第14話 『登山前日の買い出し』
「ふぃー、やっと下車できた……」
「今回は……ちょっと長かったね」
高校最寄りのJR駅からおよそ2時間。ようやく列車の揺れから解放され、私もほたるも若干疲れを感じていた。
改札を抜けて見えた町は、随分閑散としている。山のふもとだから住人が少ないのだろうか。しかし、駅前にコンビニひとつ無いのは相当だな……。
「えぇ。えぇ。……はい、ではその様にお願いしますわー…………なんや二人共もうへばっとんのかい。そんなんじゃ明日の山登りなんか保たへんで〜」
日陰で涼んでいると、ザックを担いだ八十田先輩が、やって来た。片手にはスマートフォン。どうやら離れた所でタクシー会社と電話していたらしい。キャンプ場までは、ここから歩いて行ける距離ではないので仕方ない。
「やとっさん〜、これ重すぎるッス〜。ぐぇー、疲れたぁ……」
先輩の隣りでイチカが苦悶の声を上げた。彼女のザック内部には今晩の我々の寝床が装備済である。これが4型テントのため、かなりの重量がある。
ちなみに、4型とは3〜4人が眠れる広さのモデルだ。本体重量、実に3 kg以上。
「しゃーないやろ、今朝の集合時間に遅れるイチカやんが悪いんやんけ。罰ゲームや」
「うぐぐ……じゃ、じゃあせめてテントポールだけでも……」
「あかん、全部持ちーや。……えーと、この近くにあるんは……っと」
「ひでぇッス! あんまりッス!」
ぶぅぶぅと文句を垂れるイチカにガン無視キメて、先輩はスマホで何かを調べていた。見ているのは地図アプリ。
「お、あったあった。みずっちゃんにほたるん、ちょっとここのスーパーまで買い出しお願いしてもえーかいな?」
地面に座り込んでいた私たちの目の前にスマホの画面が見せられた。駅から200m離れた所にSPOTが立っている。
『千志摩マーケット』なる店があるらしい。
「いいですけど……何か買うんですか?」
昼飯は、さっき電車の中で済ませたし、明日の朝飯と昼の行動食も既にザックの中に装備済である。
「みずき、今日の晩ご飯の材料」
「あ」
ほたるの指摘で思い出す。そういえば晩だけクッカーでちゃんと調理すると言っていたか。生鮮食品を使うときは、現地調達が基本なんだとか。
「せやせや。それじゃ、頼むで〜これ買い物メモな。ウチはここで荷物番してるから。それにタクシーと待ち合わせる人も居らなあかんしねぇ」
そう言って首を傾げると、先輩は私に買い物メモを握らせた。なんだかもっともらしい理由で厄介事を押し付けられてしまった!
「あ、私もついてくッス」
「疲れてんじゃなかったのか、おぬしは……」
「我輩、疲れたんで炭酸が飲みたいんス! あとハンバーガーむしゃりたい!」
ほんとジャンクフード好きだな、コイツは……。もしかしたら、行動食とか全部ジャーキーだったりするのだろうか。
「ほらほらみずき先輩! ほたる先輩! 先行ってるッスよ〜!」
ザックを下ろし身軽になったイチカは、我先にとダッシュしてしまった。
「イチカやん、スーパーそっちやないで〜! あかん、行ってもうたわ……」
遠くなる背中に向けて先輩が、呆れてボヤく。
「アホか、あいつは……」
「イチカちゃん……」
結局私とほたるの二人でスーパーに行くことになった。
※
千志摩マーケットは思いのほか大きなスーパーだった。広い駐車スペースには結構な車が停まっており、ここらの住人は頻繁に利用しているであろうことが窺える。
「なんかこうして歩いてると、私たち姉妹みたいだね」
カートを押していると、不意に隣りを歩くツインテ少女、立花みずきがつぶやいた。
驚きつつ視線を移動すると、私を見つめる瞳とかち合う。彼女は悪戯っぽくはにかむと
「おねーちゃん、今日は何買うの?」
と言った。
「ッッ……!!」
いけない、これは凶悪だ。
急いで鼻を押さえた。鼻血でも垂れてたらどうしよう。
「み、みずき……何の冗談……かな?」
「あれ?! 嫌だった?」
慌てた様子で彼女は頭をわしゃる。可愛いのに、たまに見せるそんな男の子っぽい仕草も好きだ。
「いやっ……全然嫌じゃない……うん、良かったよ」
私の返答にみずきは安堵して、にへっと笑った。
「私さ、ずっとゆかのお姉ちゃんやってきたからさ。ちょっと憧れてたんだよね。それでもし、自分にお姉ちゃんが居たらこんな感じなのかな〜なんて」
「な、なるほど」
みずきが妹……。私は生来一人っ子だからよく分からないけど、だけど姉妹が居るとこんな風に呼んでもらえるのだろうか。
「それで、ほたるん。八十田先輩は何買うように言ったの?」
あ……もうお姉ちゃん呼びじゃないのか……。もう少しみずきに、さっきみたいに呼ばれてみたかったんだけどな。
そんな私の心象も露知らず、みずきは私の手から買い物メモを取った。
「え〜と、『厚切りベーコン、マッシュルーム、食パン……リンゴ、バター、シナモン……無洗米、蟹缶、しいたけ……』うん? 何作るんだ?」
彼女は両手で握るメモを見つめながら首を傾げる。……なんか、どんぐり握っているシマリスみたいだな。
「ねぇ、ほたる。これ見て今日の料理あてられそう?」
「え? あ、ああ……うーん、なんだろうね?」
不意に話を振られて焦る。しかし、彼女の疑問ももっともだ。実のところ、先輩以外、誰も今晩の献立を把握していないのだ。本人曰く、『そのほうがおもろいやん〜』とのこと。こうして買い出しに行かされる身には、納得いかぬ所が多い。
「まあ、いいや。考えたところで、仕方ないし。さっさと終わらそっか」
「うん、そだね」
※
私こと、八十田ゆめが駅前の案内看板を眺めていると近くで喫煙していた老人が話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、随分おっきい荷物やな。登山に来たんかいな?」
「はい〜。そこのひびき山と美原山に」
「ほ〜、けっこう高い山やけどなぁ。女の子なのにたくましいわぁ」
老人は感心したように目を開く。
こんな風に女子だけで登山に来ると、地域住民から驚かれることがしばしばある。山ガールもまだまだ浸透していないらしい。
「これから登るんかいな?」
「いえ、明日です。今日は麓でキャンプなんですよ〜」
「ん? 明日登るんか?」
一瞬、私の返事に老人が眉をひそめた。そして、ゴソゴソと腰後ろから新聞を引っ張り出した。
老人は、1面をなぞって「だよなぁ……」と呟く。
「あ、あの〜何か?」
「ふむぅ……嬢ちゃん、明日はこの辺り一帯、雨の予報が出とるんやが……」
「え?!」
そんな馬鹿な。数日前にネットの天気予報でちゃんと晴れだったのを確かめたはず。たしかに、千志摩駅に着いてからずっと曇天で、おかしいとは思っていたが。
「天気予報……天気予報……」
スマホブラウザのブックマークから予報サイトへと飛ぶ。今日の日付は5/20。あった……。うん、ちゃんと快晴のマークが……。あ、あれ? なんで平日になっとるんや? 今日って土曜のは……ず……
「――あかん、やってもーた……これ昨年のやんか……」
雲がやって来る山の向こう。遠方で雷のうなる音を聞いた。




