第二話:予期せぬ邂逅
「ふぅ……終わったか」
ひと仕事したというように息を吐いてそんなことをいう庚輔。
実際押さえつけられた劉禅を当身で気絶させると、魔封じの手錠をつけて縄でぐるぐる巻きにしてフェンリルの背に乗せたのだ。
人一人とはいえ重労働に変わりなく、春のまだ肌寒い夜にも関わらず庚輔の額には汗がにじんでいた。
「お疲れ様ですマスター」
「おう、お前もよくやってくれた」
そんな庚輔をねぎらうようにフェンリルが声を掛け、庚輔もお返しにとフェンリルをねぎらう。
お互いに何度目とも知らぬやり取りをすると、すぐさま帰る支度を始める。
戦闘が短時間で終わったとはいえここは住宅街。
今は庚輔の仲間の魔法で外に出ないようにしているが、確実に見られないというわけではない為いつまでも居座るわけにはいかない。
どう考えたって今の庚輔の姿は化物を従えた人攫いにしか見えないのだから。
「とりあえずハティの送還を……ん?」
帰り支度をし始めてようやく庚輔は違和感を感じる。
その違和感の正体を確かめようと自分の周囲を確認する。
今現在の庚輔の周囲は人気のない住宅街の通り。そして庚輔の傍には劉禅を背負ったフェンリルと送還を待つハティが二匹。
そこでようやく庚輔は違和感の正体に気づいた。
が、その正体について思考を入れる前にポケットに入れていた携帯が震える。
画面に表示された着信先を確認すると先ほど庚輔が電話した少女とは別の庚輔の仲間の名前が表示されていた。
その名前を見た瞬間に庚輔は即座に通話に出る。
彼が今のタイミングでかけてくるということは十中八九問題が発生した時しかない。
「はい、庚輔です」
「緊急事態や」
「何があったんです?」
マイク越しの青年の第一声が予想通りの言葉だったため、庚輔は特に驚くことをせずに努めて尋ね返す。
「ミッションエリアに人が紛れ込んだ。ものっそい速度で道なりに真っ直ぐそっち向かっとるからおそらく遠目から戦闘を見られたわ」
「見られた? 相手は魔法使いですか?」
「わからん。オレの結界を抜けるということは相当いい目か感性を持っとることは確かや。今愛成ちゃんが追いかけとるが、おそらく奴さんがそっちに到着する方が速い。そっちは終わってるということでええんか?」
「はい、既にフェンリルに載せてます。あとはハティを送還すれば……」
「それは重畳。見られるわけにはいかんからその場から離れ……」
「……そういうことか」
青年の声を聞きながらハティに同調していた庚輔はすぐさま状況を理解すると青年の声を遮ってため息をつく。
まだまだ俺も未熟者だと自分を戒めると、内心で青年と他の仲間に侘びを入れながら意識を青年との通話に戻した。
「すんません。おそらくこれ、俺の落ち度です」
「は?」
「現在俺のハティが魔法的な意味で捕捉されてます。相手が魔法使いなら今からの雲隠れは少し難しいかもしれません」
「そうかい、なら対応はそっちに任せるわ。オレは三彦さんに連絡しとく。そんかわりちゃんと後で状況整理して説明頼むで?」
「はい、ありがとうございます」
礼を言って通話を切った庚輔は再びため息をつく。
先ほどの違和感。それはハティの数の少なさだった。
召喚した時は三匹いたにも関わらず現在は二匹。
どこかのタイミングでやられて強制送還でもされたのだろうと思っていたが、おそらくその行方不明のハティと侵入者が互いに互いを発見したことで追う追われるの関係になっていたのだろう。
そして今もその関係は続いており、召集をかけたハティを追ってこっちへ真っ直ぐ向かっている。
そのように状況を推察した庚輔はとりあえず近くにいるハティだけでも送還することにした。
「お疲れ様。あとは俺がやるからお前らは帰りな」
二匹のハティにもねぎらいの言葉をかけるとすぐさま送還し、二匹のハティは光の粒子となってその場から消え去った。
同時に何かを感知したフェンリルが庚輔の背後の先を注視する。
「マスター、どうやら来られたようですよ」
「みたいだな」
フェンリルの言葉に庚輔は意識を戦闘モードに切り替えて振り返る。
と同時に庚輔の視界に一匹のドーベルマン――ハティが姿を現し、それに数秒遅れてポニーテールの少女が現れた。
どうやら少女も庚輔の姿を確認したのか、ハティを追いかけるのをやめて庚輔を警戒するように立ち止まる。
確かに庚輔は傍から見ても不審者にしか見えず、その側に大きな狼を連れていたら警戒くらいはするだろう。
だが、少女の警戒は庚輔にとっても好ましいものだった。
彼女が敵なのか、それとも本当に迷い込んだだけなのか。それを見極めるためにも、そしてあわよくばこちらに向かっている仲間と合流する為にも少女のことを観察する時間ができるのは行幸だった。
少女の姿は学校帰りだったのか紺を基調とした庚輔もよく知る制服に身を包み、夜でも栄える艶やかな黒髪をぱっと見の通りポニーテールで結んでいる。
肩で息をしていることから相当走ってきたことと、ハティに振り切られなかったことからそれなりに運動をしていることが伺える。
(妙だな……)
だが、庚輔の中に謎が浮かび上がった。
常識的に考えれば今の庚輔とフェンリルの姿を見ればよっぽどのことがない限り離れようとする。
百歩譲って庚輔に対して不審者程度で終わるのはいいよしよう。別に街中に庚輔のような人間がいないわけでもないのだから。
しかしこんな街中に人を大きく越える狼を、それも簀巻きにした人を背負ってこちらを警戒している存在を見かけて警戒するだけというのはいささかおかしい。
例え少女が常人以上の胆力を持っていたとしても十分異常である。
そしてそれを助長する要因もあった。
(フェンリル、どうだ?)
(ダメですね。マナの収束もなにも感じられません。本当に意識のみで警戒しているだけのようです。それこそ一般人のように)
念の為とフェンリルに確認するが、フェンリルから返ってきた答えは庚輔の疑問をさらに深くするだけであった。
もし彼女が魔法使いなら、身体をいつでも動けるようにといった一般人の警戒はせずにマナを集めるなどして即座に魔法を放てるようにするか、探知系統の魔法を使って周囲の警戒をするはずだ。
だが、彼女からは一切マナの動く気配もしなければ、庚輔の魔法を警戒している様子もない。
明らかに素人の魔法使いか一般人の反応で、追跡兼監視用の召喚獣であるハティを追跡できるようには思えない。
もちろん演技という可能性もなくはないが、さすがにそれはないだろうという予感があった。無論庚輔の勘であるが。
そしてその勘は少女の言葉で間違いではなかったことが証明されることになった。
「もしかして、西灘君?」
ついでと言わんばかりの厄介事を含めて。