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第11話 『おいなり騒動』

「おねぇ、おいなり全部食べたのッ?! いつの間に?!」


 入山からおよそ2時間、九条山山頂。

 ようやく昼飯にありつける、と登山部一同が手頃な岩に腰を下ろした所でソレは発覚した。


「いや……あの、ソレは違って……」


 大量に詰まっていたいなり寿司がタッパから綺麗に無くなっていたことに、皆が驚愕の視線を私に送っている。


「あらー♪ みずっちゃんてば、ちっこいのに案外食いしん坊やんな?」


 八十田先輩が白い歯を見せながら、上品に笑った。

 うるせぇ、今、身長は関係ないだろ。


「み、みずき先輩……マジっすか……」


 ヤベェ、あのイチカにドン引きされてる。違うんだ、コレは例の妖怪の仕業なのだ。断じて私は、そんな……。


「今度、回転寿司で私と大食い対決しましょう!!」


 なぜ、そうなる。


「いや、あの……だから何度も言うけど、私はそんな大食い女じゃ――」


「みっ、みずき」


 イチカの誤認を否定しようとすると、ほたるに突然二の腕を触られる。

 彼女は、私の顔を不安げに窺いながら次のように言った。


「わたっ、私も連れて行って……ね?」


 えー、何その断られたら死んでしまいそう、とでも言わんばかりの表情。胸がキュンキュンするからやめて欲しい。


「おねぇ?? 何で照れてるのかなぁ?」


 その貞子みたいな目つきヤメロ。本当、我が妹は無駄に前髪長いから地縛霊かなんかにしか見えない。私、恐いの苦手なんだから。


 怨念渦巻く妹の隣で、八十田(やとだ)先輩がぱんぱんと手を叩いた。


「まー、無いもんはしゃーないな! ウチがお弁当ぎょーさん作ってきとるさかい、ちょこっと分けたるわ!」


 そう言って彼女がザックから取り出した弁当箱は、なかなかの出来であった。

 目を引く伊勢海老を筆頭に、艶の乗った肉巻き、黄金色の卵焼き。他にも沢山の具材が詰められている。


「これはなかなか……」

「やとっさんスゲェー」

「先輩流石です……!」


 私、イチカ、ほたる全員が視線を奪われた。才色兼備でなおかつ料理上手のお嬢様。改めて八十田ゆめという人間の完璧性を思い知る。


「ぼ、ぼくだって本気出せばこのくらい……ヨユーだし……」


 唯一、ゆかだけが素直に認める気になれないようだ。

 唇を尖らせた彼女は、突如先輩の弁当に手を伸ばすと、素手で卵焼きをつまみ取った。


「もぐもぐ……うま……ま、まあまあだな……! ふんっ」


 お前、今うまいって言いかけただろ。何故、ここまで張り合おうとするのか。


「いっぱい食べてええんよ?」


 中坊にここまで無礼な態度をとられて、なお先輩はこの柔和な笑みを崩さない。

 私は、ゆかの頭を乱暴に抑えて謝った。


「ああ、もう先輩。ほんとすいません、ウチの妹が……」


「あら、可愛いもんやん。ゆかやんはお姉やんの周りに嫉妬してるだけやもんな?」

 

「んなっ?! ちち、違うし! ぶぁっかじゃねーの!」


 ゆかが凝然と目を見開いて、めっちゃ早口にまくし立てる。おおう……、あれだけ平和な顔で急所をためらいなく突いていったぞこの人……。やはり花百合女子高等学校生徒会長は、中学生相手でも容赦しないようだ。


「あっはっは、かわええなぁ」


「おねぇ、僕こいつ嫌いだ! おばか!」


「はいはい、ウチはおばかさんやでぇ」


 ゆかの罵倒をそよ風の如く先輩は受け流していく。


「変な喋り方!」


「はいはい、方言で悪いなぁ」


「このげじげじ眉毛!」


「はいはい、げじ眉で……って……ん??」


 ゆかが、その罵詈を浴びせた瞬間、今まで余裕だった先輩の顔が固まった。

 あ、あかん。たぶん、今言っちゃいけないことをコイツ言っちゃった。

 八十田先輩は、他の女の子に比べて眉は太目の人だ。しかし、それも彼女の素敵なチャームポイントだと私は思っているが、それは必ずしも本人にとってはそうではないのかもしれない。


「な、なんだよ……。急に黙り込んで……。言い返さないなら、僕の勝ちだよっ」

 

 この阿呆は気付かないのか。八十田先輩から大地も凍てつかんばかりの冷気が漏れ始めていることに。

 私はトンとほたるに小突かれた。彼女は目線だけで私に合図する。


『みずき、避難……』


『いや、でも……』


 愚妹のやらかしたことなので私が対処すべきな気がする。

 が、ほたるは瞑目すると無言で首を横に振った。


『手遅れ……です』


 結局、私とほたるはそそくさとその場から離れた。鈍感なイチカも流石に察したのか「あっ、あそこにきれいなレンゲが咲いてる! 私、チョット写真撮ってこ! アハハ!」とか笑いながら逃げていった。



「ヴぇええええええええ、ごめんなざいいぃぃぃぃぃ!!」


「…………」


――10分後、元の場所へ戻ると何故か下着姿にされたゆかが、足を組んだまま無表情の先輩の前で泣き散らしながら土下座していたのは傑作を通り越して恐怖を感じた次第である。

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