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第20話 『バイオトイレって何……?』

 キャンプ場を出立して20分くらい経つと、段々、闇空が白み始めた。

 電灯が等間隔で並ぶ道路の脇に、『櫛名神社登山口マデ400M』という案内板が見える。


「もうちょっとで登山口に入るからなー。明るくなってきたし、キリの良いとこでヘッドライトもしまっといてやー」


 先頭を歩く八十田(やとだ)ゆめが私たち3人を振り返って言った。

 今日の彼女の服装は、お洒落な抹茶ベースのチェックシャツに、ショートスカート。覗く足はグレイのタイツが包んでいる。そして、頭にはブラウンのハット。どことなく京風スタイルを感じる。


「やあっと退屈な道が終わるッス~」


 九条イチカが首にかけた手拭いで汗をふきつつ言った。

 彼女は七分丈のジーンズに白Tというラフスタイル。でっかく『Big Mountain』と銘打たれたプリントは何かのギャグであろうか。いや、たしかに、胸デカいけどさ……。


「みーずき」


 ノタノタ歩いてると、不意に三日月ほたるが隣りに並んだ。

 あ、今日のほたるの服可愛い。

 ショートパンツに黒レギンス。そして、上半身よりも裾の長いブラックグリーンのポンチョを羽織っている。いかにも森ガールって感じだ。

 

「今日のみずきの服、可愛いね」


 口に出さなかったのに、偶然にも、ほたるまで私の服装を褒めた。「いや……違う。今日も……か」と妙な否定をする。


「そうかなぁ?」


 問い返すと、ほたるはふんふん頷いて「んひっ」と笑んだ。何だそれ、可愛すぎる。


 けど私の服装ホントに良いのかな……。


 今、下半身はスパイラルラインの入ったサポートタイツに、緑のショートパンツを合わせている。上半身は黒の長袖スポーツインナーに、有名ブランドのロゴ入り半シャツという出で立ちだ。

 登山だから機能性はもちろん重視しているが、組み合わせだってちゃんと考えて……。

 

「なんか男の子っぽいトコとかグッドだよ~」


「それ……褒めてんの??」


 グッと親指立てる彼女に、思わず不満が漏れる。

 立花みずきは実のところあまり自分の私服センスに自信があるわけではない。たまに買い物に行くときも、だいたい洋服は母のセンスに任せてしまっている。

 

「この前登山靴買った『ロビンソン』で一式揃えたんだ」


「へぇー、私は専門の通販サイトで買ってるなぁ」


「サイト?」


「うん。登山する人向けのサイトって調べたら結構あるんだよね。お店、家から遠いし私は基本ネットで済ませてるんだ」


 なるほど。

 たしかに、自宅のあるベッドタウンからわざわざ繁華街まで出向くのは億劫(おっくう)だと思っていた。今度から私もネットにしようかな……。


「は~い、第一CP (チェックポイント)到着やでー」


 タイミング良く八十田先輩が号令をかけた。

 いつの間にか目の前に古ぼけた鳥居が現れた。櫛名神社。この美原山の南登山口だ。

 CPが登山中に小休止をとったり、読図をする目安になっているらしい。

 予め用意した地図をポーチから取り出す。拡大コピーした国土地理院発行のヤツだ。

 赤線の登山ルートに複数のバッテンが打たれている。それは山頂や山神社、あるいは登山道の分岐などである。そして、そのウチの一つがここ、第一CP『櫛名神社登山口』というワケだ。


「一応、登山ルートに山小屋トイレもあるんやけど、そこで済ませといてな〜」


 そう言って八十田が、神社近くの比較的真新しい建物を指差した。


「え、何でですか? 山上にもあるんですよね」


「ん、んん〜……、せやなー……。けど、山小屋のはちぃとなー……うん……」


 何か凄く歯切れの悪い返事が返る。


「おげぇ……春合宿思い出したッス……」


 あのイチカも顔を(しか)めて嫌そうな表情。


 何があったのだろうか。春合宿は先月、4月のことだったらしいがそのとき私はまだ帰宅部だった。


 すると、困り顔のほたるが首の一眼レフを起動させて、私のもとに近寄った。


「みずき。私、みずきが入部する前の春合宿で山小屋トイレ使ったんだ……。それでね、内部の写真撮ったんだけど、見る……?」


「見る」


 何で便所の写真を撮っているのかは理解不能だが、彼女らが知っていることを自分が知らないというのはどうも居心地悪い。


「えっと……ホントのホントに見たい?」


「……見せて」


 念押ししてくる彼女に躊躇(ためら)いかけたが、それでも好奇心には勝てなかった。それが間違いであるとも知らずに……。





「すぅーはー……すーはぁぁ……ヴェぇぇ、ぎもぢわるいよぉ……」


「せやから、言ったんに。何でわざわざ見ようとするんや……」


 境内の一角で(かが)み込む私の背中を八十田がゆっくりさすった。


「だぁって、気になるじゃないですかー……。先輩たちの反応が反応なだけに……。けど、まさか、あんな地獄絵図だとは思わなくって……」

 

 ほたるが見せてくれたのは、いわゆるボットン便所の写真であった。山上に水洗トイレを用意するのが難しいのは分かるが、コレは……。

 多種多様な虫たちが元気に跋扈(ばっこ)する汚な狭い空間。そして、畳一枚の空間に意味ありげにぽっかり空いた穴。

『転落注意!』と赤ペンキされた、その内部はかなり深いようで何やら形容し難いモノたちがマウンテンをクリエイトしていた。

 何故、こんなおぞましい場所でシャッターを切るのか。何が彼女をそこまで駆り立てたのか。ある意味、戦場カメラマンである。

 しかし、それ以上に畏怖(いふ)させられるのが……。


「ほたるん……、ホントにココでしたの?」


 懐かしそうにカメラのモニタを見ている彼女に聞いた。映像だけでも相当な破壊力なのだ。実物は臭いも相まって気絶ものではないのか。


 げっそりする私に対して、ほたるは朗らかに頷いた。


「うん。お鼻つまんで、お花摘んだよ〜♪」


「誰が上手いこと言えと」


「あのトイレって下の穴から風が吹いてくるんだ〜。もうね、すっごいスースーするんだよ」


「ほたるん……見かけによらず(たくま)し過ぎでは……私、こんなの、マジ、無理……」


 また先の画像がフラバしてガックリきた。

 私の拒否反応に八十田がうーん、と(うな)る。


「せやけど、こういう施設も不可欠なんやでー。トイレが無かった頃は、それはもう山道(さんどう)の至る所でやりたい放題やったらしいし。それに、近頃は『バイオトイレ』っていうのも設置されてるんやって」


「バイオ……?」


「おがくずとお花を混ぜ混ぜして、微生物の働きで水と二酸化炭素に分解するトイレだよ。直下式よりもあんまり臭いがしないんだって」


 そう言ってほたるが何かを攪拌(かくはん)するような動作を見せた。形容し難いモノたちを『お花』と表現するあたり、妙なセンスを感じる。


「山特有の水洗トイレやな……。微生物を活性化させるために中は結構暑いらしいけど」


 バイオトイレか。若干気になるものだ。ちょっとそこで私も摘んでみたい。

 

「ところで、みずき先輩そこの水洗で済まさなくっていいんスか? 山トイレ使わないなら、こっから暫くは我慢しなきゃッスよ」


 コンクリの建物から出てきたイチカが、濡れた手を拭きながら言った。


「あっ?! そうだった!」


「あと3分で出発やからな〜。急いでなー」


 追い立てられるように、用を済ませてきた。登山口の水洗は、比較的新しく綺麗だった。



 登山口に入って10分ほどなだらかな遊歩道を歩いていたとき。


 ブーッブーッ!


 突然大音量でスマホが鳴った。皆の注目が私に集まる。

 

「わっ、あっ、え?」


 一瞬アラームを消し忘れたのかと思ったがそうではない。ポーチから出した携帯の画面を見るとそこには『立花ゆか 着信中』と表示されている。


「はぁー、なんなんだ……。この時間から……」


 急かすように鳴動するスマホ片手に、八十田先輩の顔を窺う。登山ではチーム内での勝手な行動は褒められたものではないと聞いた。だから、CL(チーフリーダー)である先輩の許可を取るのが最低限のマナーというものだろう。


「妹ちゃんやろー? 出てええで」


 予想はしてたが、やはり先輩は快諾してくれた。


「すみません……」


 通話ボタンをタップして、耳に当てた。


『おねぇ……?』


 山だけど、通信状態は非常に良好。

 ゆかのロリボイスが、耳もとで響いた。

 しかし、身長こそ私を遥かに上回っているものの、声すら小学校のときから変わってないというのはどうなのか。ついでに言えば、童顔もそのままだ。まぁ、それが学校の男子たちにバカ受けのようでもあるが……。


『ゆか? 何か用?』


『あっ、ご、ごめんね。おねぇ、もしかして、もう登山中?』


 ちょっと不機嫌気味な私の声音にビビったのか、ゆかの声が恐る恐るという感じになる。だったら、最初からかけてくんなよと言いたい。


『そうだけど。どうかしたの?』


『う、うん。あの……あのね、道中気をつけてねって言おうとしたの。ほら、山って熊さんとか蛇さんとかが出たりするかもしれないじゃん。おねぇ、ちっこいからすぐ丸呑みにされちゃ――』


 地雷を踏んだ。眉間にシワが寄る。


『私は……ちっこくない……』


『あ、ああ〜。そうだね。たしかに、最近おねぇちょっと大きくなったかも? でへへ。コレのサイズとかーこっちのサイズとかー、あ、ヤベ』


 ……何のことを言っているんだ。……おい、まさか。


『ゆか? アンタ、今手元に何持ってるの?』


『え?! えぁ、あ、あはあはぁ……。何も持ってないよ』


 私が畳み掛けると、途端にゆかの声が焦りだす。黒確定だ、コレは。口をへの字に曲げて取り敢えず脅迫しておいた。


『そう。因みに教えとくけど、下着入れを私以外の誰かが開けたら、分かるように髪の毛置いてるんだよね。動いてたら、アンタ処刑ね』


『はわぁ?! 嘘だ! イヤぁああ!』


 もうこの発言で告白したと同然。私の妹は勉強が出来ないわけではないが、こういう所は本当に頭が悪い。

 

 けどまぁ……。


 ため息をついて、一言伝えておいた。


『……一応だけど、心配してくれてありがと』


『うん! おねぇ、気をつけてね。それでそれで帰ってきたらいっぱいチュッチュしようね!』


『それはヤダ』


『けち〜ッ!!』


 私の無下な返事にぶぅぶぅ文句を言う妹。聞いていても喧しいだけなので、さっさと通話OFFにした。

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