第六話:千船岬
タイトル通り岬の話ですw
あの後、愛成に部屋へ案内され、予備の着替えを渡された岬は案内されるままに共同の風呂––男女別––に入っていた。
「はぁ~……ホントどうしてこうなったのよ」
浴槽に肩まで浸かりながら岬は愚痴をこぼす。
彼女自身庚輔の説明にはある程度の整理はつけていた。だが、それは知識的な整理で、心の整理は未だにつけられていない。
たった数時間でこうも人生が劇的に変化するとは誰が予想できようか。
覚悟など定まるはずがないのだ。
「私たちのせい、だよね……」
「……ごめんなさい」
「イリス、それに菖蒲も……」
そこへ岬の耳にのみ第三者の自分を責める声が響く。
声に釣られて顔を上げると岬の視界に岬と同じように浴槽に浸かる人魚の少女と、浴槽の淵に腰掛けて暑そうにしている白い着物を着た真っ白な少女の二人が写りこんだ。
彼女等は岬が連れている幻獣で、岬が魔法使いと認識される元凶となっている存在である。
そして二人はそのことに責任を感じていた。
「ううん、あなた達のせいじゃない。というより今回のことに関しては誰にも責任がないんじゃないかしら?」
だが、岬は二人の言葉を否定するとそれぞれの頭を撫でるように手を持っていく。
生まれた頃からずっと側にいた、それこそ親よりも近くにいた二人だ。
この程度のことで彼女達を責めるような関係ではない。
そう、岬とイリスと菖蒲の三人の出会いは岬が生まれた頃まで遡る。
岬が生まれた時、正確には産声を上げた瞬間にイリスと菖蒲は岬の召喚獣としてこの世界に不完全ながら召喚された。
突然召喚された二人にも困惑はあった。
召喚された場所は召喚するには全く関係ないとでも言える場所と状況。そして召喚者はまだ生まれたばかりの赤ん坊の岬なのだからその困惑と驚きは相当なものだと想像できる。
さすがに赤ん坊と、そして不完全な召喚の状態で本格的な契約をするわけにもいかなかった二人は岬と仮契約を結び、今の今まで共同生活をしていた。
ちなみに仮契約であるが故に二人は召喚され続けていても他者の目には見えず、同じ幻獣であるフェンリル達にしか見えない存在になっていたのだが、そのことについては事情説明のために庚輔に説明されていた。
当然物理的な干渉を行うことができないため、言葉や仕草のみのやり取りしかできないが二人はずっと岬を見守り続けた。
二人に見守られた岬はある意味で幻獣に育てられたといっても過言ではない。
そんな関係の三人に訪れた究極の選択肢。
いずれ訪れていたであろうその選択肢を前にして二人は責任を、そして岬は気後れを感じていた。
「二人と縁を切るという選択肢は元々なかったんだ。だってもう二人は大切な友人だもの。それに実は魔法使いにもなりたくないわけじゃない」
「じゃあ、なんで突っかかったの?」
独白する岬の言葉にイリスは反応して尋ねる。
菖蒲はどこか達観しているかのようにため息をついていた。
「そりゃ、突然なれって言われたら突っかかるよ? 覚悟もなにもなしにいきなり人生変えろと言われてるようなものなんだし。あと、人に人生を決められるのはちょっと癪なの」
そんな二人へわかっていたくせにと子供っぽくふくれっ面をしながら岬は反論する。
昔から変わらない岬の態度にイリスはニヤニヤし、菖蒲は菖蒲で微笑ましそうにしている。
幼い頃から見てきた意地っ張りな岬の照れ隠し。
歳を重ねるにつれて受け流しが上手くなったのか、なかなか見る機会が減って少しレアなものとなっている表情を見て二人共ほっこりしていた。
「…………なによ」
「「いえいえ、可愛いなぁ……と」」
膝に顎を乗せて可愛いものを見るかのような視線を向ける二人へジト目で睨む岬。
それでも表情を変えずに岬を見ながら声をハモらせて追い討ちをかける二人はある意味でいい性格をしていると言えるだろう。
二人からの弄りを受けた岬は顔を真っ赤にさせて二人に背を向ける。
その行動がより一層二人の庇護欲やら弄りたくなる欲やらを刺激しているのを岬は知らない。
「それに……」
「「それに?」」
ポツリと呟かれた言葉に二人は首を傾げる。
どこか真剣な口調だったがために二人は黙って耳を傾ける。
二人が黙ったタイミングで、どこか消え入りそうな声音で、油断していると聞き流しそうな声量で岬は続きを口にした。
「二人をちゃんと実体化させてあげたいから、ちゃんと同じものを感じさせてあげたいから。だから覚悟を決めてちゃんと魔法を学びたいの」
自分でもわかるくらいに顔を再び真っ赤にさせて言い切った岬。
岬のこの言葉は紛れもない本心からのものである。
幼い頃から傍におり、常に自分のことを気にかけてくれた自分以外には認識されない友人。
初めて二人のことを人ではないと認識したのはおそらく幼稚園に入るくらい。自分が召喚者だということくらいは物心ついた頃にイリスと菖蒲から教えられたが、幼稚園に入るまでは人と彼女達の違いなんてほんの些細なものだとしか思っていなかった。
そしてしっかりした考え方ができるようになって、姿も声も他者には認識されない二人との付き合いを理解し、今まで生活してきた。
(そういえば……)
そこでふと岬は思う。
声は聞こえ姿は見えるが、物理的な干渉は一切できない二人に自分はいつから負い目を感じていたのだろう。彼女達が自分以外に気づかれず、物に触れられない悲しさを持っていることにいつから気づいたのだろう。
もしかしたら、この決意もその負い目からかもしれない。
そう岬は自分の心を疑った。
だが、同時にそれは無意味なことだと理解した。
結局何を言い繕ったところで言い訳がましいものになるのだから。
なら、最初に出てきた言葉が自分の本心なんだと岬は思うことにした。
(だとしても……あぁぁぁあ! なんて小っ恥ずかしいことをぉぉお!)
紛れも無い本心からの言葉だと再認識して気恥ずかしさや羞恥心やらでごちゃ混ぜになった感情がぶり返した岬は内心で思いっきり悶える。
いくら幼い頃、それこそ生まれたての赤ん坊の頃から見守られている知り合いとはいえここまで本心を曝け出した言葉をいうのはかなり恥ずかしい。
特に気難しかったり意地っ張りな性格である岬にとって本心を語ることは相当に気力を要するし、語った後もなんでこんなことを言ったんだと恥ずかしさでいっぱいになってしまう。
もしこの場にイリスと菖蒲を含む誰もいなければ顔を覆ってゴロゴロ転がるか、枕に顔を押し付けて声が漏れないようにして叫ぶことで恥ずかしさを発散していたであろう。
当然ここでそれはできないため、膝を抱えてジッとして羞恥心に悶えているのだが。
そんな一人芝居のようなことをしていた岬だったが、程なくして二人が黙り込んでいることに気づいた。
「ちょ……なんで黙ってるのよ!」
当然、岬の性格上この沈黙は耐え難いもので、思わず二人へ顔を向ける。
それが失敗だった。
振り返った岬が見たのは、先ほど以上に顔をニヤニヤさせてこちらを見ているイリスと菖蒲だった。
その表情に岬は嫌な予感を覚える。
「え……何?」
「「ワンモアプリーズ」」
「う、うるさい! もう言わないからね!」
仲良く再びハモらせて要求する二人。その意味を一瞬で理解したことで羞恥心は限界突破したのか、岬はうがーと吠えながら暴れるようにして二人にお湯をかけ始める。
もちろん実体を持たない二人には無意味な行為なのだが、どうもこうしないと落ち着こうにも落ち着けない岬であった。
そんなやり取り––岬の声しか聞こえないが––を脱衣所で愛成はしっかりと聞いていた。
「う~ん、この様子だと私が入ったらかえってお邪魔かなぁ~」
どこか楽しげな岬の声に愛成は彼女がある程度リラックスできていると判断した。
もしここで自分が入っても岬が気を使うだけで落ち着くことができないだろう。
明日に備えて今はリラックスさせてあげようと思い、愛成はそのまま岬にも、そして岬といる幻獣の二人にも気づかれないようにソっと脱衣所を後にするのだった。
(今日は結構動いたから早めに入りたかったんだけどな~……。ま、先に入ってなかった私が悪いんだけど)
その心境が少し残念そうだったのはご愛嬌だろう。
ようやく岬が連れている幻獣の名前が出ました~。
魔法についての話はもう少し先を予定してます。