第五話:理由と選択
「え?」
あっさりとなんでもないかのように答えられた岬は素っ頓狂な声をあげる。
まさか今の説明の中に自分が保護される理由があるとは思ってもみなかったのだ。
しかしこれはある意味で当然のことだろう。
岬は魔法使いの説明として今の話を聞いていた。必然的に自分が保護されている理由に意識は向かない。
察しろと言われたとしても高校生になったばかりで、しかも超常の出来事に現在進行形で絶賛巻き込まれ中なのだ。
それこそ気も回るはずもないし、思考力も低下していてもおかしくはない。
これで察しろというのは酷な話だ。
無論庚輔もそんな事を言うはずもなく、丁寧に説明する為に水を飲んで一度口の中を潤した。
「魔法使いの世界に片足突っ込んでいるというのは非常に危険なことなんだ」
「それは、魔法使いの世界が危険だから?」
「いや、存在があやふやだからだ。今の岬さんは魔法使いであり一般人。ある魔法使いには一般人と認識されても、ある魔法使いには魔法使いと認識される存在だ。要約すれば、一般人としての防衛能力しか有していないにも関わらず魔法使いとして扱われ、掟を守った上で攻撃される可能性があるというわけだ。攻撃される本人は魔法使いでないと思っていてもな」
さすがにこの説明で岬も察することができた。
先ほどの庚輔の説明にもあった『一般人への魔法による危害を加えるべからず』という掟。これは現状魔法使いと一般人の間にいる岬には適用されない。
正確には岬が幻獣を連れていることに気づける者には、岬は魔法使いにしか映らない。
そして魔法使いには縄張りというものが存在し、もし岬が縄張りに侵入し魔法使いと認識されれば、岬は能力が一般人にも関わらず魔法使いの攻撃を受けることとなる。
もしここが庚輔達の縄張りでなければ、このまま庚輔に見つかっていなければどうなっていたか。
岬は庚輔が連れていたフェンリルを思い浮かべて身震いした。
悪い想像をして身体を震わせる岬に庚輔は追い打ちをかけるように告げる。
「まぁ、俺達が保護したからな。今のところその心配はないが、魔法使いとしてこれからを過ごしてもらうことになる」
「いきなり言われても……」
庚輔の一方的な宣言に反論しようとする岬。
いきなりお前はこれから魔法使いだとでも言われれば当然反論のひとつやふたつ出てくる。
だが、その反論を庚輔は厳しい表情でバッサリと斬って落とした。
「嫌なら連れている幻獣と縁を切って二度と関わるな。幻獣を連れている限り岬さんは魔法使いと一般人の間に立ち続ける。その危険性はさっきも伝えた通りだ」
「は!? いくらなんでもその言い方はないんじゃ……」
「言っておくがさっきの説明は誇張じゃない。寧ろ魔法使いとして認識された場合の中で三番目に最高のシチュエーションだ」
庚輔のあまりの物言いに苛立ちを表にしながら突っかかる岬。
だが、その動きは言葉と共に発せられた庚輔の威圧感によって強制的にストップさせられた。
脅しだと取られてもいいと言わんばかりに威圧感を発する庚輔を前にして岬は腰を浮かせようとする形のまま固まってしまう。
このまま突っ掛かれば殺される。少なくとも大怪我を負う。
殺気などを感じることができない素人の岬が威圧だけでそう感じさせられるほどの迫力が庚輔にはあった。
ちなみにと二番目にいいシチュエーションが警告されるだけで終わることで、一番いいシチュエーションは現状だということを庚輔は岬に教えた。
「こういうのはどうかとは俺も思うがな、岬さんに残された選択肢は二つしかない。『魔法使いとなって自衛手段を得る』か『一般人となるために幻獣と縁を切って二度と関わりを持たない』。この二択だ」
自分でもこの行為はどうかと思っているらしく、庚輔は苦笑を浮かべながらも、岬の為を思って敢えて厳しい言葉をかける。
これが庚輔なりの優しさなのだと、知り合って一時間ほどしかないにも関わらず岬は感じ取った。
だが、それでもすぐに決めれるようなことではない。
庚輔の二択は今後の人生を大きく変えるものだ。
それこそどちらの選択をしても一生付き纏う後悔をすると言っても過言ではないだろう。
「悪いのだけれど、一晩、せめて一晩だけ待ってくれないかしら? さすがにすぐに決断しろと言われても何が何だか」
だから岬は一晩待ってもらう提案をする。
事情を整理し、覚悟を決める時間が欲しかった。
どちらの選択をしても後悔するなら後悔する覚悟をするだけの時間が。
「わかった。なら今日はここまでにしようか」
「ありがとう」
「構わない。むしろ俺の方が無茶言ってるのは理解しているから」
「そうね、さすがにちょっとキレそうになったわ」
謝罪する庚輔に対して悪戯っぽい笑みを浮かべて責めるようにやれやれと肩を落とす岬。
これが岬なりの仕返しなのだろう。
仕返しをされても仕方のないことをしていたことを自覚しているが故に庚輔は何もいうことはしなかった。
「念のためここに泊まってもらうことになるけど、親への連絡はいいか?」
「あぁ、それは大丈夫。ここに来る際に友達の家に泊まって来るって言ってあるから」
「それはそれで大丈夫なのか?」
「ええ、うち放任主義だから」
「そうか……まぁ、その説明はあながち間違いじゃないか……」
「え?」
ポツリと呟かれた言葉に思わず岬は聞き返す。
岬にとって庚輔はクラスメイトではあるが友人とはまだ言い難い。
異性をすぐに友人と言えるほど岬も人当たりのいい性格をしているわけでもないから当然であろう。
その事に気付いた庚輔は慌てて否定する。
「いやいや、さすがに俺もここまでして友人を名乗るほどおこがましい性格はしてないぞ?」
「じゃあ、どういうことよ?」
「あ〜……えっとな……」
言い淀む庚輔に岬はジト目になって睨みつける。
しばらくそういう風にしていたが、先に折れたのは庚輔だった。
「はぁ……わかった、説明するから。というわけで愛成入ってきていいぞ」
肩を落とした庚輔はバックヤードへ向かう扉に視線を向けて声をかける。
すると扉が僅かに開いてその隙間からベレー帽を被った赤目の少女が顔を出した。
「庚輔、いいの?」
「ま、どうせ学校に行けばバレる。遅いか早いかの違いだ」
恐る恐る確認する少女に肩をすくめながら答える庚輔。
少女の声に岬が聞き覚えを感じていると、少女は満面の笑みとなって扉から姿を現す。
その姿に岬は本日何度目かわからない驚愕に包まれた。
アルビノを彷彿とさせる赤みがかかった銀髪をボブに切り揃え、子供っぽさを残した赤い瞳と外人じみた顔つきは彼女の明るさを現すかのようである。
その格好は紺色のベレー帽を深めに被り、白い七分袖のシャツに紺色の短いガウンのようなものとショートパンツとブーツを身に纏っており、制服ではなかったため、すぐに一致しなかったが少女のことは岬も知っていた。
いや、知らないわけがない。
なぜなら彼女は庚輔と同様にクラスメイトで、さらに学校唯一のクォーターとして有名なのだから。
「数時間ぶりだね岬ちゃん。改めて、私は今里愛成だよ」
「え、ええ、よろしく」
まさか彼女も魔法使いに関係していたのかと驚きながら岬は挨拶を返す。
どこかぎこちない挨拶を返す岬に対して庚輔はとりあえず言うべきこと言った。
「ここは寮のようなこともやっているんだ。俺と愛成を含めた高校生が四人。それから大学生の男が二人と大人の女性が一人が住んでるんだ。ここのオーナーである三彦さんは裏で繋がっている裏の家に奥さんと一歳児の娘さんの三人で住んでいる。だいたい四:六の割合で女性のほうが多いな」
だからあながち間違ってないんだと締めくくる庚輔だが、さすがにそろそろ岬の理解力が限界を超えそうだった。
頭痛がするというかのように額に手を当てて岬は念の為と庚輔に確認を取る。
「一応聞いておくけど、残りの高校生二人は……」
「あ~……いっぱいいっぱいのとこ悪いが同じクラスの奴と三年の先輩で、彼女達も魔法使いだ。今自室にいてここにはいないから後で紹介する」
どうか予想が当たっていませんようにと願いながら尋ねた岬だったが、ある意味で予想通りな庚輔の回答に「世界って狭いんだなぁ」と現実逃避しながら机へ頭を打ち付けた。
というわけで世界はかなり狭いです。