第1話 『春のシュラフはお日様の香り』
私の高校である『花百合女子高等学校』は男子禁制の私立女子高である。
しかし、決して箱入りの文化部だらけというわけではなく、野球部を始め、サッカー部、ラグビー部など結構ガチめな運動部も存在する。そして、勿論それ以外のマイナー部活もあるわけで……。
「あのっ! よ、ようそこ! 登山部へ!」
体育館裏手の所にある二階建ての部室棟。私とほたるはその一階にやって来ていた。
肩の力が抜けるようなご案内と共に、スチール製の扉が開かれる。
部室のドアには『女子登山部』と可愛らしく飾られた、看板が引っ掛けられていた。
「……お、お邪魔しまーっす?」
見慣れない空間だから、足を踏み入れるのも恐々となってしまう。しかし、入ってみれば落ち着いた趣向の内装で妙に安心する。
ほたるが話し掛けてきたのが、単なる勧誘だと知れたときは少々ガッカリ――いや、意外に思った。
聞くところによると、どうやら人員が足りないとやらで、その人数合わせにしばらく籍を置いてくれないだろうか、という依頼であった。なんでも登録上の部員数が四人に満たないと、部としての存続に支障をきたすんだとか。
どうせ暇ですし話だけなら、ということになり、放課後、こうして油を売りに来ている。
「ご、ごめんね! あんまり片付いてなくって!」
と、ほたるは謝るが、実際の所、部室はかなり片付いている。私の部屋より数倍綺麗だ。
種々の登山道具?らしきものが丁寧に分類された壁棚に、行儀よく杭に引っ掛けられた赤緑黄計三つの登山用リュック。そして、入口脇にはこちらも赤緑黄の三足の登山ブーツが仲良く並んでいる。部員は各々自分の登山靴を所有しているのだろうか。
「お。コレは……」
壁際のベンチに、パープル色のフリース素材が横たわっていた。
思いの外、軽い。人間一人が入れるような袋型になっている。
「あ、それ部長の『シュラフ』だね……。よく、それでお昼寝してるんだ」
「シュラフ……? 寝袋じゃないの?」
聞き慣れない言葉だ。シュラフと寝袋というのは別の代物なのであろうか。
しかし、私のオウム返しにほたるはかぶりを振る。
「ううん? シュラフは寝袋のことで合ってるよ。……けど、山登りする人達は、皆シュラフって呼んでるんだ」
「へぇー。知らなかったぁ……なんか、かっこいいね」
素朴な感想を口にしたつもりだったが、ほたるはすっと息を呑んだ。そして、目を輝かせて
「そっ、そう! それね、私も初めて聞いたとき、すっごくクールだなって思ったの……!」
頬を朱に染めて、興奮するほたる。教室に居るときはかなり大人しめな印象があったので、こういう一面があったとは意外だ。しかし、趣味のこととなると、決まって饒舌になってしまうのはコミュ障の常なのであろうか。……まあ、どちらにせよ、かわEの一言に尽きる。
「……」
じっと見つめていたせいか、不意にほたるの勢いが萎む。口をあわあわさせたかと思うと、かあっと赤くなってしまった。
「あ、あ、あ…………」
お前は某アニメ映画に出てくるカオ●シか、とツッコむ前に向こう側を向かれてしまった。
これは凄い照れ屋さんだな、という感想を持って私はまた手元の寝袋――改め、シュラフに視線を戻す。
これで寝たら、だいぶ気持ち良さそうである。……そういえば、昨日徹夜したから不意に眠気が――
そこから先の意識が無い。
※
「先輩チワーっす!!」
「イチカちゃん、しっ……!」
花百合女子登山部部室に勢い良く一人の女生徒が突入する。
しかし、先客たるほたるによって口に封をされた。
「ど、どしたんスカ……? あれ、そこで寝てる人……Who?」
ほたるによって道を阻まれた少女の名前は、『イチカ』。ジャージ姿で、その格好がよく似合う健康的なショートボブスタイル。母がアメリカ人で、金髪碧眼という日本人離れした容姿が特徴的。
「ねぇねぇ、センパーイ♪ あの人誰っすか? 誰っすか? もしかして……新・入・部・員?」
イチカは少々発達した八重歯を、ひょいと覗かせながらほたるを乗り越える。
「あっ、待って。イチカちゃん……!」
ほたるの必死の通行止めも甲斐なく、イチカはシュラフの中で眠りこける人物を眼前に収めた。
「すぁー……すぁー……」
視界に入ってきたのは小柄な黒髪の、ツインテ少女であった。セーラーリボンの蒼が、紅であるイチカの1学年上であることを示している。
同学年の平均身長を若干下回る自分よりも更に背の低い上級生は、目にもの新しい。が、しかし。今はそれよりも目を引くのが……。
「……ワーォ」
刮目すべきは、その顔のつくり。
人形かと見紛うほどその少女は、ルックスが優れていた。今、隣りに居る先輩もなかなかの上玉だが、しかし、この人間は格が違う。
「とゆーか、ホントに同じヒューマン? まさかのUMA?」
真面目な顔で考察するイチカの隣で、ほたるが冷静に「クラスメイトの立花みずきちゃん……すっごく美人さんだけど、うちゅーじんじゃないと思う……たぶん」と訂正する。
果たしてイチカがそれを信じたのかは分からないが、彼女は一度顎をさすり小さく頷くと
「取り敢えず、写メ撮っときますかぁ。こんなシャッターチャンス滅多に無いっすよ、センパイ」
おもむろにスカートのポケットから、スマホを取り出した。
――パシャパシャパシャ
デコりまくった端末から電子シャッター音が発される。
イチカのお気に入り画像に新たな一枚が追加された。
「ふんふふふーん♪」
満足げにホーム画面の背景を『ピアスだらけのロック歌手』から『ツインテ美少女の寝顔画像』に変更する。
――ゴソゴソ
その傍らで、ほたるは自分のロッカーから、金属製のドデカマシンを取り出した。イチカはそれを見て、苦笑する。
「一眼レフとは……。ほたるん、マジっすね」
「うん……」
苦笑交じりにコメントするイチカに、ほたるは頬を朱に染め小さく頷くと
――カシッ
手馴れた動作で、最高のカットをフィルムに焼き付けるのだった。
※あとがき
★イチカ……米系ハーフの金髪少女。高校入学して間もない新一年生。登山部所属。