第四話:魔法使いについて
住宅街と市街の間に建てられたカフェ&バー『夜天の灯台』、本来なら夜のバー部門で営業中なのだが、今日はとある理由で入口には『close』の看板が掛けられていた。
そしてその中の少し開けたスペースに庚輔は正座させられており、彼の目の前にはかっちりした服装をした男性が呆れた表情をして立っている。
明らかに説教という構図で、内容は当然今回の独断についてであることは容易に想像できる。
「今回は事情が事情だから後で罰を与えることで許すけど、本来なら厳罰ものなんだぞ?」
「すみません」
「ったく……毎度のことだが、お前が分かった上で独断するのはだいたいこういうしょうがない事情からだから始末に負えない」
「すみません」
「別にいいさ。周りを考えようとすればね」
「はい」
時間にして約10分の説教を終えた男性はため息をついて意識を切り替えると、テーブル席で紅茶とケーキを出されたまま待ち惚けを食らっている岬に向き直った。
「岬ちゃんだっけ? 待たせてごめんね」
「い、いえ、お構いなく」
「そう? じゃあ、改めていらっしゃいませカフェ&バー『夜天の灯台』へ、そしてようこそ魔法使いコミュニティ『夜天の灯台』へ。僕はここのオーナーでありコミュニティリーダーの西九条三彦だ」
丁寧なお辞儀の後に大仰な仕草で両手を広げる三彦。
その仕草に岬は少し呆気にとられるが、三彦の表情が悪戯小僧のそれと同じと気づいて思わず笑みを浮かべてしまった。
「ふふっ」
「はははっ。少しくらい緊張がほぐれたならよかったよ」
「ありがとうございます」
三彦の言葉通り少し緊張がほぐれたように感じる。
その事に感謝しながら岬は紅茶を飲み干して話を聞く態勢に入る。
三彦も前座は終わりだというように表情を真剣なものへと変えた。
「さて、ここからは魔法使いとしての話に入るんだけれど、一先ずの確認として君は彼、庚輔君と同じクラスで間違いないかい?」
「はい、彼は私の隣の席です」
「じゃあ、次の質問。君は本当に《幻獣》を二人も宿しているのかい?」
続けて尋ねられた三彦の質問に岬は口を噤む。
その表情はどこか苦々しいものであり、喋りたくないというのが伝わってくるほどである。
だが、庚輔から事情をある程度聞いている三彦にはここで踏み込んでいかないという選択肢はなかった。
「すまないんだけれど、話さないという選択肢はないと思ってくれないかな。こちらは確信を持ってるし、これはただの確認なんだ」
「…………」
聞くものによっては脅しとも取れる言葉に岬は思案する。
脳裏に思い浮かべるのは己が知る超常の存在。
そして今日初めて出会った超常の存在を連れる庚輔。
特に彼の存在を考えると確かに隠しても意味がない。
既にバレているなら開き直った方が賢いと岬も考えた。
それに、自分が連れている二人は自分に決定権を委ねてくれていることも岬の後押しになっていた。
「はい、《幻獣》というものが何かわかりませんが、私は普通ではない存在を二人連れています」
「……わかった。現時刻をもって千船岬は準魔法使いとして『夜天の灯台』の保護下に置く。事情や魔法使いについて、そしてその他については庚輔君から聞くといい。それと庚輔君」
「はい」
「君には全てを説明する義務がある。場所が場所なだけ仕方ないとはいえ事情を説明せずにこの場へ連れてきてしまったのだからね」
「はい、わかっています」
庚輔を諭した三彦は二人を残して「書類仕事ができた」と言ってバックヤードへと入っていった。
どこか飄々としながらもその大人な雰囲気を醸し出す三彦の背中を見送った庚輔は立ち上がって正座していた足を伸ばす。
ある程度解れさせると庚輔は装備を外して手をアルコール消毒してバーカウンターに入っていった。
「岬さん、お茶のおかわりはいるか?」
「えっと、いいのかしら?」
「備品や材料を使うことなら俺はここで働いているから問題ない。料金のことなら気にするな。そのケーキセットも今から入れる紅茶も俺のおごりだ。どうせ自分の分も淹れるのだから気にしないでいい。これも俺の責任の一環だ」
「じゃあ、アイスティーを。ストレートでいいわ」
庚輔の言葉に日本人特有の遠慮が出てくるが、問題ないという庚輔にせっかくだからと岬は注文する。
注文を受けた庚輔は備品を使いながら紅茶を淹れ始める。
といってもさほど時間がかかることはない。
元々最初に淹れた残りを三彦がアイスにでもしようとしていたのか、既にアイスティへの準備は整っていたようで、あとはグラスに氷を入れるだけである。
その場に氷がグラスに入れられる音だけが響く。
二人にとってお互いは隣の席のクラスメイトであるだけの関係で、この僅かな間に話すような世間話の内容は持ち合わせていない。
寧ろこういう状況じゃなければちゃんと知り合うことすらなかったかも知れない関係だ。
よっぽどのおしゃべりじゃない限り話題がある方がおかしいのだ。
ある意味でこの沈黙は当然のものだった。
だが、これから少し重要な話をする庚輔にとってこの重たい沈黙は好ましくはない。
「お待たせしました。アイスティーのストレートです」
だからとは言わないが、思わず普段ここで働いている時の口調と声音が出てしまう。
これで先ほど三彦が着ていたような服を着ていたら完璧だったのだろうが、今の庚輔は上着であるライダースーツを脱いだだけのラフな格好だ。
そんな格好で喫茶店の店員のような言葉はかなり似合わない。
そのことをわかっているのか、庚輔はバツの悪そうにしながら顔を背けると岬の前に座った。
「とりあえず、飲みながらでいいから聞いてくれ」
「わかったわ」
若干締まりのないスタートだったが、店員の真似事をした甲斐もあり、比較的話を受け入れる流れは岬にできたようである。
岬の様子を見てそう判断した庚輔は一息入れてから真面目な表情で口を開く。
「そうだな……順番に、俺達魔法使いについてまずは話そうか」
「…………」
「魔法使いというのは一般的にも知られているように魔法といった超常の力を使う者達の総称だ。さっき見せたフェンリルを送還する魔法、あれも魔法の一種だな。その起源は神話や伝説にまで遡り、いつからそういった存在がいるのかはわからないし、いつから魔法という技術があるのかもわからない。だが、実際に存在するし、こうして魔法というものがあるのだから理解してくれ」
庚輔の言葉に岬は煮え切らない表情をしながらも頷く。
実際に庚輔がフェンリルやハティを送還するのを目の前で見ているし、己も超常の存在を連れている。
だが、現実を目の当たりにしたからといって全てを受け入れることができるかと言われれば誰もが首をかしげるだろう。
特にそれが魔法使いといった物語上の存在が実在すると言われれば。
「岬さんも既に魔法使いの世界へ片足突っ込んでいるから教えておく。元々魔法使いには暗黙の了解として表舞台には出ないようにというものがあった。偶に表舞台に出てくるやつもいたらしく、有名なところでは某アーサー王の物語のマーリンとか某灰かぶり姫の魔女なんかがそうだな」
実在したのかと内心で岬はツッコミを入れる。
おそらく内容などは拡大解釈されているのだろうが、まさか伝説や物語の人物が実在するとは思ってもみなかった。
岬と同じ経験をしたことのある庚輔は彼女のことを微笑ましそうに見てから、脱線したと言って話を元に戻す。
「とはいえ表舞台に出たことで粛清されるようなことにはならない。それで一般人に恨まれたり殺されたりしても自己責任という認識だな。だが、キリスト教が世界中に広がり始め、魔女狩りが行われるようになってからは魔法と魔法使いの存在を隠し守るために暗黙の了解は掟へと変化した」
言いながら庚輔は指を三本立てる。
「一つ。魔法使いは表社会へ決して出るべからず。一つ。魔法使いでない者への魔法による危害を加えるべからず。一つ。魔法使い関係者でないものに魔法を知られるべからず。これら三つの掟ができ、これを破ったものは魔法使いの手で粛清され、表舞台で犯罪ということになっていれば二度と魔法を使えないようにして魔法使いのことを知っている司法に引き渡される。ま、簡単に言えば魔法使い以外に魔法を使わずに魔法を世間に晒さなければいいって事」
そう言って肩をすくめた庚輔は何か質問はと尋ねる。
庚輔の問いかけに岬は庚輔の大まかとも取れる説明を脳内で繰り返し吟味してから答えた。
「魔法使いについてはいいわ。でも、どうして私が保護されなければならないの?」
確かに魔法使いについては理解したし、何故庚輔があの場所で人攫いまがいのことをしていたかもある程度ではあるが理解した。
だが、未だに自分がここへ連れてこられた理由が説明されていないのだ。
岬のこういった疑問は当然のものだろう。
しかし岬の疑問に対して庚輔はあっけからんと答えた。
「さっきも言ったとおり岬さんは既に魔法使いの世界へ片足突っ込んでいる。それが一番の理由だ」