第26話 『ポニーテールのたくらみ』
「えぇっ?! 休業中?!」
ワクドナルドのテーブル席。スマホを耳にあてるポニーテールちゃんが、目を見開いた。どうしたのだろうか、と推測するまでもなくキャンプ場が開いてなかったんだろうな、と私は当たりをつける。
「……昨年の豪雨で林道が通行止め……わ、分かりました……」
ハンバーガー殻や飲みかけのコーラの横に、ピンク色ノートPCが開かれている。画面には、平倉山周辺のキャンプサイト、平倉キャンプ場のホームページ。昨夏から更新されていない。休業の影響からだろう。
それにしても、ほたるのスマホで開かれている通販サイトの南京錠カテゴリーは何なのだろうか。
「どど、どうしよう」
スマホをテーブルに伏せたほたるが、潤むような目でこちらを見てくる。路傍に捨てられる直前の飼い犬っぽい。
「どうしようも、こうしようも日帰り登山に切り替える、はむ、ひひゃないひゃん……」
私は、本日2個目となるビッグバーガーを頬張りつつ答えた。はぁ、幸せだ。因みに、私のトレイには、バーガーポテト炭酸とだいぶ点篭もってるが、ほたるのほうはアイスティー、アップルパイだけと何とも慎ましやか。これが女子力の差ってヤツか……。
しかし、土日のどちらも登山だったはずが、片方は完全オフか。インドアな私にとっては大変喜ばしい。
「やだぁやだぁ……。二人でお泊りしたいよぅ」
ポニテJKが涙目で私の両手を握ってくる。デュオキャンの話を持ち掛けたときのあの顔を思い出すと、並々ならぬ想いがあったのだろうか。私は絡んでくる指を外して、面倒な提案を試みた。
「んなぁー、しょうがないな。じゃあ、今度別の日に私がほたるん家泊まりに行こうか?」
「……! ほ、ほんと?!」
「いいよぉ」
ほら、あやすのなんて簡単だ。瞳の輝きが滅茶苦茶ハピネスを主張してくる。本当、ほたるって子供なんだから。
「お子様セットのお客様、お待たせしました」
不意に私の隣りに店員が現れ、プレートを差し出してきた。私の顔を見て100円スマイルを飛ばしてくる。
「いや、あの。え? そんなの頼んでないんですけど」
「? あ、大変失礼しました! 別のテーブルでしたね」
狼狽える私に店員は頭を下げ、キッズが騒ぐ方面へ。かあっと屈辱に顔面が火照る。
「今の人、素で間違えてたね、もがっ?!」
「言、う、な!」
フライドポテト10本くらいを思いっきり突っ込んでやった。たしかに、私は童顔だし身長は150cm以下しかないけど、制服着てるだろうが! なのに、なんで小学生以下限定セットをサーブするのか理解に苦しむ。
「あむあむ……でも、私もみずきがランドセルとか背負ってたら、幼女に見間違えちゃうなぁ」
そう言ってほたるはポテトを上品に食べる。いや、まあ、口に突っ込まれたヤツを一度吐き出して一本一本食べ直してるもんだから、絵面は良くないけど。
ごくんとポテトを処理したほたるが、はにかんで首を傾げる。「みずきと赤ランドセルの組み合わせでホットケーキ3枚はいけるよぉ」などと訳分からんことを抜かす。
「ほたる、帰り道は港沿いだね」
かちん、ではなくビキィが今回の血管の音。
「し、沈めるのはやめてね」
「それは今後の対応次第だな」
「ヒィ……」
恐れをなした風にほたるは引き下がるけど、その顔は心底楽しんでる感じなのが腹立たしい。というか舐められてないか、私。
「あれー、みずき先輩たちじゃないッスかー」
沸き立つ怒りに震えていると、またも私に話しかけてくる人間が現れた。金髪ショートボブ。カーディガンを腰に巻きつけ、シャツは腕まくり。ずいぶん、ラフな恰好の少女が八重歯を見せながらニカニカ笑っている。
「イチカ? 何してんの」
「アハハ、もしかして先輩たちもこれのためにワックに来てるんすか?」
質問に質問で返してんじゃねーよ。とツッコみたくなったが、目の前に掲げられたものに言葉を失った。お子様セットについてくるおもちゃ。ロボットのようなものがLEDでピカピカ光っている。
「何? そのガラク――おもちゃ」
危ない。危うく『ガラクタ』呼びしてしまうところだった。そういえば、コイツって結構なオタクなんだっけ……。部室でも暇さえあればスマホでアニメ見てるし……。
「おぉ、よくぞ聞いてくれました! これはですねぇ! 今シーズン土曜朝帯の戦隊番組『スチールフォルス』のメカなんスよ! めちゃカッコイイでしょ??」
カッコイイでしょ?と言わてれもなぁ。顔面のところとか昆虫感が凄まじくて正直微妙である。なんならキモい。けど、彼女の反応を見る限りハマる要素が何かあるのだろう。
「フッ……」
「ちょっ?! なんスか、その笑い方?! 絶対いま馬鹿にしたでしょ!」
私の冷めた反応に、イチカが顔真っ赤で憤る。煽り耐性があまりないのは、全てのオタクに共通するところなのだろうか。
「まさか。人の趣味を笑ったりするわけ」
「これは趣味じゃないッスよ」
「じゃあ、何」
「生きがいッス……」
妙にスポ根少女っぽい返しが、ツボだった。
「フフッ」
「んもぉー! 笑ってんじゃないっスかぁ?!」
ワンワン喚いて私の裾を引っ張るイチカ。実に幸せだ、ここまでイジり甲斐のある後輩がいることに。
「みずっちゃーん、あんまイチカちゃんのことイジメたらあかんでぇ」
間延びした関西弁と共に八十田先輩が現れた。イチカと2人で来たのだろうか。先輩もトレイにファストフードを乗せている。日本式お嬢様とジャンクの組合せに戦後を感じる。
「なんかみずっちゃんに会う度に、えらい失礼なこと思われとる気がするんはウチだけやろか……」
「み、みずきはそんな悪い子じゃないですよ!」
目が死んでる私に代わって、ほたるが代弁する。こういう健気な子が、せどり等の儲け話を安易に信じ込んで沢山の不良在庫を抱えてしまうのだろうか。
「それより……先輩達はデート中なんですか?」
私は苦笑いを浮かべつつ尋ねた。イチカは頬っぺを膨らませて先輩の背後からこちらを涙目で睨んでいる。
「なはは、せやなぁ。可愛い後輩とダブルデートなんて嬉しい限りやで~」
まだ私を威嚇しているイチカをなだめながら、先輩はテーブル席の対面に座った。私とほたる、八十田先輩とイチカが向き合う恰好になる。
「それで今週末、2人は平倉山でお泊まりなんやってな~。ええなあ」
「いや、それが--」
「豪雨の影響でキャンプ場が使えないんです……」
隣に座るほたるが負のオーラを発した。先輩が苦笑しながらジュースを飲む。
「まぁまぁ、ええやん。平倉には登れるんやろ? あそこの山頂って聖地やし、登るだけでも価値あるやん」
「聖地……?」
「なんや知らんの? みずっちゃん。あそこな『恋人の聖地』なんやで。展望台にぎょーさん愛の南京錠がぶら下がっとってな……さながら呪縛みたいなもんやで」
「はい?」
私はほたるのスマホで開かれていた通販の画面を思い出した。アレはそういう意味だったのか。驚き半分呆れ半分にお隣さんの顔色を窺う。
「いや……あの、んっとね、これはね……わ、私アイスティのおかわりしよっかな……えへへ」
「ほたるん? ちょっと待とうか」
冷や汗ダラダラの彼女の目には、満面の笑みを浮かべた私が映っていたことだろう。




