードでほたるがスマホ内蔵カメラを起動していた。
「撮るなあっ!」
「ごめんってば。あとでみずきにも送るから」
「いや、そういう問題じゃない」
「見てこれ、みずき。フォトショしたら完全に黒猫だよ~」
ほたるのスマホにさっきの私の写真。ヒゲやら猫耳やらが悪戯書きされてる。
「ゴラァああ?! 人の写真で勝手に遊ぶなぁあああ」
「や~ん、みずきこわーい」
「返せっ!」
ほたるのスマホをもぎ取ろうとすると、彼女はそれを空高く掲げて私の届かない所に持ち上げる。高校女子平均身長のほたると、小学校女子平均身長の私では勝負にならない。
「返せっ! 返せっ!」
「このアングルも好きだよ」
ぴょんぴょん無様に飛び跳ねる様まで空撮される。
「こんの……」
「えいっ」
手酷い仕打ちに私が憤怒を感じていると、突如ほたるから抱擁を食らった。
「ちょ……っと。いきなり何?」
発達した胸に押し当てられた顔を持ち上げると、そこには彼女の屈託ない笑顔。
「んー?? やっぱり、みずきは可愛いなあって思って」
「は、はぁあ?」
「今日はデートに応じてくれてすごく嬉しいよ。みずき」
「そっ、そりゃ……せっかくの友達の誘いを断るのは失礼だし……」
「みずき」
「な、何さ……」
「私たちってただの友達??」
「ぱ、パートナー」
オブラートに言おうとしたつもりが、むしろ重めな表現になってしまった。けど、ほたるは満足したようで、にこっと笑むと私の唇を小さく舐めた。
「私と付き合ってくれてありがとね、みずき。大好きだよ」
「そ、そうゆうのは登頂してから言ってよ」
「んもぅ……みずきは真面目さんなんだから」
「ほたるが不真面目過ぎるんだよ」
「むっつりスケベのクセに」
「そんなふうに節操ないのもどうかと思うけど。いきなり女の子に抱きついてチューとか、普通だったら通報案件なんだ『ゴォオオオオオオ!!』にゃぁあああ?!」
折り悪く、下りのケーブルカーが通過。せっかくの反論の末尾が私の断末魔と化す。もう心臓が破裂しそうだった。
轟音が通り過ぎて安心したと同時に、じわじわと涙が出てきた。
「もうやだぁ……ぐすっ。びっくり、やだぁ……」
「よしよし、怖かったね。みずきは何も悪くないからね」
泣き出す妹と、慰めるお姉ちゃん。きっと今の私たちはそう見えてるんだろうなぁ。
ほたるに頭を撫でてもらいながら、そんなことを考えていた。




