第19話 『まどろむ彼女と未明の悲鳴』
ピピピ……。
「ん……むぁー……?」
AM4:00。まだ、鳥も鳴かぬ早朝にスマホのアラームが鳴る。重い腕を伸ばし、テントポケットの中で鳴動するソレを止めた。
上半身だけ起こし、左隣に視線を向けてみる。
「……すぅ……ふ……」
同じクラスの立花みずきが無防備に、熟睡していた。いつものツインテは解き、今は下ろしている。
美人の寝顔を至近距離で拝める、というのは最高に幸せだ。
残念ながらシャッターは焚けないので、肉眼でしっかり堪能しておく。
「みずき……あさだよ……けほ」
寝起きだからか、若干声が枯れた。転がってるペットボトルを捻って喉を潤す。
ミネラルウォーターを飲み込んで、少しこぼれた口もとを拭った。と、不意に誰かと目が合う。
「おはよ……ほたる。……ごめん、まぶしい。それ……」
物音で起きたらしい。目を薄っすら開いたみずきが、私の首もとを指差す。光の強いヘッドライトが
ぶら下がっていた。
「あ、ごめんね……」
弱光にして、隅っこに置いた。すると、テント内がぼんやり明るいくらいになる。
「まだ4時じゃん……」
みずきが、感光腕時計を見て疲れ気味に呟く。
「うん。……けど、出発は5時だから……。撤収もそこそこ時間かかるし。頑張って起きよ?」
「起こじて……」
甘えるようにみずきが、私の腰に抱きついた。
いつものツインテールを解いたみずきは、若干大人っぽく見えるが、こういう所ほホントに子どもだ。
「昨日のこと怒ってないの?」
私のお腹に顔を埋める友達を撫でてみる。
「んー?」
「私が無理矢理……」
「んぁー。もういいよぉ……。怒るのも疲れるし……はぁ……もう、ねむい……」
そう呟くと、みずきはまたも寝息を立て始めてしまった。どうしたものか。起きてもらわないと私が動けない。けど、こうして好きな人が自分に抱きついてくれる状況も捨てがたい。
寝起きの頭でぼんやり考えていると、隣りから小さい関西弁が聞こえた。
「仲良えなぁ、二人とも」
八十田ゆめが、にへらと笑っていた。彼女のいつもは整っているウェーブヘアが、今は若干クシャっている。たぶん、私も寝癖だらけだろう。
「そういう先輩もイチカちゃんと仲良いじゃないですか」
「え? あぁ〜、これは……」
私の指摘に八十田先輩が困った顔をした。
彼女のお腹に誰かの日焼け気味な腕が巻き付いている。
「くかー……くかー……」
九条イチカが気持ち良さそうに寝入っていた。
「ウチのこと、抱き枕かなんかと勘違いしとるみたいやんなぁ」
「ふふっ。お互い様ですね」
「ホンマに……。はよ起こさな。イチカやん? 起きーや」
そう言って八十田は、イチカの身体を静かに叩いた。寝入る後輩を気遣う辺り、彼女の優しさを感じる。
「むぅー……なんスカぁ……すぅ……かぁ……」
「アカンな、完全に熟睡や。ほたるん、悪いけど先にみずっちゃん起こしてーや。イチカやん、まだ無理そうやけ」
八十田の指示に返事して、私はみずきの背中をこすった。彼女の耳元でこう囁く。
「みずき。起きよ……?」
「……やだ」
私のお腹の上でゴネるみずき。正直、萌えるがこのままというわけにもいかない。
「だめ。起きて」
「……」
「あ。また、寝ようとしてる……。もー起きて!」
無理くりみずきの両腕を引っ張り上げて上半身を起こした。シュールにも、海老反りになったみずきが、ジト目で私を睨む。
「ひどい」
ぱしー。
ナイスカットを八十田が横からスマホで撮るのだった。
※
「降ってる?」
「うんにゃ……雲ひとつない」
ほたるの問いに私は首を振った。
テント入り口から見上げるまだ暗い空。
昨日の曇り空が嘘のように何処かへ行っていた。きっとあの山神が約束を守ったのだろう。
「なんや、不思議なこともあるんやなー。小雨くらいは覚悟しとったんやけど」
髪に櫛を通しながら八十田が呟いた。その腰には何故かイチカが抱きついて寝ている。なんか母親と子供の構図だな。
「何時、出発でしたっけ」
「5時だから……30分後やな。出発までにお手洗いと朝ご飯済ませとってなー」
5時ぃ。前日に聞いてはいたが、登山の朝はかなり早い。どうしてそんなに早く動くのかと聞けば、行程を前倒しすることで迷った際の保険になるんだとか。
まぁ……迷わないに越したことはないけど。
「みずき、何か飲む?」
支度を終えて顔を出したほたる。その手にはバーナーセットが。
「何があるの?」
「んっとね、しょうが湯、コーヒー、スープ各種、味噌汁……」
そう言って彼女はポーチから大量のスティック袋を取り出した。持ってきすぎだ。
「色々あるなぁ。じゃあ、私しょうが湯にするわ」
「はーい」
私の返事にほたるは、いそいそとセッティングを始める。30分後出発なら、そんな悠長なことやってられない気がするが……。
「ほたるーん。ウチ、お味噌がええなぁ」
「分かりましたぁ」
まぁ……、八十田先輩もこんな調子だから大丈夫か。イチカに至ってはまだ起きてないし。キャンプ場に置いてくことになりそう。
「自分、スープがいいッス……おあよーございます……」
と思っていたら、表情険しいイチカがのそのそ出てくるのだった。
まだ辺りが薄暗い中、灯りの点いた炊事場にて。
「なんやー、皆、辛気臭いツラしとんなー」
メンバーの前に立った八十田が、困ったように眉を上げる。しかし、私らも結構しんどい。
昨日も皆が寝付けたのは、たぶん23時頃だったし。実質、5時間くらいしか寝てない。
そこにこの大荷物で山登りだというのだから……。
「あーせやせや、ご褒美ってワケでもないんやけど、下山したら温泉とスイーツが待っとるからなー」
「やった……!」
両手を上げてバンザイしてしまった。
すぐに気付く。隣りのほたるとイチカはふーん、という感じで聞いているのに。私だけが子供みたいに。
八十田が、そんな私を見てニヤニヤ笑った。
「みずっちゃんは素直でえぇなぁ」
「ちっ、違います……」
「えー、何が?」
ダメだ! 何を言っても墓穴が広がってしまう!
「みずき、降りたら色々買ってあげるからね?」
ほたるが私の肩に手を置いて優しげな表情を作った。助け舟のつもりだろうが、ただの追い討ちである。
「眠いッス」
イチカに至っては聞いてすらなかった。
いたたまれなくって顔面が熱くなるのが分かる。
八十田がパンパンと手を叩いた。
「はい、みずっちゃんの萌え萌えな姿が見られたところで出発したいと思いま~す」
そう言って彼女はヘッドライトのスイッチを入れた。私たちも各々、ライトを点ける。薄暗いキャンプ場に4つの光点が生まれた。
入部以来、初めてとなる本格的登山。
見上げた先には、ひびき山と美原山が黒い影を下ろしている。なんか、ちょっと恐い……。
「みずき」
すると、そっと誰かが私の耳に囁いた。
隣りを見ると、表情柔らかなほたるが。白くて温かい手が私の手を包み込む。
「大丈夫だよ。私がついてるからね。一緒に楽しも?」
「う、うん……」
「何かあったらすぐに言ってね?」
「分かった……。じゃあ、その……」
お言葉に甘えて彼女のヘッドライトを指差す。
「ん??」
「何かついてるよ」
機械的動作で、ほたるが頭の異物をつまむ。そして、ソレを自らの視界に入れてようやく認識した。
馬鹿デカい蛾。
光源に引き寄せられたらしい。
一気に彼女の表情筋が強張る。
「ヒィッ――」
そして、大絶叫が闇空に轟くのだった。




