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第24話 『山ごはん! なぽりたん!』

「どあー! 着いたぁー!!」


 ひびき山山頂に着くなり、私はザックを放り出してその場に尻もちをついた。上空に広がる青空を見上げながら、大きく息をつく。あの雲……イタリア半島に似てるなぁとか思ってたら、私の顔に影がかかった。


「みずき、お疲れ」


 ほたるが最上級の笑顔で私を(ねぎら)う。


「お疲れぇ」


 美少女の微笑みは、それだけで疲労を回復してくれるありがたいものだ。


「そのスマイル120点」


「……?」


 私の立てたぐっじょぶサインに、彼女はハテと首を傾げた。


「みずっちゃ〜ん、ほたるーん、お昼ごはんの支度するでー。『さっきの水』持ってきてなー」


 八十田(やとだ)先輩が、私とほたるに向かっておいでおいでと手を振っている。『さっきの水』とは恐らく、美原山への登山道で汲んだモノのことだろう。


「これ……本当に綺麗なの?」


 ザックから取り出した500mlペットボトルの中身を見ながら、私はほたるに尋ねた。


「大丈夫だよ。山から下ったところの湧き水ってだいたいろ過されてるから、そのままでも飲んでもいいんだ」


「へー……。う、うーん」


 ぱっと見はたしかに綺麗だけど、本当に……? 若干の疑問が残る。まあ、煮沸すれば大丈夫か……。

 

「みずきせんぱーい! 早く作りましょうヨー! 自分、お腹がペコッスー!!」


 八十田先輩とクッカーの準備をしているイチカが、痺れを切らしたように声を上げた。ああやってキャンキャン吠える様は、まさにワンコ。


「分かったー! 今、持ってくから〜」


「ハリぃ! ハリぃ! カムォーん!」


「突然、アメリカ人を出してくるな……」


 呆れる私の横で、八十田先輩がバーナーのノズルを捻る。シューというガス音がして、次いでカチッとボタンを押すと、中くらいの火炎が立った。やっぱり手慣れてる。昨日、千志摩キャンプ場でファイヤーしちゃった誰かさんとは大違いだ。


「な、なぁに……? みずき?」


 私の視線を感じたほたるが不安げな顔をする。


「いや、なんでも……。ほたるんの天然なところも私は良いと思うよ」


「な、なんだか分からないけど、バカにされてる気がするよ……」


 たじろぐほたるに、私はにっこり微笑んで答えとした。


 じゅあー。


 バーナーで熱したフライパンに、薄く刻んだ玉ねぎとサラミがバラバラ乗せられる。登山用フライパン一つで4人分を賄うのは難しいので、2台態勢だ。そして、両方に汲んだ水が大量投入された。途端にやかましいフライパンが静まり返る。


「これが沸騰したら、このパスタを入れてフタをしてな〜。イチカやんは、ちょいこのフライパン見とってな」


 八十田先輩がジップ袋に入った棒パスタを見せて言った。既に浸してある。この方が調理しやすいのだろうか……。


「ところで、やとっさん、さっきから何撮ってるんスかー?」


 バーナー前にしゃがむイチカが、八十田先輩を見上げて聞いた。先輩の手に、ハンドカメラが握られている。レンズがさっきからイチカや、ほたる、私の顔を覗いていく。


「んー? みんなの調理風景やでー」


「? なんでそんなの録るんスかー?」


「思い出作りやで〜。ウチも今年で引退やしなぁ」


『……』


 それを聞いた瞬間、イチカの顔が曇る。私もほたるも思わず黙り込んでしまった。そうだ、花百合高の生徒は皆、夏で部活動引退なのだ。先輩が在籍しているのも次シーズンまで……。


「なんや〜、みんなえらいオモロイ反応してくれるんやなぁ。なんか、ウチむっちゃ嬉しいわぁー」


 いつものおちゃらけた態度で八十田先輩は水に流そうとするが、私もほたるも何と言ったらよいか分からなかった。そんな中、イチカがぽそりと口を開いた。


「やとっさん……辞めたら承知しないっスよ……? また、部員確保に奔走するなんてこりごりッスかんね」


 いつもは能天気なイチカの声音が若干、震えている。きっと先輩の引退を一番悲しんでいるのが彼女なのかもしれない。


「せやなぁ……。ウチもこんな可愛い後輩たちを置いて辞めたないなぁ……」


 八十田先輩が、隣りにしゃがんで彼女の頭をポンポン叩いて慰める。しかし、彼女は唇をとがらせたまま鼻をすんと鳴らした。


「うー……。先輩のばか……。ごはん前なのに。ヘンなこと言わないでぐだざいよぉ……」


「あぁん、イチカやーん泣かんでや~……。ウチが悪かったて、堪忍して~な」


「ばかぁ……おばかぁ……」


 泣きじゃくるイチカを慰めようと、慌てる八十田先輩。こうして見るとなんだか姉妹みたいだ。


 カシッカシッ。


 隣でシャッター音が鳴る。ほたるが舌を()みながら、レンズを覗いていた。こいつ、マジか……。


「ほたるん? あんまり泣いてるとこの写真撮るのはやめてあげよっか?」


 撮影に勤しむプロの肩を叩く。すると、彼女はびっくり仰天とでも言わんばかりの顔をこちらに向けた。


「うぇっ?! け、けど滅多に見れないイチカちゃんだよ? 珍しいんだよ?」


「うん。それを記録に残してしまうのはどうかと」


 この子、おっとりしてて自分の欲求にはかなり忠実なんだな……。


 むぅ、と唇を尖らせカメラを下ろす彼女に、私は頭がいたくなりそうだった。



『いただきまーす!』


 ひびき山頂の大岩の上で、私たちは手を合わせた。皆の膝上にはアルミ製の深底皿が。朱色のナポリタンが香ばしい匂いを立ち昇らせている。


「バジルがいい感じのアクセントやな〜」


 八十田先輩が、麺をフォークで巻きながら呟いた。彼女のカトラリーは、私たちのプラスチック製品とは違う木製だった。


「先輩のソレ、ロビンソンで買ったんスか?」


 同じ所に気付いたイチカが首を傾げた。


「ん? あー、うんにゃ、これウチの手作りやねん。ええやろ? お箸とスプーンもあるんやで」


 彼女は、手製の巾着袋から他の木製カトラリーを取り出して見せた。お箸とスプーン。私は彼女からそれらを受け取って、じっくり見てみる。温かみのある木目と流線がいい感じだ。これ、結構いいかも……。


「みずき、こういうの好きなの?」


 私のまなざしを見たほたるが、隣から尋ねてきた。


「うん、好き。なんか風情あるじゃん?」


「そっかー。たしかに!」




『……後で先輩に作り方聞かなくちゃ』


 ぽそりと可愛いひとり言が聞こえた。自分で言うのもアレだが、本当に私はこの子に愛されている。嬉しい限りなことである。



 山ナポリは、なかなかに美味だった。外ごはん効果というのは不思議なもので、何でもないスパゲティも高級イタリアン並の味わいを感じさせるのだ。

 空っぽの食器を重ねて、コッヘルの内側にしまう。こうすると、ザックの中でかさばらないらしい。そして、私たちはぼんやりと山頂からの景色を眺める。


「それにしても、ホンマ良い天気やなぁ」


「ハイキング日和ッスよねー……」


 目を細めた八十田先輩に、イチカが同調する。何処かでトンビが鳴いた。イチカのまぶたは若干重そうだった。ほたるに至っては既にこっくりこっくり舟を漕いでいる。


「みずっちゃんは、将来なんになりたいん? 夢とかあるん?」


「夢ですかぁ。特に決めてないですね。理系に進んだんですけど、まだ明確なビジョンがないっていうか……。そういえば、先輩って」


「ウチは文系やでぇ。教育学部目指しとるねん」


 私の意図をくみ取って、彼女が答える。学校の先生か……。たしかに八十田先輩には似合いそう。


「どないして理系なん? ウチの学校だと珍しいんやない?」


 ちょっと目を丸くした先輩に問われる。たしかに、彼女の疑問ももっとも。

 我ら花百合女子高では、女子率100%のためか文系志望が8割を占める。そして、私とほたるの在籍する2-1だけが理系クラスなのだ。やはり学校の女子は皆、理系の地味な大学生活よりも華やかなパリピライフをご所望なのだろうか。


「1年のときの担任が、理系に進まないと勿体無いって言って……。それで何となく選んじゃったんです」


「はぇー、先生に勧められるってすごいやん。たしかに、みずっちゃん理数系強そうやもんなぁ」


「そうなんですかね。1年のとき、友達いなかったんで、勉強くらいしかやることがなかったんですよね」


 感嘆する先輩に対して、私は肩を落とす。

 本当に、昨年は色彩のない毎日だった。部活なんてめんどくさい。中学時代、運動部に時間を取られまくった苦い経験から、どこの部にも入らなかったけど、愚かな選択だった。

そのせいで友達もロクに出来なくて、昼休みなんて誰とも喋らず机の上でもそもそとイモムシみたいに過ごしてきた。

 そうやって迎えた新学年。こんな生活をあと2年も続けるのか、と嫌気が差し始めた頃。私は会話もしたことのない『三日月ほたる』に声をかけられたのだ。


「すぅ……すぅ……」


 私は、私の肩に頭を預けて寝息をたてる少女を見た。普段から内気な女の子。授業では、先生にあてられただけで、真っ赤になって恥ずかしがる。きっと私に声をかけるのにすっごく勇気を振り絞ってくれたに違いない。こんな私をこの登山部に誘ってくれた。いろんな色を見せてくれた。あの日、彼女が私の家に来た日。思わず泣いてしまったのは、嬉しかったからだ。高校に入って初めての友達ができたことに。


『ありがと、ほたる』


 彼女の滑らかな髪を()きながら、私は微笑んだ。


 私の大事な親友。


 これからもずっとずっと、君と一緒にいたいな。


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