表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロスオーバー・オールディネ  作者: 花粉症
少女と少年の出会い
19/26

第十九話:黒雷、轟く

 愛成が焦燥に駆られている頃、現状維持に近い今の状況を円から聞いた岬は戸惑っていた。

 戦っている魔法使いを見るのは愛成が初めてであるため、他がどの程度の実力を持っているか知らない。


 だが、新種と上位ランクの魔獣を一人で相手取るということから愛成は他の魔法使いと比べても上位の実力者だということは円の話と実際に見て理解している。


 その愛成が現状維持しかできないという状況がどれだけ危険なものか、ド素人の岬にも容易く判断出来る。


「どうするの?」

「う~ん、多分奥の手使うと思うよ」

「奥の手?」

「うん。岬にも話したけど、魔法って別に一つしか覚えられないわけじゃないよね?」

「ええ、特に戦闘メインの魔法使いは基本的に二つ以上の魔法を習得しているって」


 円の問いかけに岬は庚輔の講義を思い出しながら答える。

 庚輔達が所属しているバランサーコミュニティは多種多様な魔法使いを相手取らなければならない。

 だが、一種類の魔法では相性やら状況やらに対応できなくなる。

 それを改善する為にバランサーコミュニティに所属する魔法使いはよっぽど汎用性が高い魔法を習得していない限り得手不得手はあれど二種類以上の魔法を習得している。


 当然、魔法の他に魔術も扱える愛成も習得していた。


「それが奥の手なのね?」

「そそ。でもまぁ、愛成はあまり使いたがらないかな」

「どうして?」

「だってまだちゃんと使いこなせてないしね。それに今回は岬がいるから特にかな?」

「私が?」


 自分がいるから使いたがらないということは一体どう言うことだろうと岬は考える。

 すぐに思いついたのは自分が魔法使いとしてはド素人で完全に足手纏いであること。

 巻き込むタイプの使いこなせていないという場合なら未だに自衛がしっかりできない岬がいるなら使いたがらないのも頷ける話である。


「うん、多分考えている通りだよ。一つ目は岬を巻き込む可能性が高いから。一応わたしが防御しているから大丈夫だと思うけど」

「一つ目ってことは……」

「そうね。多分だけど、後二つ位理由があるよ? 聞く?」

「一応」

「二つ目は不測の事態の対応ができない点だよ。岬を背に戦っているわけだから他への注意がおろそかになる。特に今のように魔獣が想定以上の力を有していた場合だとね。ま、ぶっちゃけ足手纏い。酷いこと言うようだけど、もし庚輔に「ちょうどいいから岬に実戦の空気感じさせてやってくれ」なんて言われていなければ庚輔に頼んで店でお留守番してもらってるところ」

「そう……ね」


 円の容赦のない言葉に岬はがっくりと肩を落とす。

 完全に足手纏いなのは岬も認めることであり、事実こうして円の背に護られており、さらにイリスと菖蒲の防御の中にいる。

 本来なら戦闘に回せるリソースを岬の護衛に回しているのだ。

 足手纏いを否定できる要素が一切見当たらない。


 ついて来なければ良かったかなという思いが岬の中に浮かび上がる。

 そんな岬を円は慰めるように言葉を続けた。


「これからだよ。これから。庚輔も認めているし、わたしも思ってることだけど、岬はマナ操作を覚えたらすぐ伸びる。だからこうしてイリスと菖蒲に岬の身体を通して魔法を発動させてるんだから」

「ありがとう。円」


 円の言うとおり、岬はまだ魔法使いになったばかりの人間だ。

 伸び代は庚輔の評価通りならば相当あるということになる為、今の苦労は将来への投資という意味で考えれば全くの無駄骨というわけでもない。

 実際彼女の言うとおり岬のマナ操作を早く覚えさせる為にマナを岬の身体を通して発動させるという非効率的なやり方でマナの動きを岬の身体に覚え込ませている。


 この方法は召喚魔法を使える人間の裏ワザのようなものだ。

 先にマナの扱いが得意な幻獣と《魂魄契約》をして彼ら彼女らに己を通して魔法を使ってもらい、身体でマナの扱いを覚える。

 ある意味で先にマナを扱わなければならない他の魔法系統を使う魔法使いにとっては邪道と言えるものであろう。


 もっとも、岬にはそのあたりの事情は疎いので、どの程度のものなのかははっきりとしていない。


「さて、三つ目の理由だけど……」

「円! ごめんっ! やっぱり使う!」


 そんなある意味でのんびりとしているとも取られる会話をしていると、戦場の現状維持に努めていた愛成が叫んできた。

 愛成の切羽詰まった表情からこれは余裕がないと円も盾を構えて半身になる。


「なら、こっち回して! 多分数秒なら時間稼げるから!」


 そう言って返答しながら円は話を切ると岬を守るように数歩前に出る。

 人を食っているということはそれなりに知恵が働くということ。つまるところ弱者から狙う習性がついているということだ。


 そしてこの中で一番の弱者は考えるまでもなく岬である。次点で円であろう。

 となると愛成が攻撃をやめれば狙うのは二人ということになる。

 円が構えるのは当然のことだった。


 そして魔獣がこちらに気づくまでの数秒の間に円は告げる。


「三つ目の理由は、召喚魔法を使える先輩として使いこなせていないのは恥ずかしいから」


 円の言葉と同時に愛成が円の背後に現れ、地面に手を付く。


「行くよ~!」

「任せなさい!」

「我が契約に従い……」


 地面に手をついて詠唱を始めた愛成の手に握られていたのは黒曜石。

 岬も選ぶ際に見ており、これが《魂魄契約》の《媒体》なのだと直感で理解した。


 同時に岬はえも言えぬ悪寒にさらされる。

 わかっている。これが魔獣から発せられる威圧だということも、これが敵意だということも。

 戦いに出るということはこういう圧にさらされることもわかっている。


 だが、実際に感じてみるのと知っているのは違う。

 最初の出会い頭の時など比べ物にならない。


(怖い……これが、戦い)


 狩るもの狩られるもの。

 そういった空気に慣れていない岬は今更ながらその害意に完全に萎縮していた。


 先程までは愛成がその一身に受け持っていたからこそ岬は影響を受けずにいたのだ。

 これが初めてというのも頷ける。


 まだイリスと菖蒲が守っているからこそ、円が間に入って魔獣の標的になって守ってくれているからこそ足が震えるだけで済んでいるが、おそらく一人で相対していれば尻餅をついて失禁ものであろう。


「GruaaaaAAA!」


 だが、魔獣は岬の心が落ち着くまで待ってくれない。

 寧ろ怯んだ瞬間が好機とばかりに、一番の弱者である岬めがけて攻撃してくる。


「させないっ!」


 直線で攻めてくる魔獣を相手に腰を落として踏ん張る体勢を整えた円が阻む。

 魔獣が岬を襲うには間にいる円を、そして愛成という壁を乗り越えるか、迂回するしかない。

 もっとも、それらを乗り越えてもまだ岬にはイリスと菖蒲という強力なパートナーがいるのだが、魔獣はそれすらお構いなしに速度をあげて突っ込んでくる。


 円もその加速は予想外であったらしく、やばいと直感する。

 魔獣の大きさは凡そ二メートルを少し超える程度。だが、その重さは五百キロほどもあり、かなりの密度があるであろうと予想ができる。

 それが最初に突っ込んできた時の速度を大幅に上回る速度で突っ込んでくる。

 言うなれば一点の衝撃においては高速道路を走っている大型トラックが突っ込んでくるようなものだ。


 いくら魔法を習得しているとはいえ、到底人一人が耐え切れるものではない。

 死にはしないだろうが、踏ん張ることができずに吹っ飛ばされることは目に見えている。


 円が相手を見誤ったとも言える状況ではあるが、少なくともこの魔獣は手練である愛成ですら実力をすぐに計れなかった存在だ。

 彼女が見抜けないのも致し方のないことではある。


 もっとも、しょうがないと言えるのは生き残ってからである。

 このままでは円はよくて大怪我、悪くて死という未来しか見えない。


「僕達も手を貸すよ」

「いっけぇぇぇえええ!」


 それを二人も感じ取ったのか、イリスと菖蒲は岬の守りに回している分を円に回す。

 菖蒲は円と愛成の周囲に透明な氷の壁を出現させ、イリスは周囲に漂わせていた水球を高速で魔獣めがけて射出する。


 魔獣はイリスの水球を悠々と回避する。

 だが、イリスの目的はそこである。


 愛成が時間を稼げば倒せるというのならその時間を稼ぐまで。最低でも円が耐えれる威力にまで落とせればいいのだ。

 そしてそれは魔獣が回避したことで多少なりとも勢いが落ち、さらに菖蒲の防御によって減衰することで達成される。


 最初の言いつけであった岬の防御を薄くした二人の行動を円は一瞬咎めるような視線を送ってしまうが、それでも結果的に助けられたことには変わりない。

 円の中に大見得切って守られたのではかっこがつかないという思いもある。

 だが、それは自分の鍛錬がまだまだだということ。ならばと今はお膳立てされた防衛を行うことに集中した。


 同時に氷が砕ける音がして円の盾と盾を持つ腕に衝撃が走る。


「ぐぅっ……」


 いくら威力を落としたとしても未だ相当な威力を持つ突進に円は顔を顰めさせる。

 だが、当初の想定内にまで威力を落とされているのだ。

 任せろといったのならこの程度防がなくてどうする。


 そう自分に言い聞かせて円は叫ぶ。


「限定活性!」


 瞬間、そのまま後ろへ押し込まれるかと思われた円の身体が止まり、魔獣の突進を完全に受け止めていた。


 神聖魔法は身体に作用させて治癒させる魔法。後に反動が返ってくるリスクがあるが、身体能力の活性化も当然ながら出来る。

 円が使った『限定活性』は瞬間的に身体全体の膂力を上げることでその反動を抑えた魔法技術である。


 つまり、円は攻撃を受け止めた一瞬のみ受け止め切れるだけの力を得たということだ。


 とはいえ活性化による膂力の強化と言っても土台がないと上がり幅が少ない。

 所謂火事場の馬鹿力という表現がしっくり来るものであり、さらに『限定活性』は一瞬しか効力がない。


 次の瞬間には円は容易く吹き飛ばされるであろう。


 だが、円が吹き飛ばされる前に愛成の魔法が間に合った。


「来て! キャス!」

「だ~か~らっ! 略すなっ!」


 愛成が唱えきると同時にその言葉に反論する女性の声と共に真っ黒な豹が飛び出し魔獣を吹き飛ばす。

 真横から相当な膂力で突撃されたこともあって、魔獣は鉄製の柱になすすべなく飛ばされた。


 その光景に岬が唖然としていると、黒豹は愛成の方を向いて吠える。


「いつもいつも相も変わらずわしの名を略しおって! 愛成は本当に儂を使いこなす気はあるのかっ!」

「説教は後でお願い~」

「わかっておるわ。そこの女子おなご共! 浄化系統で全力の防御をせよ」

「げっ……キャスってキャスパリーグなの!?」

「これは一大事……イリス任せた」

「というか私と円ちゃんしか防御できないからぁ!」


 愛成のお願いに黒豹キャスパリーグは当然のように答えてイリスと菖蒲に忠告してくる。

 そして彼女言葉から黒豹の本名を察したイリスはまるで漫才の如くわたわたしながらも水の幕を円と愛成を巻き込んで張る。


 その内側では円が神聖魔法による防御を張っていた。


「災い宿りし雷を受けるがよい!」


 二者による二重の防壁に満足したキャスパリーグは牙をむき出しにして魔獣に向き直りひと吠え。

 すると彼女を中心にして黒い雷が鳴り響きながら広がり始めた。


 その雷は金属に当たっても電気的な反応をしないことから、雷に似せた何かだと岬は感じた。


 そして、広がり続けた雷が魔獣をも巻き込んで周囲一帯を覆った時。この魔獣討伐は終了した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ