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第12話 『1000m級の女、イチカ』

「ワォ、やっぱ高いカメラって綺麗に撮れるんですね〜。ビューティフォーゥ」


 一眼レフがUSB接続されたノートPC。液晶ディスプレイにプレビューされる写真を見て、イチカがお馬鹿な感想を述べる。


「う、うん……! あ、現像して欲しい写真とかあったら、お、教えてね……!」


 マウスを操作するほたるは、どぎまぎと苦笑しながら次の画像をスクロールした。

 部活仲間にもコミュ障な辺り、ほたるの社会進出には一縷(いちる)の不安がある。

 さて、彼女が私とイチカに見せてくれているのは、先週の休みに行った九条山で撮ったものである。

 イチカの実家である九条神社や山行中の急坂で見えた九条町の様子。山頂で撮った皆の集合写真もある。妹、ゆかの笑顔が完全に強張っているのは内緒。


「ん? 何だコレ……?」


 その写真の一部に私は違和感を感じた。木の影からこっちを見ている目が二つ。明らかに、人の形をしていないソレはボンヤリとではあるが完全に映ってしまっている。そして、何故か仏頂面でこちらにダブルピースをかましている。……間違いない、例の九条山の妖怪だ。


「ひぃっ?!」


 私が指差したものを見て、ほたるが顔を青くする。


「うぇっ?! コレ、マジ映ってますって! オーゥ、シッ……」


 イチカもアメリカンなリアクションを披露。

 どうしよう、彼女らは知らないのだ。コレに映っている妖怪と私は会話したということを。そして、こいつにいなり寿司を全部食われたという事実を。

 話しても信じて貰えるだろうか。


「なんや、騒がしいなぁ。どないしたんや?」

 

 部室の扉が開き、関西弁の3年生、八十田(やとだ)ゆめが入ってきた。どうやら、ようやく放課後課外が終わったらしい。ウチの高校では受験生限定で課外授業をプラスしているのだ。来年は私も受けねばならぬ哀しみ……。


「やとっさん! 大変ッスよ! 心霊写真ですよ! 心・霊・写・真!」


「んぁー? 何やぁ?」


 未だ事態の飲み込めない先輩をイチカは引っ張り、問題の写真を見せた。


「……お化けちゃうわ、九条山の山神様やろ。ふーん、お稲荷様みたいな風貌やな。自分らツイとるで」


「や、山神……?」


「お稲荷様……」


 イチカ、ほたる両名がキョトンとする中、私一人、やっぱりアイツ神様だったのかー……妖怪じゃなかったのかぁと実感する次第であった。


「こんなん京都の山間(やまあい)じゃよくあることやねんけどな。……それよりもウチが気になるんは……」


 八十田先輩は、マウスを操作しプレビューから写真一覧にして全てを表示してい――ん? 何だコレは……


「この異様な量のみずっちゃん写真集やなぁー……」


 先輩は呆れ半分、面白半分で呟いた。そこに表示されたるは、総数82枚の内、なんと50枚以上にも及ぶ様々なシーンでの私のカット。

 電車で居眠りしている恥ずかしい寝顔から始まり、九条駅で登山靴を履き直すシーン、ツインテを結び直すシーン、デカいザックを背負った私の後ろ姿、そして速攻ズッコケる情けない瞬間。その他細部に及ぶストーカー紛いのカットがズラッと並んでいた。


「な、ななな、なんっ、なんっ!!」


 何ですか、コレは。とほたるに尋ねようとしたが、当の本人は私以上に顔を真っ赤に上気させていた。


「……ッ! ……ッ! ……ァァ!!」


 何か言葉にならない悲鳴を上げると、そのまま彼女はクッションへと顔をうずめてしまった。


「しまった、SDメモリ別にするの忘れてた。私のお馬鹿! だそうです」


 何で分かんだよ、イチカ。お前ホントすげぇな。

 いや、そんなことよりほたる……。普段、口数少ない子だからこういう一面があったのはちょっと意外。しかし、本人にとってはトラウマ級の羞恥であろうが。


「ほ、ほたる? 良かったらこの写真何枚か現像お願いしてもいいかな……? 思い出的な感じで私も何枚か欲しいなーなんて……」


 ズッコケ写真なぞ欲しいどころか、むしろ今すぐ削除したい気分だが彼女の気持ちを思わばフォローを入れるしかない。


「…………」


 クッションに顔面を埋めたままのほたるは暫く電池切れのロボの如く静止していたが、ギギッと頷くとくぐもった声で「……わかった……」と返事した。


「はい、ほたるんの可愛い一面が見られたところで皆さんに大ニュースやー」


 八十田先輩はまったり笑うと、部室の壁に掛けられた黒板にチョークで何かを書き始めた。


『1泊2日ひびき山&美原山縦走登山決定』


「ひびき山……」

「美原山……」


 イチカと私は二人して首を傾げた。

 私たちの疑問に先輩はふふん、と鼻を鳴らす。


「どっちも天然温泉が有名な南の千志摩市にまたがる山や。ひびき山は丁度隣りの県との県境にもなってて、標高はおよそ950m。美原山はひびき山の隣りにそびえてるんやけど、こっちは更に伸びて標高なんと1000m越えや」


 得意げに解説をする先輩に、私は挙手した。


「あの……『縦走(じゅうそう)』って何ですか?」


「尾根に沿って山登りすることだよ、みずき」


 ようやく顔を上げたほたるが解説するが、いまいちよく分からない。尾根に沿う……?


「ウチが分かりやすく解説したるわ。イチカ、ちょいそこに横になり」


「へ? 何ですか?」


「いいから」


「はぁ……」


 解せぬ表情でイチカはベンチに横になった。


「イチカやん、上のジャージは脱いでや。分かりにくいから」


「? ……了解ッス」


 そして、上がピッチリしたスポーツウェアのみのイチカが眼前に横になる。改めて見ると、こいつ滅茶苦茶スタイルいいな。ウエストは細いし、何より胸がデカい。クソ……私のはいつになったら膨らむんだ。そろそろ、成長期終わるんだが?


「さてと……」


 先輩はペンを取り出すと、その先っちょでイチカの張り出た胸を突っついた。


「ち、ちょおっ?! 何するんスか?! やとっさん?!」


 イチカが身悶えして、悲鳴を上げる。パイオツをガードしようとするその手を先輩は無理矢理抑えた。


「ちょい動かんといて。この説明が一番分かりやすいんや。いい? みずっちゃん。コッチがひびき山でソッチが美原山な」


 左乳右乳の頂上を先輩は、交互にペンで突く。それに合わせてイチカが『ひゃう?!』とか『んあッ……』とか色っぽい喘ぎ声を上げた。敏感なのだろうか。


「まず最初にひびき山の山頂をウチらは目指します」


 先輩は(ふもと)から頂上へ向けてペンを走らす。イチカがビクッと身震い。


「山頂に着いたら、しばらく休憩。各自、自由に」


 頂上でペン先がぐるぐると円を描く。イチカは顔を掌で覆い、「うぁあ……」とうめく。


「そして、こっからが重要や!」


「うぎゃ?!」


 ズムッと先輩がペンをめり込ませる。Dカップに突如、カルデラ火口が出現。


「こっから下山せずに稜線を伝ってそのまま隣りの美原山を目指すんや! はい、このメリットは?! イチカやん?!」


 左乳と右乳の間をペン先でなぞった先輩は、よりにもよってソレを彼女に尋ねる。だいぶエグイな。


「うぅっ……グズっ……。標高差を最小限に抑えて次の山頂を目指せます……。えうっ……もう、お嫁に行けないッス……」


 袖で目元を拭うイチカ。対して、先輩はニヤニヤと楽しげ。芸者遊びのおっさんか、この人は……。


「はい、せいかーい♪ これが『縦走』やで。あとイチカやん、(とつ)ぎ先に困ったらウチが何とかしたるき、心配せんでええんよ」


「そういう問題じゃないッス!」


「あはは、イチカが怒ったー。こわいこわい」


 何だかんだ仲が良さそうである。しかし、それにしても今回はどうして1泊するのだろうか。


「あの、八十田先輩。前回の九条山みたいに日帰りで登れないんですか?」


「んー、ああ、無理やでぇ。みずっちゃん、前回登った九条山……アレ標高500もないんよ」


「えっ!! そうなんですか!」


 あんなにキツかったのに……。となると、今回は前回の2倍以上もあるのか。

 

「ひびき、美原は勾配ももっと急になるから、キツさは3〜4倍は見積もらんとなぁ」


 なるほど、だから泊まりがけか。しかも、今回登る山は2つだからその分の負荷も考えないといけない。素人目にもハードそうだ。


「……縦走やるなら、みずきの装備も揃えないといけないですよね」


 ほたるが思いついたように呟く。先輩が「ほたるん、グッド」と指を鳴らした。


「で、今日の活動やねんけどな。登山用品店に買い出しに行こかな思ってんねん。みずっちゃん、先週連絡したけど今日お金ある?」


「あ、はい。言われたとおり用意しました」


 指定カバンには諭吉ーズを準備している。昨日、お父さんが「登山はいいゾ」とか何とか言って多めに渡してくれたのだ。ありがたい。


「ほなら、暗くなる前にさっさと出発しよか。ほら、イチカやん。いつまでみっともない恰好晒しとんねん。さっさと服着ぃや」


「うぅ……ひどすぎッス……。あんまりッス……」


 たしかにまぁ、身体を張って私に『縦走』を教えてくれたというのに、この仕打ちはちょっと可哀想。


「あ、あれ……?」


 ジャージに袖を通し前を締めようとしたイチカが違和感に首を傾げた。


「チャックに胸が引っ掛かるッス……。んぁ、コレみずき先輩のか……」


 ぺいッと私のSSサイズがベンチに棄てられた。

 ぶふっと誰かが噴きだす。振り向けば、先輩が肩を震わせて笑いをこらえていた。死にたいのだろうか。


「みずっちゃん……ウチは、九条山も悪くないとおも――むははは!」


 先輩、とうとう耐え切れず大爆笑。


「くッ」


「く?」


「九条山を馬鹿にするなぁああああ!!!」


 その後、しばらく私が暴れ回ったせいで出発が何分か遅れた。






 その頃――数十キロ離れた九条町。九条山の奥深く。


「っくし!」


 もさっとした耳ともぞっとした尻尾の生えた狐娘がくしゃみをした。

 九条神社に奉納されたお供え物を食べている最中のこと。

 彼女はぼさぼさ頭をこすって、頭上に疑問符を浮かべる。


「……? 誰かテトの噂でもしてやがるですか?」

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