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第15話 『千志摩市立自然の家キャンプ場』


 山道の揺れがきつい車内。

 買い物を済ませ、タクシーと合流したところで私たちは八十田(やとだ)先輩から明日の天気が思わしくないと知らされた。


「あぁー、もぉー……なんで気付かなかったんやろ……? ウチ、こういう肝心なトコでいっつも抜けとるんよな~……」


 学校では完璧なこの人がここまで落ち込む姿も相当レアだ。

 目に物珍しいが、しかし、慰めないわけにもいくまい。


「ま、まぁ……、ちゃんと天気予報見てなかった私たちも私たちですし。そんな気を落とさないで下さいよ、先輩。ほら、一つ教訓になったじゃないですか!」


「みずっちゃん……ええ子やで、ほんま……」


 ほろりと感動した先輩が、何故か私の頭上に手を伸ばす。


「ち、ちょっ……?! 撫でないで下さい!」


「え~、ええやんええやん。減るもんでもないし」


「あーもー!! 慰めて損した!」


「ウチは得したで~、かんにんな~」


 ひととおり私の頭を摩擦した先輩は、満足そうに、にへらと笑った。

 ほんとムカつくな、この人は……!


「でも、そうなると明日の登山はどうするんスか? まさかの中止とか?」


 助手席でハンバーガーを頬張っているイチカが、私の左隣の先輩を振り向いて尋ねた。


「いや、それは明日の天候見て決めるわ。曇りか小雨やったら決行、大雨は……しゃーないから撤収からの帰宅やなぁ……」


 それを聞いた彼女は『えぇー、マジっすか?!』と俗なリアクションをしながら、コーラの蓋を捻る。ぷしー、という何とも間の抜けた音が車内に響いた。

 飲み物はまだ良いんだけど、コイツのハンバーガー臭がさっきから車内に充満して迷惑なんだがな。やっぱりスーパーで代わりに買って戻るんじゃなかった……。ていうか、今そんなもん食ってて晩飯入るのか?


「みずき、みずき」


 不意に右隣りに座るほたるが私の膝を叩いた。

 ゆるふわポニテに負けない、ふわふわスマイルをたたえている。


「はいはい、どーしたの?」


「ん……あーん」


「もがッ――ぇ」


 いきなり木の棒を口に突っ込まれた。

 同時に口内で『冷た甘い感覚』がじわっと広がる。アイスだ。

 さっきスーパーで買ったらしいものを分けてくれたらしい。嬉しい親切心ではあるが、しかし。


「ほたるん? 突然、人のお口に異物を突っ込むのはやめてね? えずいちゃうから」


 悪気のなさそうな可愛い子ちゃんを頬っぺたつねりの刑に処してやった。


「ご、ごえんなはい……。やめへ……」


 目尻に涙を浮かべながら謝る様子は、なんとも面白い。

 このまま私のオモチャにしてやろうかと悪だくみが浮かんだが、それは運転手の『着きましたよ』という一言で遮られた。

 こうして私たちは、千志摩(ちしま)市立自然の家キャンプ場に到着したのである。



「広いッスー!! ヒャッハーー!!」


 どこの世紀末、とでも言わんばかりの雄叫びと共にイチカがテントサイトを走り回る。

 まぁ、彼女の気持ちも分からなくはない。

 辺りに立ち込める草の香気、春特有の温かい風。そして、建物に切り取られてないありのままの空。

 要するに、イチカの気持ちがめっちゃ分かる。


「みずっちゃんも走り回ってみたらええやん? 受付の人が言ってたんやけど、今日はウチらの貸し切りなんやって」


 八十田(やとだ)先輩が優しく肩を押す。それが起爆剤になって遂に私も草原に踏み出た。


「わ、わーい……!」


 日頃、大声を出さないせいか声を上げづらい。

 若干の恥ずかしさもある。


「みずき先輩! 楽しむときは全力でやらないとッ! ほら、わーい!!」


 どこかの海賊団船長さんみたいなノリでイチカが白い歯を見せる。

 私はてめーみたいな陽キャとは違うんだよ……!


「ほらッ?! いち、にぃ、さんッ」


「あぅ……わ、わーい!」


「まだ声が小さいッス! ほらっ、せーのっ!!」


「わ、わぁああ――」




 少し離れた所で八十田ゆめが腹を抱えていた。


「ぬふっ、ぬははは! あ、あかん……みずっちゃん、それはおもろすぎるで……」


 「先輩、ひどいですよ」と隣にいる三日月ほたるがフォローする。しかし、その顔は惚けており、眼前で繰り広げられるてんやわんやの録画に勤しんでいた。

 そして一眼レフの画面から目を外し、嘆息する。


「はぁ……みずき可愛いなぁ……」



「はい。ではー、陽が沈む前にテント設営と晩御飯の調理に移りたいと思いますぅー」


 ザックを並べた木の下、私たち1、2年は体操座りを強いられていた。どうやら生徒会長はこのスタイルが一番話しやすいらしい。校長かよ。

 八十田先輩は手をぱんぱんと叩くとイチカに何か目配せする。

 しかし、アホ面の彼女は肝心の指示が理解できず、首を傾げる。


「……? なんスカ?」


「このスカポンタン! ペグとハンマーを出すんや!」


「あぁー! へいっ」


 スカポンタンなんてリアルで使ってる人初めて見た……。てか、ペグってなんじゃ……。


「あったっす〜」

 

 イチカは自分のザックから小さな袋とハンマーを取り出し、先輩に渡す。


「やれやれ……今回はちゃんと持ってきてくれたみたいやな。前回、あんたがコレ忘れたときは悲惨やったわ」


「同じ失敗は二度しませんッスよ!」


「テントポール忘れかけてたくせに??」


「うぐっ!」


 イチカを散々やり込めて、先輩はおもむろに袋の中から3本の長釘みたいなものを取り出した。1本ずつ私たち3人に渡される。どうやらこれが『ペグ』というものらしい。

 黒い塗装で覆われており、金属製でかなり硬い。たぶんちょっとやそっとの力じゃ曲がらないだろう。


「たぶん他の二人は分かってると思うやろうから、みずっちゃんに説明するわ~。これな、テントが風で飛ばんように地面に固定する道具やねん」


「あ、なるほど」


「まぁ、大抵の地面には突き刺さるんやけど、砂利含んだ土壌はちょっと難しいねんな。せやから、このテントサイトをペグであちこち突っついて、ええ塩梅あんばいの所を探してきてな?」


 そう言うと先輩はその場でよっこいせと腰を下ろす。耳にイヤホンを挿して完全に休憩モードに入ろうとしていた。

 あれ……この人はやらないのかな?

 その疑問は私以外の二人も抱いたらしい。


『…………』


 無言の圧が先輩へ。


「え、なんやねん……。ウチもやらなあかんの??」


 もちのろんだよ。そんな意味合いを込めて三人の首肯しゅこうが一致した。



「で、出来た……」


 目の前には私の背丈ほどはあろうかという居住空間が出現。円錐型のインディアンテントみたいなのを想像してたが、これはお椀をふせたようなドーム形状である。

 

しゅー。しゅー。


「……?」


 テントを覗き込んでいると外から不思議な音が。

 何ごとかと顔を出せば、八十田先輩がフライシート全体にスプレーをかけていた。


「ん? あぁ、これ?」


 私の視線に気付いた先輩が、眉を上げる。


「はい……。何ですか? それ」


「あはは、これなテント用の防水スプレーやねん。今夜、雨降るかもしれへんから、こうやって対策するんや。撤収のときにビチャビチャやったら難儀するからね。ちょっと見てみ」


 そう言うと先輩は自分のザックから500mlペットボトルを取り出した。天然水が入っている。そのキャップを開くと、とぽとぽとフライにまぶす。


「おぉー」


 水が油に反発するように、大粒の水滴となって全て地面に転がり落ちていった。

 たしかに、これならテントが雨で潰れるということもないだろう。


「色んな道具があるんですね」


「キャンプ装備も奥が深いもんやで……みずっちゃん」


 しみじみ語る先輩は、どことなくウチの祖母に似ていた。


「みっ、みずき!」


「うわっ、な、なに? どうしたん?」


 振り向くと深刻な面持ちの三日月ほたるさんが。


「どどどどこに寝る?!」

 

 どうやらテント内のポジ取りのことを言っているらしい。

 と言っても4人横になればいっぱいになるくらいの広さなので、ほぼ選択肢などないが。


「別に私はどこでもいいよ? 端っこでも真ん中でも……」


「じゃ、じゃあ! 入口から見て右端っこがみずきでもいいかな、かなっ?! それで、それで隣りに――」


 何だか必死なほたるは、私の顔ではなく、イチカと先輩を交互に確認。二人共、『どうぞ』というジェスチャー。彼女の顔が安らぐ。ああ、なるほど。どうやら、この子は私の隣で寝たいようだ。まったく可愛い奴め。


「じゃー、左端は私がいただきますねぃ」


「あー、イチカやんズルいわぁ」


 にししと笑いながら場所取りするイチカに先輩が文句をつけた。


「まぁまぁ。先輩も私が隣で嬉しいでしょう??」


「アンタ寝相が悪いのがなぁ、ちぃとなぁ……はぁ、まぁ端っこでも同じか」


 渋々といった具合で受け入れたようだ。

 こうしてテント内の並びは、イチカ、八十田(やとだ)先輩、ほたる、私となった。



「んー、さぁて時間もええところやし、そろそろ晩御飯の準備に取り掛かろうかいねぇ」


 大きく腰を伸ばした先輩が、私たちを見渡して柔和に笑う。


「そういえば、結局何を作るんですか? だいぶ訳も分からず買ってきましたけど、これ……」


 『千志摩マーケット』と書かれた袋には、色々な食材が入っている。目立つものを上げていくと『厚切りベーコン、マッシュルーム、食パン……お米、しいたけ、カニ缶詰、サーモン……、リンゴ、バター、シナモンスティック……』その他種々の調味料がある。

 ぶっちゃけ何を作ろうとしているのか見当もつかない。

 私同様、解せない表情のほたるとイチカに、先輩はふふんと鼻を鳴らす。

 懐から得意げに取り出したのは、『山ごはん特集』と書かれたクッキングブック。

 ぺらぺらと付箋のついたページを全員に見えるようにしながら、先輩は宣言した。


「今晩は、『ベーコンソテー』と『蟹おじや』、そして『煮込み林檎』の三品を作りたいと思いますぅー」


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