第18話 『夜景とアクシデント』
「ふぉお……すっごい」
「ここからでもよく見えるね」
キャンプ場から徒歩10分程度。真っ暗な林道を歩いた先の展望台から望む夜景に、私もほたるも釘付けとなった。
「みずき、高校があるのって向こう側かな?」
「たぶんそうだと思う。山の向こうで何も見えないけど……」
「明日、山頂に登ったらきっと見えるよ〜」
「だね。楽しみだよ」
背後には、標高1000m近い美原山がそびえている。しかも60L近いザックを背負って登るというのだから、余計不安も大きい。だが、あんな高い所から見る景色は如何ほどのものだろうか。期待もある。
「私もね、楽しみ」
急にほたるが後ろから抱きついてきた。
耳もとで彼女の声がする。
「がんばろーね、みずき」
「うん……。ちょっとほたる、離れて」
「つんでれ」
「デレてないし」
「むー……いじわる……」
そっけない私の対応に、ほたるは若干不満げなようだ。
悪いね、私は気分屋なのだよ。
ほたるの腕から抜け出して、麓に広がる千志摩の夜景をたっぷり堪能した。
「あ、そうだ! これ飲もうと思ってたんだ」
不意に背後のほたるが、演技じみた声を出した。
チラッと窺うと、バックパックから何やらシングルバーナーとチタン製マグカップ、小型ポットを取り出す。
「やっぱり、冷える夜はあったかいミルクココアだよね〜」
シュオー、という音と共にOD缶がガスを噴く。どうやらインスタントココアを持参しているらしい。そして、これみよがしに水を沸騰させた。
「沸いたかな……? よいしょ……」
ほたるは、慎重にコンロからポットを持ち上げると、あらかじめ粉を投入していたマグに熱湯を注いだ。
じょぼぼぼ……。
マグに乳白色の液体が満ち、香ばしい匂いが立ちのぼる。コップは一つしかない。
ひ、一人で飲むの……?
私の疑問に答えるように彼女は独り言を漏らす。
「あ、そういえばもう一人分くらいはあるかもなー。お湯も余ってるしなー。どうしよっかなぁ……」
そして、バックパックからもう一個のマグカップを取り出して見せた。
したり顔が妙に腹立たしい。だが、この香気の誘惑は……。
「ね、ねぇほたる……」
「んー?」
くそっ、なんだその顔は……。
当てつけか……。
「わ、私も飲みたいかなぁ……なんて」
「あれ? みずきもほしいの?」
ほたるは、疑問調に小首を傾げる。
「おい」
「えへへ、冗談だよ〜」
屈託なく笑うと、ほたるはマグに熱いお湯を注ぐ。
インスタントココアの香ばしい湯気が立つ。
「はい、出来ました」
「あ、ありがとう……」
割と素直に作ってくれたことに、一瞬ためらった。何故って見返りを要求してこない点。
昼間、あんなことやらされただけに警戒してしまうではないか。
まぁ……けど、タダで貰えるに越したことはないか……。
「んくっ」
「あ!!」
そして、ほたるはいきなりそれを口に含んだ。
まだ熱いに違いないのに、しかし、彼女は飲み込まず頬に溜め込んでいる。
「ち、ちょっと! ほたる、何してんの?!」
「んん、んんん!」
私の制止を聞かず、彼女は何か言った。
『口、開けて』と言っているらしい。
おい、まさか……。お前……。
ほたるは、ゆっくり立ち上がるとゆらゆらと私に迫ってきた。
「ち、ちょっと……。それはいくらなんでもアウ……ト……」
後退しながら、距離をとるが背中が柵に当たる。背後は、闇深い谷。逃げ場はない。
『にがさないんだから』
そんな意味合いの表情で、ほたるは目を細めた。
そんな華奢な身体のどこから?と問いたくなる力で両手首をガッシリ固定された。
すっかり興奮した彼女の顔が目の前に。
大きめな胸をむぎゅと押し付けられる。
私の脚の間に、長い脚が無理矢理入れられた。
「ばっ……! いや、ほたる、まさか酔ってん――へぁむ?!」
※
「なー、イチカー。みずっちゃんとほたるんどこ行ったんや? 休憩所の方にも居らへんのやけど」
八十田ゆめは、テントの中にいる金色短髪の少女に尋ねた。仰向けになって、少年マンガを読んでるらしい。ヘッドライトで光源を作っているが、だいぶ見づらそうだ。小脇には、お菓子が転がっている。それで太らないのが不思議だ。
「えー? あむっ……ひらないッス。んっく。どっか散歩にでも言ってんじゃないッスか? あー、うめ」
まぁ、恐らく彼女の言う通りであろう。しかし、もう暗くなっているから、あまり遠くに行ってほしくはないのだが……。
「あ、センパイ。これ、食べます?」
そう言うと、彼女はカラフルなイラストが描かれた袋を持ち上げた。
ゼリービーンズ。アメリカでは有名な、豆の形をしたお菓子だ。
「んー、夜にお菓子は……。まぁ、少しだけならええか」
「はいよー、えーと……先輩に合うカラーはぁ……あった!」
そう言ってイチカが摘まみ上げたのは、緑色の豆。ともすれば、さやえんどうに見えなくもない。
「ありがとなぁ」
「っと待った! タダではあげませんよ?」
八十田が受け取ろうとすると、彼女はサッと手を戻した。
「はい?」
「いいッスカ? 私がこれを放り投げて、口で見事キャッチできたらあげます」
そう言ってイチカはビンズを放り投げた。
弧を描いたお菓子が重力に引っ張られ、彼女の口に落ちる。
「えぇえー……。自分から勧めといてソレかいな……だるー」
「あらら。生徒会長ともあろうお方が、もしかして自信無さげッスか?」
「そんなやっすい手ぇには乗らへんでー。そないな、犬みたいな真似するんやったら、要らんわ言うとるねん」
八十田の返事に、イチカは唇を尖らせた。
「むぅ……。ならば、成功したらこの私がご褒美にチューするってのはどうッスか?」
「ひざまずいて、ウチの足にしてくれるんやったら、ええで」
「うわ、性格悪ッ!!」
ドン引くイチカに八十田は鼻を鳴らした。
「じゃあ、失敗したらウチがイチカやんの言うこと一個だけ聞いたるわ」
「お、おおぅ……。それは悪くない条件ッスね……」
その提案を聞いて、彼女はほくそ笑む。
まぁ、どうせロクなことは企んでないだろう、と八十田は見抜く。しかし、心配する必要はない。普段、お菓子を放り投げて食べるなんてことよくやってるからだ。失敗する危険は低い。
「ほなら、さっさとやろかー?」
「ふふんっ、良いでしょう。私の魔球、取れるもんなら取ってみて下さい!!」
せーのっ、でイチカが投げる。
緩やかな曲線。
八十田は目を見開いて、軌道を読んで、そのまま口にキャッチ――
「あだっ」
デコに当たった、豆がテントシートに転がった。
「にゃっははは! やとっさん、ヘッタクソだなぁ! いひひひ!!」
笑い転げるイチカに、八十田はみるみる顔を赤くした。
「ち、ちゃう! 今のは練習や! 次が本番やからに!」
「おやおや、会長ともあろうお方が、言い訳なんて見苦しいッスねぇ……うぷぷ」
「……ッ!!」
プゲラする2個下の後輩に、八十田は歯を軋らせた。思わぬ失敗に、普段持ってる余裕は完全に喪失。
「まぁ。一発勝負ってのもなんですし、もう一回くらいならチャンスあげてもいいッスよ?」
「ほんまに?」
「えぇ笑 やとっさん可哀想なんで」
「イチカ……! 絶対、後悔さしたるわ……!」
調子に乗る彼女に、八十田は顔を険しくする。一方のイチカは、八重歯を見せてニヤついた。
「じゃあ、投げるッスよ? しっかり取って下さいね?」
「おっしゃ、こんかい!」
気合十分の八十田の掛け声と共に、ビンズが宙を舞う。彼女は僅かに膝を持ち上げ、姿勢を伸ばす。
落下が始まる。
首を伸ばす。
狙いは完璧。
あとは、キャッチのみ――
「あやっ?!」
突如、八十田の重心が崩れた。膝でシュラフ袋を踏んだのだ。彼女の上半身が前倒しになる。
「へ?」
しかし、すぐ目の前には膝を曲げて座り込むイチカが。八十田は、そのまま彼女を巻き込んで倒れた。
『あったた…………ッ?!』
「んむ……ふぁ……」
八十田が目を開くと、すぐそばに当惑するイチカの顔があった。近過ぎる。しかし、それ以上に衝撃的なコトが。
「ぷあっ!! わぁああ! すす、すまん!」
思いっきり口付けしていた唇を離し、急いで身体を起こす。
後ろ向きに倒れていたイチカが、遅れて上半身を持ち上げた。彼女は、真っ赤な顔で口元を隠しながらつぶやく。
「……い、いえ……大丈夫ッス、アクシデントなんで……。た、ただ、ちょっとビックリしたっていうか……は、はぅあぁああ」
言い切る前に両手で顔を隠してしまった。
八十田は、イチカのあまりに乙女過ぎる反応に、普段ガサツな彼女も、ちゃんと女の子してるんだと実感する。なんというか、可愛らしかった。
「ごめんな。けど、イチカやん、なかなかオモロイリアクするんやなって」
「うっさいです! もぉ~! 八十田先輩のバカバカおバカぁー!! 私、ノンケなのにぃ……」
そう言って涙ぐむイチカもまた、新鮮であった。
ジィー。
不意にテント入り口のジッパが開かれた。
「あの、今戻りました……。お邪魔でしたか?」
ライトの光源と共に、三日月ほたるが顔を覗かせた。何かが起こったテント内を訝しむような表情。
「へぁ?! あ、いや、大丈夫やで! みずっちゃんも一緒?」
「あ、は、はい……。ただちょっと今は……」
「?」
たじろぐほたるに、八十田は不可解に思う。
まだのたうってるイチカを放って、テント外に出る。すぐ傍に立花みずきが、つっ立っていた。何やら目が虚ろでぶつぶつと独り言を呟いている。
「みずっちゃん? どないしたんや?」
「ここあ……ほっと……女の子……甘い……ほたる……ほっとここあ……ほっとほたる……」
「ほんまにどないしたんや」
何処を見てるか分からない眼差しで、ぼんやりしている。一緒に居たであろうほたるを見ると、ビクビクと冷や汗をかいていた。
「せ、せんぱい。みずきは、ちょっと体調が良くないみたいなので、も、もう寝かせた方が良いかと思います……!」
「せ、せやな……」
「ほら、みずき。私がシュラフひいてあげるから、早く寝ようね!」
彼女は、小柄なツインテ少女の肩を持つと作ったような笑顔でテントにinさせようとする。そのまま自分のシュラフの隣りで横にさせる魂胆だった。しかし。
「うるさい」
急に割れに返ったみずきが、彼女の手を払いのける。
「へ?」
「この、ど変態ほたる。シュラフくらい自分でやるし。あと私、今日は反対側で寝るから」
「ガーン……」
こうして夜は更けていくのだった。
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