第八話:魔法を学ぶ前のひと悶着
まだ魔法については出ません。
「へぇ~、じゃあこっちには電車で通ってるんだ」
「ええ、といっても二つ隣の駅だけど」
「おはよう」
同い年の女の子同士だからなのか、自然と話が弾む岬と円の二人。
そこへ横槍とは言わないが、新たな声が加わった。
「あ、おは……」
「こぉらぁあああ! 庚輔ぇ! あんたまたやらかしたんだって!?」
「ゲッ……」
挨拶に挨拶を返そうとする岬を遮って円はさっきまでのにこやかな笑顔はどこに行ったと言いたくなる形相で庚輔に詰め寄った。
庚輔からしても円がいたのは予想外だったらしく、露骨に嫌そうな表情をしてなんとか掴みかかってくる円の腕から逃れるように反射的に下がる。
だが、長年の付き合いで庚輔の動きを読んでいる円は、更に一歩踏み込んで庚輔の胸ぐらを掴んだ。
そして岬も思わず耳を塞いでしまうほどの声量で怒鳴り始めた。
「岬ちゃんから聞いたから事情はわかってるし、今回も仕方ないこととはいえ、あんたちょっとは考えなさいよ! せめて事情も説明せずに直でここに連れてくることはやめなさい! 何も知らない一般人からしたらここは化物の巣窟なのよ!? こういってはなんだけど巡実ちゃんのような幼子ですらそう呼ばれてもおかしくはないんだから!」
「………………」
怒鳴りながら胸ぐらを掴んで前後に揺さぶる円に対して庚輔はどこか「早く終わってくれ」とでも言いたげな表情になっていた。
一応自分が悪いということはわかっているため反論などはしないようだが、円の説教は随分聞き慣れた説教らしく、庚輔は完全に聞き流している。
こんな大声を出して大丈夫なのかと岬は若菜を見やるが。いつの間につけていたのか、耳栓をして近くの喧騒などどこ吹く風で庚輔の分と誰かの分の朝食を作っていた。
「…………? …………(フルフル)」
その途中で岬の視線に気づいたのか、一度こちらを向くと肩をすくめて首を横に振った。
まるでどうしようもないと言いたげなその仕草に岬も「ああ、これがこの二人の関係か」と思ってしまうのは当然のことであろう。
ただ、近所迷惑なのは間違いないのだが、昔からこういった二人を知っているなら問題ないだろうと思って岬も静観を決め込むことにした。
そこへ茶々を入れるかのように岬の視界にイリスが映り込んだ。
「うわぁ~……凄まじいねあの円って娘。岬もたまにはああいった風に感情を出したほうがいいよ?」
「余計なお世話よ。それにしても、人前で話しかけるなんて珍しいこともあるものね」
「まぁね。ここの人達なら理解あるし問題ないかなって」
「一応、僕もその辺は確認した。ここの監視を一手に引き受けてる人から」
イリスに続き菖蒲も出てきて話に加わる。
彼女達の言うとおり、ここではこうやって誰にも見えない存在に話しかけても変な風に見る人間はいないだろう。
その辺は岬も言質こそとってないが肌で感じていた。
なんとなくではあるが、誰もが何かしらの事情を抱えている。
短い時間ではあるが、それくらいは岬にも察することができていた。
特に無表情でほとんど無言、必要のある時ですら一言で会話を行う若菜は顕著だろう。
「ちょっとっ! 聞いてるの庚輔!」
「あだっ! ちょっ! おまっ! 裏ワザ使ってんじゃねぇ! イデデデデデデ!」
「………………」
「あ、はい。反省してます。はい。ですから、あの、今の状態で熱したフライパン持ってにじり寄るのはやめて頂ければ……あだだだだだだ!」
代わりなのか、仕草というか雰囲気というかその辺は情緒豊かなんだなと、聞いてるのというように庚輔の耳を引っ張る円と、その痛みを異常に痛がる庚輔、そして円から折檻を受けている庚輔に向けてさっきまで調理に使っていたフライパンを持ってにじり寄る若菜を見て、岬は遠い目をしながら思う。
「見事なまでのカオスっぷりだね」
「岬もこの輪の中に入っていくのか……」
「言わないで。ちょっと本気で頭を痛めてるとこ」
この混沌具合に、ここは本当に現代社会の裏に潜む魔法使い達の巣窟なのだろうかと岬が疑ってしまうのは致し方のないことなのかも知れない。
頭痛がするというように岬は頭を抱えるのだった。
「むにゃ……もぅ~……二人共うるさいよぉ~……」
「あ、愛成さん。おは……よ……う?」
そんな混沌の中、三度扉が開いて入ってきたのは昨日部屋などを案内してくれた愛成。
眠そうではあるがこの状況からの救いになると言わんばかりに挨拶しようとした岬だったのだが、その言葉は尻すぼみになって、最後には疑問形になっていた。
カオスな光景を見ていたせいで幻覚を見たのだろうと岬は一度目を擦って頬に自分で一撃を入れてからもう一度愛成の方を見る。
眠そうにしながらスライドしているかの如き動きをする愛成。
服装は愛成の様子そのままに着崩れたパジャマ姿。綺麗な赤みがかかった銀髪は寝癖でところどころ跳ねている。
ここまではただの『寝起きの悪い少女』そのものだった。
「えっと……愛成さん。それ、なに?」
恐る恐るといった表現が似合うほど岬は声を震わせながら愛成の頭を指差す。
そこには周囲の音に反応して動く髪と同じ色をした二つの耳。
所謂猫耳が愛成の頭には存在していた。
「お、おはよう! 愛成!」
「もう! いつも眠そうなんだから! ささ、顔洗ってらっしゃい!」
「…………」
しかし岬が愛成の頭部をじっくり見る暇もなく、大慌てで愛成の姿を遮ったり頭に手を当てて耳を伏せさせた庚輔と円によって隠され、若菜によって洗面所へ愛成は連行されていった。
先程までの様子とは打って変わってなかなかの連携を見せる三人に思わず唖然としてしまう岬。
残った円と庚輔は愛想笑いをしてなんとか誤魔化そうとしているが、それにしては衝撃が大きすぎた。
それにイリスと菖蒲もばっちりと見ていた為に岬が誤魔化されるようなことはない。
「「あは、あはははは……」」
「……あったね」
「猫耳」
「……うん」
「「……はぁ~…………」」
イリスと菖蒲によって再起動して苦笑を浮かべた岬を見て誤魔化しきれていないと理解した庚輔と円は揃ってため息をつく。
さすがにあれを誤魔化せるとは思ってなかったのだろうが、二人にとってはできれば誤魔化しきれたならその方がよかった。
しかしそれで誤魔化されるほど岬は人間できていないし大人でもない。
「えっと、あれ、本物よね? 動いてたし」
「ああ、本物だ」
開き直ったように答える庚輔。その後ろで円はあちゃーというように額に手を当てている。
だが、それに対して岬が何かを言う前に庚輔が口を開いた。
「そういえば、岬さん。答えは決まったのか?」
「え?」
「アホかぁ!」
「痛ぇ!」
さすがに無理がある話題転換についていけない岬は訝しげな表情をして首を傾げる。
円もそれはないと言わんばかりにぶん殴っていた。
だが、庚輔の質問は正当なものなのか、それ以上言うことなくやれやれというように肩を落とす。
「で、どうなんだ? その辺の話をするにはちょっと色々と複雑な事情があってな」
「つまり魔法使いの事情に深く関わる……と?」
「残念ながらね」
庚輔の言葉を円が引き継いで答える。
クラスメイトで同い年で、仲良くなったとは言え、そこはしっかりと線引きしているのか彼女も何かを答える素振りは一切見せることはない。
もっとも、昨日の段階で踏ん切りをつけていた岬にとって魔法使いになるかどうかなどは今更な話だった。
「そうね。ちょうどいいから今答えるわ。私は魔法使いになる。当然事情が知りたいといった野次馬根性じゃなくてちゃんとした理由があるわ」
「それは?」
岬の言葉にお質問で返す庚輔。
その質問に岬は照れくさそうにする。昨日もイリスと菖蒲にいった言葉を今ここで言わなければならないと感じたからだ。
生半可な覚悟じゃできない。そう言外に庚輔と円が言っているのがひしひしと伝わってくる。
「私の連れてる幻獣。マーメイドのイリスと雪女の菖蒲はね、生まれた頃からの付き合いなの。そんな彼女達と同じものを感じたい。私と同じものを感じさせてあげたい。それが理由よ」
「魔法使いというのは戦いの道だ。特に俺達に師事するということは表と裏の均衡、言うなら天秤のバランスを保つ茨の道だ。それでもか?」
「ええ。覚悟は出来たわ」
重ねての質問に対して澱みなく岬は庚輔を見据えて答える。
岬の真っ直ぐな視線に庚輔は威圧をもって返すも、岬は丹田に力を込めて逆に庚輔を睨み返した。
そこに引かないという固い意志を込めて。
そんな睨み合いが暫し続いた時。
「庚輔、あんたの負けよ。この子、あんた並に頑固だわ」
「…………だな」
「ふぅ……」
第三者目線で岬の意志を測った円は庚輔の敗北宣言をしたことで、庚輔は威圧を引っ込めた。
岬は庚輔の威圧が引っ込んだことで、気疲れからか息を吐くと椅子に座り込む。
本当の戦いというものを知っている人間の威圧。昨日も受けたが、これは何度受けても気持ちのいいものではないなと思えた。
そんな岬へ庚輔は優しい微笑みを向けて
「とりあえず俺の朝食が終わるまで待ってくれ。その後に魔法というものを教えよう。そしてこの世界の裏側もな」
そんな意味深な言葉と共に魔法を教えると告げた。
愛成ちゃんは猫耳!hshs
ようやく次から魔法についての説明ですw
長かった……