第22話 『足攣(つ)った?!』
それは、『イオの滝』に到着したときのことであった。視界が開けてきて、大きな水音が聞こえるな、とそんな感想を抱いた瞬間。
「いたッ?!」
突然、ふくらはぎ周辺に激痛が走った。
「うっわ……ぃたい痛い!! ぁああ……」
立っていることができずその場にうずくまってしまう。
「みずき?! どうしたの?!」
私の異変に気付いた『三日月ほたる』が冷や汗とともに駆け寄る。
「み、右……右のふくらはぎが……い、痛い……の」
あまりの苦痛に涙で視界が滲んだ。喋るのがやっとだ。
「大丈夫大丈夫、泣かないで、みずき……。ほら、ザック降ろして……! ちょっと、靴脱がすよ!」
ほたるが慌てて私の登山靴のヒモを解こうとする。しかし、固く結わえてあるので、動作が鈍る。
「みずっちゃん? どないしたんや」
「わっ?! みずき先輩?! どうしたんスか!」
遅れて異変に気付いた『八十田ゆめ』と『九条イチカ』も駆け寄ってくる。
八十田が、ほたるの隣りで屈んで私の右脚を持ち上げた。その瞬間、またしてもピキッと鋭い痛みが。
「いッつ……!」
私の反応に八十田は「あー……」と漏らす。
「たぶん『こむらがえり』やなー……。みずっちゃん、ちょっと脚のマッサージするで。イチカやんは、ウチのザックから医療箱出しといて」
「あ、了解ッス……!」
彼女は、そう言って呆然と佇むイチカに適格に指示を出す。
「こッ、コブラ?! 大変! みずき、蛇に噛まれちゃったのッ?!」
ほたるが青い顔で目を見開いた。
「ほたるん? えらくめんこい聞き間違いやけど、コブラは日本には居らへんで? もしかして、こむらがえりって知らへんの??」
首を傾げて尋ねる八十田に、彼女は顔を赤くした。
「なっ! あ……こ、こむら……ですね。し、知ってますよ。赤ちゃん返りみたいなの、ですよね」
「ぶふっ。だぁ?! うぉああああ痛たたた!!」
目を逸らしながら答えたほたるに、思わず噴いてしまい変な痛みが足を襲った。
「みずっちゃん……」
悶絶する私に八十田が何とも言えぬ表情を浮かべた。やめてくれ、そんな顔で私を見ないで。お願いします、見捨てないで下さい。
一瞬不安になったが、彼女はそれでも献身的に脚を揉んでくれた。
「やとっさん! あったッスよ、医療箱! あとスンマセン、奥の方に入ってたんでちょっとザックの中がぐしゃぐしゃッス……!」
少し痛みが和らいだところでイチカが十字紋章の入ったプラ箱を持ってやって来た。
「あー、ありがとなぁイチカやん。ザックは別に気にしぃひんでもええで。使わん思うてたウチの落ち度やし」
そう言いながら、八十田は箱から小さな薬袋を取り出す。
「みずっちゃん、これちょっと飲んで」
「あ、はい……」
受け取ったそれは表に『芍薬甘草湯』と書かれている。
「しゃくやくかんぞうとう……」
「おー、みずっちゃん一発で読めるんやな。なんや、頭ええんやなぁ」
私の独り言に、先輩は、ほうと感心する。
「いえ……。けど、どんなモノかは知らないです。なんですか? これ」
「漢方薬やで。筋肉のけいれんに効くんやって。すぐに効果が出るんや」
「そんなものが……」
半ば信じがたい効能。だが、今はひねくれてる暇もない。ペリッと小袋の口を開ける。中身は白い粒状薬だった。
「んくっ」
それらをお茶で飲み込む。
「しばらく安静にしといてな」
ひと息つくと、八十田がぽんぽんと私の頭を撫でた。
「あ、あの」
「?」
「さっきはすいませんでした……。失礼なこと言っちゃって」
頭を下げると、彼女は僅かに笑んだ。
「ええよ」
※
「みずき先輩立てるッスか?」
「む、無理しちゃダメだよ……?」
10分後。出発の段になって、イチカとほたるが心配げに私を見守る。
「大丈夫。もう立つことはできる……から」
先の漢方は、想像以上に効果があった。動くこともままならなかったときと断然違う。
「ほら……立てた! 足引っ張ってごめんね! もう歩くことだって……た痛ッ……」
右足を踏み出した途端、ビシッと電気に撃たれたような痛みが走る。
「まだ歩くのは難しいみたいやんなー。こっからしばらく平坦やし、おぶってく??」
私の様子を見て、八十田が他の二人に提案する。
「そっすね。みずき先輩軽いし、いけると思
うッス」
「わ、私がおんぶしますっ……!」
イチカが頷き、ほたるが妙にやる気を出す。
「え、え……?」
ちょ、ちょっと待て。おんぶ……? 高校2年生にもなってそんな赤ちゃん扱いみたいな……。
戸惑っていると、目の前にヌッと人影が。恐る恐る見上げると、鼻息荒いほたるさんが……。
「みずき? 良いよね??」
「待ってほたる! 何が良いの?! 私何も言ってな――わぁぁ?!」
グワッと目線が高くなる。地面から足が離れた。
「……ちょっと、ほたるん……? これ、おんぶじゃないよね……?」
図らずも声に険が乗る。
そう。それは母親が子供にする行為と同じ。いわゆる『だっこ』というやつなのだ。
「みずき、あったかい……いい匂い……ふんふん」
「腹に顔を埋めるなぁ! 降ろせぇ!」
無理矢理もがいて何とかほたるの拘束から脱出した。
「あぁっ……みずきぃ……」
「はぁ……はぁ……ったく……」
残念そうなほたるを警戒しながら、乱れた呼吸を立て直す。本当に油断も隙もない。と思っていたら、突然誰かに膝を曲げられた。
「ち、ちょっ?!」
ガクッと後ろに倒れかかったが、何故か身体は浮き上がる。眼前には、にししと笑うイチカの顔が。
「ワーォ、みずき先輩軽いッス〜。こうして見るとホントに赤ちゃんみたいッスね〜」
いわゆる『お姫様だっこ』を食らっていた。
「い、ち、かぁ……!!」
「はぶっ、いてて。暴れないでヨ〜、みずきちゃん。おっぱいが欲しいんデスか〜??」
「……降ろせ」
「あ、ハイ……すません……先輩が可愛かったんでつい……」
マジトーンに、ビビったイチカは素直に私を地面に下ろすのだった。
三日月ほたると九条イチカにもて遊ばれた『立花みずき』は、だいぶ機嫌が悪そうであった。やはり本人的にも外見が幼いことを気にしているのであろうか、と八十田ゆめは邪推する。
「まったく……なんなんですか、皆して。私これでも16歳なんですけどっ。失礼千万でしょ」
しかし、長いツインテをふわんふわん振りながら、ぷんすこ怒る様はたしかに凄く可愛い。その150cmの体躯には魅力がたくさんだ。八十田に邪な欲求が生まれる。
「せやな〜、みずっちゃんはお姉やんやもんな〜」
なるべく耳触りのよい相づちを打ちつつ、彼女に近づく。そう、それは小動物に触るように。身長低めな少女の頭に手を乗せた。
「んっ……ん……」
八十田が手を左右に撫ぜると、彼女から甘い声が漏れ出る。気持ち良いのだろうか。
「みずっちゃんは大人やもんな〜」
「そ……うです……私は……」
ほっぺたや腕、背中をゆっくり愛撫して耳もとに囁く。彼女の目がトロンとする。思ったより早く力が抜けた。チョロいな。
「よいしょッと」
彼女のお尻に腕を回し、そのまま持ち上げる。癇癪を起こした子供の扱いなんてお手の物。親戚の子守りをよくやっていたからだ。
「は、はれ……??」
わけもわからぬといった表情で、みずきは状況を把握しようとする。しかし、ボンヤリ頭では上手くいかないらしい。
八十田はまんまと、彼女を抱き上げることに成功した。幼い顔の女の子が眠たげに身体を預けている。それにしても、妙にこちらの母性本能を刺激してくる少女だ。
「みずっちゃん、ちょっと言ってほしいセリフがあるんやけど」
「なんです……?」
「――って言ってや〜」
いつも以上に素直なみずきに遠慮なくリクエストした。彼女はウトウトと小首を傾げると、復唱した。
「……ママぁ、きょうのばんごはんなぁに??」
「今日はね〜ハンバーグやで〜」
みずきの顔がへにゃと笑う。
「わぁーい……。みずき、はんばーぐ大好きぃ……楽しみだなあ……あふ。……すぁ……すぁ……」
それを最後に、彼女は八十田の肩で寝息を立て始めた。腕の中で無防備に寝入る様子は、天使さながら。
八十田のテクニックにイチカもほたるも舌を巻いた。
「や、やとっさん催眠術師ッスか……あのみずき先輩が子猫のように」
「先輩、今の教えて下さい今の教えて下さい」
「ほたるん、目が泳ぎまくっててちょい怖やで……。みずっちゃん、思ったより疲れてるみたいやから、また今度な〜」
「そんな……」
ヤンデレ目の彼女を軽くいなして、八十田は腕時計を見る。少し休憩を延長した方がいいだろう。薬が完全に効くのに時間がかかるかもしれないし……。
「休憩30分延長するで〜」
そう宣言して手近な所に腰を下ろす。
「くぅ……くぅ……」
自分に抱きつく少女の寝息が耳にかかった。こうやって柔らかくてあったかい女の子を抱き締めてると、かなり具合が良い。
「はぁ……ウチもみずっちゃんみたいな娘が欲しいなぁ……よしよし、ええこええこ」
八十田が、ぽすぽすと背中を叩いてやると、みずきが「ママ……」と呟いた。
「はぁ〜ん……ツンもええけど、デレも最高やなぁ〜……」
至福の時を過ごす八十田を前に、イチカは険悪な顔を、ほたるは羨望の眼差しを向けた。
「やとっさん、ロリコン変態マジ勘弁」
「いいなぁ、いいなぁ」




