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第23話 『やとだ先輩の抱っこ、後輩イチカのなでなで』


「すぁーすぁー……はぅ」


「ず……ちゃん。……みずっちゃん……起きてや……。そろそろ……出発するで……」


 誰かの声で混濁した意識から引き上げられる。どうやら登山中に寝てしまってたらしい。昨晩、あまり寝付けなかったのがたたったのだろうか。しかし、よくこんな環境で寝られた……な……??


「おはよーさん♪ えらいおねむやったなぁ」


「うん……? え」


 まぶたを開いて、挙動が停止する。上品なお姉さん顔の人が目の前に。八十田(やとだ)先輩に似ている。ていうか、ご本人。彼女の膝上で抱きかかえられている。それは、お母さんと子どもみたいで……。


「って?! な、何してんですかぁ?!」


「あだだ……。いきなり暴れんでや〜。はいはい、降したるさかい」


 もがいて彼女から降りる。先輩の後ろで、九条イチカがニヤニヤ笑っていた。


「みずき先輩、やとっさんの抱っこで完全に熟睡だったッスね〜。もうね、すんごく萌え~でしたよ、うひひ」


「ッッ! るさい、うるさい!」


 顔真っ赤で吠える私の肩に、誰かがぽんと手を置く。三日月ほたるがカメラ片手に、にっこり微笑んだ。


「みずき、たくさん写真撮ったよ。後で送るね」


「ちょっとほたるん?! どうして記録に残すかなぁ?!」


 私の高校生活史上、最悪に恥ずかしい醜態を晒してしまったことに、頭がフットーしてしまう。涙目でほたるの頬を引っ張ると、彼女は何か言い訳じみたことを始めた。


「はにゃにゃ……いーひゃん、減るもんれもないひ……」


「減るから! 私の自尊心が削られてるから!」


「ごめんにぇ……みうき」


 その変顔で謝られると余計に腹が立つが、私がほっぺを引っぱっているのがいけないのだろうか。



「坂……ヤバ……はぁ」


 そんなこんなで出発して、1時間。漢方のお陰か、()った足はすっかり良くなった。しかし、見上げる先にはウネウネと急こう配の登山道が伸びている。右脇は、傾斜も急な谷底が。しかし、さっきからこの景色がずっと変わらないのだが……。


「せんぱい、あとどれくらいで山頂ですかぁ……」


 黙々と先を行く背中に尋ねると、


「あとちょっとやでー」


 と返事が戻る。さっきからその返答しか聞いてない。あとちょっと、あとちょっとと言いながら全く到着しないではないか。


「はむふぅ……」


 仏頂面でため息をつくと、意図せず変な声がでた。イチカが私を振り返り、不思議そうな顔をする。


「今のみずき先輩ッスか?」


「いや違う」


「先輩っすよね。ため息まで萌え声なんスね」


 後輩にここまでイジられる先輩というのは、どうなのか。年少者の尊敬を集めてこそではないのか。


「だから……! 違うってば……ぐすん……」


 情けない自分に、涙が浮かぶ。なんで私はこんなチビ助なんだ。


「わわわ。先輩、泣かないで! 冗談ッスから! はいはい、よーしよーし」


 イチカの深い谷間に抱き寄せられ、何度も頭をさすさすされた。


「いいこー、いいこー。みずき先輩は、いいこー」


 ムカつく発言だが、この抱擁は結構クセになる。

 こんなに運動してるのに、彼女はほとんど汗っぽくない。何というかお母さんの匂いにちょっと似てる。気持ちいい。


「ん……んん……」


「えへへ。先輩、きゃわいー」

「イチカちゃん?! みずきに何してるの?!」


 黙って体を預けてると、ほたるが青い顔でわめいた。


「ハグです」


 イチカは、私の首もとに顔をうずめながら返答する。すると、ほたるの顔が真っ赤に火照る。青くなったり、赤くなったり、(せわ)しない子だ。


「そっ、そういうのは恋人同士でするものなんだよ……?! いっ、いーけないんだァ……!」


 小学生かな? けど必死に声を張っちゃう所が可愛い。


「えーそっすかね? メリケンにとっちゃ普通ッスよー。そ・れ・と・もぉー、ほたるんは私とみずき先輩に()いちゃってるんスかー? アハハ」


 ホント悪辣な顔だよ。温厚なほたるさんがぷるぷる震えてるではないか……。


「むきぃー!!」

「あっはっは」


 争いが低レベル過ぎて何も言えない。



「何アホなことやっとるんや! はよ行くで!」


「あうッ」「痛っ」


 八十田チョップが、ほたるとイチカに炸裂した。



「砂丘……?」


 山頂に着いてからの私の第一声がそれだった。

 というのも、さっきまで木が生い茂っていたのに、急に草木の枯れた砂岩の世界が現れたのだ。


「山頂付近や尾根筋の植生ってあんま育たないんやで。まあ、理由は色々やけど水分不足が原因やんなー」


「パパのてっぺんハゲも水分不足なのかな……?」


 八十田先輩の豆知識に、そんな疑問が首をもたげる。


「薄毛……?!」

「パパ呼び……?!」


 私のひとり言に、ほたるとイチカが驚き声を上げた。こいつら、結構失礼だな。


「なはは。それはどうなんやろ。それより、ほらあっち行ってみ。景色良いでー」


 先輩の指差す方向に、他の登山客たちも憩っていた。『美原山山頂 標高982M』という木看板が立っている。

 

「風つよ……」


 不意にゴウッと強風が吹いた。危うくキャップを飛ばされかける。


「遮るもん何もないから突風に気ぃ付けてなー」


 危ない危ない。片手で帽子を抑えながら、歩を進める。幾つもの泥岩部を抜け、腐葉土を踏み歩いたおニューの登山靴は、すっかり汚れていた。けど、ここまで頑張って得られた景色は如何ほどのものか。気になる。

 花百合高登山部のザック4つが固めて置かれた。赤青緑黄、皆のマイカラー。


「みずき! 一緒に行こ!」


 ずっと私の後ろでサポートしてきたほたるが私に手を貸す。はにかんで、彼女の手を握った。岩場の端っこまで近づく。


 ……。


 海のように広がってうねる山肌と樹海。壮大な青空。そして、遠方に沢山の人が活動しているのであろうミニチュアタウンが見えた。

  

「スッゴい……」

「綺麗だね」

 

 今まで見たこともない壮観な景色に私もほたるも暫く動けなかった。


「ここからだと、千志摩市一帯が眺望できるなー。百合高は、あっちの方やったっけ」


 八十田先輩が、汗を拭いながら横に並ぶ。


「違いますよ。たぶん、あっちッスよー」


 手の平にコンパスを乗せたイチカが、指で東の方を指した。


「んも~、どっちでもええやん。そんなことより皆で写真撮らへん? ほたるん、カメラのタイマーで撮ってや」


「あ、はいっ……」


 こうして、美原山登頂記念の一枚を私たちは入手した。皆、少し疲れてはいたものの、晴れやかな笑顔で撮れた。



 咲き誇るピンクのミツバツツジが両脇を包んでいる。美原山からひびき山への尾根道は、花のトンネルだった。それを金髪の少女が猛烈な速度で駆け下りていく。


「うっはー! すごいッス! グレーイト!」


「ちょっとイチカやーん! 走らんといてやー! 怪我しても知らんでー!!」


 元気いっぱいに坂を下っていくイチカの背中に、八十田先輩が声を張り上げる。


「は~いぃぃ! 先輩たちぃいい。はーやーくぅうう」


 美原山から坂をある程度下りきったところで、イチカがこっちに手を振った。


「あいつ、早過ぎぃ。よく、あんなにスイスイいけるな……」


「すごい運動神経だね……」


 私もほたるも、ふぅふぅ言いながら下りているというのに。登りに比べると、降りは楽だろうと思っていた。しかし、転けないように上手に下るのは、思いのほか難しい。


「ザックの重量もあるからな〜。余計めに技術が要るはずなんやけど、イチカやんのアレは才能やでホンマ」


『アー、タノシー!!』


 言っちゃ悪いが、まるでモンキーだ。4〜5時間の坂登りの直後に、この急坂なのだ。人間の私には、ついて行ける気がしない。それに……。


「お腹空いたね、みずき」


 ほたるの発言に、私は頷く。


「うん、すっごく。朝、ゼリーと固形食しか食べてないし」


 さっきから腹の虫が、くぅくぅ鳴っている。時刻は12時過ぎ。いい加減、お昼をとりたい。


「さっきも言ったけど、お昼ごはんは、ひびき山でとるからな〜」


 お腹を押さえる私たちに、八十田先輩が微笑みながら言った。当初、美原山山頂で昼食の予定だった。しかし、次々と登山者がやって来て混んできたので、次のひびき山山頂に予定変更になったのだ。


「しっかし、おじーちゃんおばーちゃん達とか、小学生がピクニックで登る山とは思えないなー」


 さっきの山頂で見た光景を思い出す。登山客の大半が高齢者だったが、それと対照的に幼い子供の団体もやって来ていた。私たちみたいな体力はあるはずの青少年が、居なかったのである。


「山ガールと言っても、まだまだ少年少女に登山は浸透しとらんみたいやのう」


「みずき、お爺さんみたい……」


 未来の登山業界を憂う私に、ほたるが困惑しながら感想を述べた。


「さっきのあの人たちは、たぶん別ルートで来たんや思うで。北ルートは、南ルートより楽やからなー」


「なんで私達もそっちから、登らなかったんですか〜……」


 私の不満に、八十田先輩は目を(つむ)って指を振る。


「みずっちゃん……、若者なら、より高いハードルを超えてこそやで。失敗も人生の糧になっていくんや」


「先輩は、人生2周目の人ですか……」


「さぁてどうやろなぁ。ふっふっふ……」


 八十田先輩は、ハットをなおし背中で語る。


「ふっふ……ふひぃっくしょん!」


 意味ありげな仕草が、マヌケなくしゃみで台無しとなった。

「あの人たち、何であそこからずっと動かないんスカね」とは、待ちぼうけイチカの言である。


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