第二十一話:学生魔法使いの日常
岬が参加した魔獣討伐から二日が経ち、週が明けて平日となれば学校も始まる。
岬、庚輔、愛成、円の四人が通う私立玉前高校も今日は学校特有の休みがあるわけでもないため、他の学校同様授業がある。
当然怪我をしたわけでもない岬もいつも通り学校に来ていた。
魔獣討伐の後、岬は魔法使いとしてのマナーなどをかいつまんでだが教えられ、さらにマナ操作の練習方法を教えてもらいその日の夜に帰宅したのだ。
だからこうして学校に来ているのだが、それは週末とさほど変わらない日常に戻ったともいえよう。
しかし彼女は先週とは全く変わっていた。
(う~ん……なかなか上手くならないわね)
(広がってるよ。もう少し絞って)
(岬、手が止まってる)
(えっと……えっと……)
(とりあえず一度落ち着く)
(そうだよ。深呼吸深呼吸)
その中でも特筆すべきは岬が魔法使いとなり、翌日からイリスと菖蒲に補助してもらいながらマナ操作を練習していることであろう。
今でも数学の授業で練習問題を解きながらも常にマナの操作を続けていた。
ちなみにこれの何かをしながらのマナ操作の訓練は岬が自主的にやっている。
本来の訓練は瞑想によって精神が落ち着いた状態の時にやるもので、何か別のことをしながらというのはマナを操作できるようになってから更にもっと先に行うものである。
なのにそれを行おうと思ったのはひとえに庚輔や愛成、そして円に追いつこうとするが故である。
彼ら彼女らは呼吸するようにマナを操ってみせていた。
ならばマナを操作しながら日常を過ごせば、習得は遅くなるが呼吸するようにマナ操作というのはできるのではないかという安易な思いつきからである。
そんなことから今朝からずっと続けているのだが、全くもってしっくりこず、どこか空回っている感覚を岬は感じていた。
マナ操作を練習し始めて二日目。それこそマナ操作という行為のみに集中している時ならかなり時間をかければ多少は動かせるようになった。
既にイリスと菖蒲を自分の力で召喚できる程度にはマナを操ることができる。
それはイリスや菖蒲、そして庚輔がマナを岬の身体を通して魔法を発動させるという行為を行い、いち早くマナというものの流れを感じ取ることができたから。
数日で多少操れるのは当然のことである。
だが、そこから自由自在に動かせるようになるのは至難の技。
たとえ才能があろうと一朝一夕でできるようなことではない。
それが可能なのは愛成のように生まれた時からマナというものに慣れ親しんだ人間だけであろう。
結局のところ目の前の勉強と同じで根気よく地道にやるのが最適なのだと訓練を行いながら岬は感じていた。
そんな岬の行動を今日の一時間目からマナの感知で認識していた庚輔は苦笑を浮かべるしかなかった。
(それ、習得遅くなるだけなんだがな……)
実はこの方法、大昔にとある魔法使いが試して他の魔法使いより全体的な習得が遅くなったことからマナ操作を覚えてない段階でやるのは無駄だと決められた方法だ。
無論人の感覚によるものであるため、一概に全てが無駄とも言えないが、基本を踏んでいないということから訓練としては全く的確なものではないのは確かである。
だが、そのように考える庚輔を諌めたのは彼の契約幻獣であるフェンリルであった。
(まぁまぁ、マスター。一応マナの扱いに長けた幻獣であるイリスと菖蒲の指示を受けながらなんですし、遅くなるだけ無駄というわけでもないでしょう。それにどうやらちゃんと基礎の基礎も練習しているようですよ? 二人に聞いている限り平行操作の練習は他のことに影響が出ない程度にしかやっていないとか)
(一種の挑戦ってところか。生真面目なのか大胆なのか……)
(同い年の人達に早く追いつきたい一心なんでしょう。なにせマスターは同い年なのに師匠で愛成さんと円さんは友人ですからね)
そのようににこやかに語るフェンリルの言葉に庚輔はよくわからないと言いたげな表情をする。
演技や鈍感だというわけではなく、本当に庚輔はそのような経験をしたことがない。
庚輔は昔から同い年の魔法使いと比べて頭一つ抜けていた。
それは庚輔にそういう才能があったからというのもあるが、何より庚輔の家庭環境が異常だったからに過ぎない。
無論年上の魔法使いには劣っており、そういう年上の魔法使いを目標にすることはある。
だが、同い年の魔法使いには今のところ迫ることはあっても誰にも追いつかれてはいないのだ。
特に同じ召喚魔法の使い手にはまったくもって迫られる気配がない。
つまるところ、庚輔は誰かに追いかけられることはあっても追いかけることはない。
その境遇が今の庚輔の態度に出ていた。
そんな庚輔の様子を長い付き合いのフェンリルは微笑ましげに感じながら、今もマナ操作の練習をする岬へと意識を向ける。
(さて、彼女はマスターの好敵手になりえる人材なのか。今のところ才能でしか推し量れないというのが惜しいところですが……十分期待はできますね)
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「え~このように要素が表される為、ド・モルガンの法則が成り立つわけです。……っと時間が余ってますが、ちょうどいいですのでここまでとしましょう」
「きり~つ。礼」
チャイムが鳴るまでには少し時間があるがちょうどキリのいいタイミングだったため授業が終わる。
そして同時にクラスは昼休みの喧騒に包まれた。
岬も昼食を食べようと弁当を取り出すのだが、そのタイミングで教室の扉が開いた。
誰か食堂にでも行くのだろうと特に気にしていなかった岬だったが、聞こえてきた声に思わず顔を上げる。
「おはよ~」
そこには赤みがかった銀髪に同じ色のウィッグで猫耳を隠した愛成の姿があった。
病院で検査を受けての通学なため今の時間になったことは今朝のホームルームで担任から聞いている。
内情はおそらく先日の戦いの検査であろうことは、魔法使いとなりその事情を知ったからこそ予想ができた。
「おっ! 愛成ちゃんようやく来たか」
「愛成ちゃんやっほ~」
間延びした挨拶をしながら教室に入ってきた愛成に向けて皆口々に挨拶を返す。
あまり周囲のことを気にしなかった岬だったが、そういえば先週あたりからクラスの雰囲気はこんなものだったなと思い当たる。
入学して一週間。その間にこうも周囲へ溶け込めるのは愛成の人格によるものなのだろう。
自分にはなかなかできないことだと岬は自虐的に笑いながら弁当の包を開けようとする。
「岬ちゃんおはよ~」
「ええ、おはよう」
そこへ愛成が声をかけてくる。
この辺までは先週までと同じ光景である。
愛成はこうして周りと関わって人の輪を広げてきた。
イリスと菖蒲のこともあり、多少無愛想だった岬に対しても周囲と同じように挨拶をするし話も振っていた。
元々人懐っこい性格でもあるのだろう。円の話にあった人間不信というのが信じられないくらいに明るい笑顔を振りまいている。
未だに彼女が本当に人間不信になっていたのか疑っているくらいにはとても人懐っこい行動をしている。
そんな愛成は、いつも通りなら昼は庚輔と円のところへ行って三人で昼食をとる。
そこに他の人が誘われることはない。
これが普段の日常だ。
だが今日は少し違っていた。
いや、今日からは少し違っていた。
「岬ちゃん、一緒にご飯食べよ~」
「…………え?」
突然のことに思わず岬は弁当を取り出そうとしたポーズのまま固まってしまい、愛成の声が聞こえていたクラスの誰もが岬と同様に固まる。
今まで愛成は昼食に誘われることはあっても全て断り、クラスの中で庚輔と円以外を昼食に誘ったことは一切ない。
それは入学して二週間、庚輔と愛成と円の三人が少なくともただの同級生ではないことくらい察しているクラスの皆にとっては十分に理解できることである。
その愛成が今まで孤高を貫いてきた岬を誘ったのだ。
当然誰もが驚く。そして同時に誰もが岬は断るだろうと予想した。
岬も入学してから男女問わず――男子が多め――に何度か昼食を誘われた。
が、それを岬はイリスと菖蒲の事を悟られたくないが故に全て断っている。
あまり深く人と関わりたくなさそうなのは皆理由がわからないなりに察しており、クラスの中では腫れ物扱いとまではいかないがそれなりに避けられているし、岬自身避けている。
そんな岬への愛成の誘いは当然うまくいかないだろうというのがクラス全員の見解だった。
先週までならそれで正解だっただろう。
「ええ、いいわよ」
「やったぁ~!」
だが、今日からの岬と愛成の関係は先週とはまるっきり違っていた。
それを知らないクラスの皆は岬が予想外にすんなり承諾したことに驚きを禁じえない。
喜ぶ愛成を視界に収めながら岬はそんなクラス中の反応に苦笑を浮かべていた。
(確かに驚きなのかもしれないけど……そんなに驚かなくても)
(いやいや、先週までの岬って結構無愛想に返してたよ? それはもう初対面なら不機嫌じゃないのってくらい)
(えっ? そんなに!?)
(岬がクラスでは物静かにしてるからマシだけどね。その原因が僕達にあるからちょっと申し訳ないけど)
(まぁ、そんな岬も打ち解けると結構おしゃべりなんだけどね~)
(い、イリス!)
イリスの茶々に噛み付きながらイリスと菖蒲の指摘に内心で頭を抱える。
自分ではそこまで無愛想にしているつもりはなかったのだが、どうやらかなり印象の悪い態度だったようだ。
意外と自分ではわからないものだ。と今更のような感想を抱きながらそういえばと愛成に確認する。
「西灘君と円さんに確認しなくていいの?」
「いいのいいの~! 岬ちゃんなら問題ナッシング~。ね~?」
岬の問いかけを最後に後ろを見て確認する愛成。
その確認に庚輔と円は愛成の嬉しそうな表情に微笑ましそうにしながら頷く。
庚輔達にしても元々岬を誘うつもりではあったのだ。
この状況は願ったり叶ったりでもあった。
「わかったわ。じゃあ、お言葉に甘えて参加させてもらうわ」
「なら、いつも俺達が使っている場所に案内する。後今更だが庚輔で構わない」
「ありがとう」
そのような言葉を交わしながら三人から四人になったグループはそれぞれ弁当をもって教室を出て行った。
「土日に何かあったのかな?」
ポツリと呟かれたその一言は彼ら彼女らが出て行くまでの様子を見ていたクラス中の心情を語っていたのは言うまでもないことであろう。




