第二十話:外の会話
「あちゃ~……使ってもうたか~」
額に手を当ててオーバーなリアクションをとる翔平。
その視線の先では先ほど愛成と契約している幻獣キャスパリーグの攻撃である黒い雷の球体が廃工場を覆いきっていた。
翔平も愛成の奥の手は知っているだけに、この状況は苦笑を浮かべるしかないのだ。
「はぁ~……元々そうなっとったけど、今後しばらくは魔法的な意味で立ち入り禁止かぁ……」
翔平はため息と共にがっくりと肩を落とす。
キャスパリーグの能力は召喚者の魔法特性に悪意や不幸などといった《災い》を付与して解き放つ力。
つまり今あの球体の中ではその《災い》が渦巻いており、それに触れたモノはしばらく《災い》を受け続ける。
例えば生物なら死という結果を伴い、物ならしばらくの時間《災い》を宿した道具となる。
防ぐ手段は浄化能力を持つ属性の精霊魔法や神聖魔法による浄化系統の防御でしか防げない。
それほどまでにキャスパリーグの力は強大で危険なものであった。
「幻獣本人の融通が効かない能力ってのも困ったもんやな」
翔平の言うとおり、キャスパリーグに指向性を持たせて使えと命令すればいいのだろうが、キャスパリーグ自身には《災い》を付与した力を解き放つことはできてもそこに指向性を与えることはできない。
指向性を与えれるのは召喚者だけで、幻獣と召喚者の連携がというなんとも使い勝手の悪い能力なのだ。
だからこそ愛成の力量が問われるのだが、いかんせん愛成は何かを介した魔法の発動を非常に苦手としていた。
そのため、愛成はキャスパリーグの力を使いこなせておらず、このような結果になってしまったのだ。
「ん? ようやく来よったか」
はてさてどうしたものかと未だ現場を覆い続ける雷球を眺めていると、背後からバイクのエンジン音が近づいてきた。
こちらに来れるのは魔法使いとなっているからこそ翔平はすぐに心当たりへ行き着いた。
振り返るとちょうど翔平の予想通り、黒と赤のライダースーツとフルヘル姿の人物を乗せた黒と朱色の車体を持つスーパースポーツタイプのバイクが車の横に停車する。
そして降りてきた人物に翔平は冗談めかして苦言を呈する。
「えらい遅いやん。あんさんの彼女、使ってもうたで」
「すんません。これでも急いだんですが、生憎道が混んでまして」
謝罪しながら取られたヘルメットの下は庚輔の顔だった。
彼も翔平の言葉は冗談交じりの言葉なのだとわかっているため、苦笑気味である。
が、すぐに表情を真剣なモノへと変えて視線を廃工場を覆う雷球へと向ける。
「状況は? 相手が想定以上の危険度を持つことしか聞いていないんですが、見ている限りもう終わったように思えるんですが」
「まぁ、終わっとるな。一応連絡では終わったって聞いとるよ。今は念の為に長く発動させとるだけみたいやし」
「なら、いいんですが……」
納得しつつも不安そうな表情を浮かべる庚輔に翔平は無理やり肩を組んで声を掛ける。
「相変わらず愛成ちゃんのことに関しては心配性やな~。それに今回は魔法使い成り立ての岬ちゃんもおるし? そりゃ愛する彼女とできたばかりの弟子を心配するのはわかるで~」
うんうんと何度も頷きながら一人語る翔平に対して、庚輔は本心を言い当てられたからこそ顔を引きつらせる。
反論したいが、別に間違ったことを言われているわけでもないし、寧ろ一言一句言い当てられたからこそ何も言えない。
「まぁでも、今回二人のことを信頼して初めての弟子を預けたわけやし? あんまりいうことはあらへんねんけどな?」
「ないんですか……」
「もちろんや。ちゅうわけでどちらさんや?」
庚輔の呆れる声にニコリ(ニヤリ?)と返した翔平は視線を鋭くさせて庚輔とは反対側へと向ける。
そこには一匹の赤黒い狼の姿があった。
翔平の言葉につられるように視線をやった庚輔は表情を苦々しいものに変えて呟く。
「ヴァナルガンド……」
「久しいな。元マスターよ」
まるで昔馴染みのように語る赤黒い狼に庚輔は苛立ち混じりに返す。
「何の用だ。今従姉さんは何処で何をしてる」
「ククク……そうカッカするな。俺はお前の従姉である千草に言われて伝言を届けに来たに過ぎない」
笑いながら前置きを告げるヴァナルガンドに庚輔は何か言いたげにしながらも口を噤む。
目の前の狼がこういう奴だと知っているからこそ、これ以上の問答は意味を成さないと知っていた。
そしてその伝言を終えるとすぐにいなくなることも知っている。
結局ヴァナルガンドにこちらの要求を通させるにはそれ相応の状況が必要ということになる。
今はその時ではない。
庚輔が聞く態度をとったことで、ヴァナルガンドは口を開く。
「聞き逃すなよ? 『こうして出現場所を操作できるわけだけど、どう? こっちに来る気になった?』とのことだ」
「要するにいつもの勧誘というわけだろ。で、魔獣の出現場所を操作できるというのは脅しであり餌といったところか?」
「そうだな。間違ってはいない」
要点をまとめて意思を汲み取った庚輔の言葉にヴァナルガンドは二言で肯定する。
その声音は答えがわかりきっていると言いたげなものであった。
そして実際にヴァナルガンドの予想通り庚輔の答えは決まっていた。
「無論断る。俺は従姉さんみたいに絶望したわけじゃない。だから無駄な話だ」
「そうか……残念だ」
「そっちは戻ってくる気はないのか? もう一度、信じてみる気にはならないのか?」
さほど残念そうに見えないヴァンアルガンドに庚輔が問い返す。
その問いかけにヴァナルガンドは鼻で笑う。
「フン。それこそ無駄な話だな。千草は戻ってくる気はないし、無論考えを改める気もない。俺もその考えに賛同してついていったのだからな」
「そうか……残念だ」
平行線を辿るやり取りにお互いため息を吐く。
互いが互いの能力を必要としているが、両者の考えが平行線を辿っているのだ。
嫌悪しているわけではなく認めるところは認めているが、こと両者の立ち位置や関係についてはお互いに歩み寄ることができない。
そしてどちらかが妥協するという思考もないに等しい。
だからこそ、わかりきっていた答えにため息を吐くことしかできなかった。
理詰めや感情を始めとしたありとあらゆる説得はとうの昔にやりきっているのだから。
今はこうして挨拶代わりとも言えるやり取りでどちらかが折れるまで説得を続けるしかない状態である。
「追加の伝言だ。『いつでも待っている』だとよ」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる。どうせ繋がってるんだろ?」
「さてな?」
確信を持った言い回しをする庚輔の言葉にヴァナルガンドはすっ呆ける。
敢えて名言を避けた辺り答えは半々なのだろうと予想できるが、それを証明する手段を庚輔は持ち合わせていない。
だから庚輔はここでこの話については終わらせた。
「ま、その辺りはどうでもいい。どうせ平行線ってわかってるから無駄だ。だから本題に入れよ。あの従姉さんが勧誘をするためだけにわざわざこの場にお前をよこすなんてありえない」
「よくわかってるじゃねぇか。伝言はもう一つある」
ニヤリと笑いながらヴァナルガンドは真剣な雰囲気をかもし出す。
先程のやり取りが挨拶代わりだというのは彼らにとっては本当のことである。
本題に入った二人が真剣な表情となるのは当然であろう。
一呼吸を置いてヴァナルガンドは厳かに告げる。
「『警告よ。やつら、動き出すよ』とのことだ」
「おやさしいことだな。わざわざ情報を与えるなんて」
「『あいつらに勝手されるのは癪だから』だそうだ」
「チッ……勝手言いやがって」
ヴァナルガンドの返答に庚輔は思わず悪態をつく。
庚輔からしてみれば、従姉のこの行為は自分勝手のわがままだ。
だが、彼にとっても従姉のいう『やつら』というのに動かれるのは非常に好ましくない。
どちらでもいい立場の従姉とは違い、庚輔は明らかに『やつら』と敵対しているのだから。
だから従姉からの情報は非常に不本意ではあるがありがたい。非常に不本意ではあるが。
「借りにはしないからな」
「そのへんは千草もわかっているさ」
「……なんだよ」
「いや、何でもないさ。じゃ、伝えたからな」
しょうがない奴らだとでも言いたげな様子のヴァナルガンドへ庚輔は三角目になって睨みつけるが、それをヴァナルガンドはのらりくらりとあしらうと用は済んだとばかりにそのままどこかへ走り去っていった。
一瞬でいなくなったヴァナルガンドの居た場所を眺めながら庚輔はもう一度舌打ちをして小さく呟く。
「顔くらい見せろよ……クソ従姉貴」
その横顔がどこか寂しげに見えたのは翔平の勘違いではないだろう。
(はぁ……どっちも意地っ張りで不器用で頑固なやっちゃで)
そんな庚輔の様子と先程までのやり取りと以前から聞いている話から、翔平は庚輔とその従姉である千草とやらの性格をそのように評する。
すれ違いが起こっているわけではなさそうだが、非常にめんどくさい関係だなと翔平は思わざるを得ない。
だが、そんな話は今言っても仕方のない話である。
庚輔の話が終わったのなら、今自分達がやるべきことは別にある。
その後で情報の精査をすればいい。
「そろそろ終わる頃やろうし、後始末やろうや」
「……そう……ですね」
翔平に声をかけられ、庚輔は苦笑を浮かべる。
今は感傷に浸っている時じゃないことは庚輔も理解できていたからだ。
だが、庚輔としては一つ言っておかなければならないことがあった。
「この件、岬さんが実家に帰ってから皆に話すんで、黙っといてもらえます?」
「魔法使いなり立ての岬ちゃんじゃ荷が重いしな~。それにこの件、オレの勘やけどかなりキナ臭いで」
「でしょうね……岬さんが実家帰るまでの間、ある程度情報集めといてもらえます? 報告書は俺が書きますんで」
「それはええ。どうせ三彦さんから調査命令出るやろうしな。それに、今回の件でオレも少し気になる情報が出てきたしな」
そう言って廃工場を睨む翔平を横目で見ながら庚輔はため息をつく。
これが二日のゴタゴタの締めがキナ臭いものに対してのため息であることは明白である。
そして庚輔の中では今以上にめんどくさいことになるであろう予感があった。
当然今までの経験からの予測でしかないのだが、こういうことに関しての嫌な予感というのは経験があろうがなかろうが、往々にして当たるものである。
だから庚輔達は最悪の事態にならないように動き出すのだった。
しかし、この件が庚輔の予想を遥かに超えて後々に大きな事態になるなどと、この時は誰一人として思いもしなかった。
そしてその原因がこの二日間にあった出来事であることも……。
伏線張るの大変だ……。




