第十八話:見つかる目標
魔術というのは体内にあるマナを貯蔵する器官からマナを取り出して使う術のことだ。
得手不得手こそあれど、やろうと思えば普通の人間でも全て習得出来る魔法とは違い、己にあった能力しか使えないという欠点を持つ。
その代わりに魔法のように準備の必要がないことや、自身へその能力特有の強化を施すことが可能といったメリットを持つ術である。
マナを貯蔵する器官を必要とすることから向こう側の世界の住人しか使えないが、将来的に互いの世界が融合して年月が経てば遺伝などで誰もが持つ器官となり一般的な技術となるであろう。
『外部の力を変換して使う魔法』と『内部の力を増幅して使う魔術』
この二つの技術が未来の世界でどのように差別化されているかは、誰にも予測不可能である。
これは岬が後々に読んだ魔法と魔術に関する資料に書かれていたものである。
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「私以外を狙ってる暇、あると思わないでよねぇ」
そう言って駆け出した愛成を岬は目で追う。
速度はさすが獣人というべきか、人間を遥かに上回る速度を持っており、アスリートが全速力で走る速度を超える速度が出ていることは短距離でも速度計で見ずとも直感でわかる。
が、先ほどの魔獣の動きと比べるとさほど早いというわけではない。
当然魔獣も余裕をもって愛成に対応するように動こうとする。
魔獣の対応を見て、一人では無理だと思った次の瞬間、岬は愛成を見失った。
「へ?」
間抜けな声を上げながら岬は愛成を探す。
突然目の前から姿を消した愛成。見渡したところでその姿を見ることはできない。
「Gugyaaaaaa!」
だが、すぐに上がった魔獣の咆哮に視線を向けると、そこには掌底を魔獣の脇腹に叩きつけている愛成の姿があった。
その姿が現れたのは一瞬。すぐさま愛成の姿は煙のように消えてしまった。
再び岬は愛成の姿を探すが、その必要もなく先ほどとは反対側に愛成は姿を現す。
「はぁっ!」
そして先ほどと同様に掌底を魔獣へ叩きつけた。
一瞬の発光現象と何かが弾ける音と共に。
「GUgya!」
痛みによる声をあげながら魔獣は攻撃してきた愛成へ向けてその豪腕を振るう。
苦し紛れに振ったとも言える動きであるが、低い唸り声を響かせていることからその威力はうかがい知れる。
しかし、それも当たればの話である。
魔獣が腕を振るう頃には既にその場に愛成はおらず、岬が瞬きしている間に元の位置へと戻っていた。
瞬間移動かと思われる動きに岬は目をぱちくりとさせて呆然とする。
そんな岬とは対象的に円はいたって平然としていた。
「あの子使う?」
「う~ん……。雷陣と精霊魔法だけで倒したいからまだ様子見かな」
円の問いかけに魔獣から目を一切離さず答えた愛成は再びその場から消える。
次の瞬間に現れたのは魔獣の正面。
鳩尾あたりに掌底を二発叩き込むと同時に身体がぶれて今度はかかと落としをしたような格好へとなっていた。
そして豪腕が振るわれると同時に再び消えると今度はガラ空きとなった脇へと入り込み、再び掌底の一撃を入れる。
すごいと岬は素直に思う。
愛成の言葉から魔術か魔法のどちらかでスピードをあげて相手を翻弄し、そしてもう片方で雷を発生させて攻撃していることが伺える。
おそらく雷陣というのが愛成の使っている魔術で攻撃に、精霊魔法を身体能力の強化に使っているのだろうと岬は予想した。
実際愛成はその二つを使いこなしている。
ただし、岬の予想とは逆の内容ではあるのだが。
自身の強化に使っているのは雷の魔術である雷陣。
そして魔獣を攻撃する為に使っているのは雷属性の精霊魔法。
その二つの雷を使いこなし、猫の獣人特有であろう俊敏さをもって魔獣を翻弄しており、一切の有効な反撃を許しておらず、こちらへ一切の意識が向かないようにしているのだ。
詳しいことは未だわからない岬ですら、一度の経験で一つの魔法を行使するのにそれなりに集中力を要することは知っている。
岬より先輩で魔法に慣れ親しんでいるとはいえ、それなりに集中力を要する力の行使を二つ同時に行い、さらに魔獣への対応を完璧にこなしていることから、素人目にも彼女が並々ならぬ魔法使いということはわかる。
(かっこいいな)
心の中で浮かんだ感情は憧れだった。
イリスと菖蒲がいたことで小さい頃から比較的大人びていた岬ではあるが、魔法というものに憧れなかったわけではない。
寧ろイリスと菖蒲という存在がいたことで憧れはより強いものであった。
もっとも、それは年齢を重ねるごとに魔法というのは常識の埒外のものであると、自分が異端であると認識させられ続けたことで、心のうちに秘めるものへとなったのだが。
そんな岬がひょんなことからとはいえ魔法を学ぶ機会を得て喜ばなかったわけがない。
魔法使いとなる決心をさせた「イリスと菖蒲のため」というのも本心であるのだが、その根底には魔法に憧れていたという理由もあるのは、岬自身気づいてはいないが事実である。
だからこそ岬は魔法を使いこなして戦う愛成の事を純粋にかっこいいと思った。
このような魔法使いになりたい。
同い年ではあるが異性である庚輔と違い、同性だからこそ憧憬の念をより抱きやすいからなのか、岬は比較的素直に愛成の姿に憧れを抱き、そして今の愛成の姿を到達点とした一つの目標となった。
だが。
「ギア、上げるよ~」
岬が憧れ、目標とする愛成の到達点はまだ先にあった。
彼女がギアを上げるの一言を告げた瞬間。岬はもはや何が起こっているかわからなくなる。
先ほどまでは愛成が攻撃する際には一瞬止まるため姿が見えており、愛成が何をやっているかはっきりと視認できていた。
しかし今はそれすらできなくなっている。
もはや次元が違うとでもいえばいいほどの光景に、岬がはっきりと見れるのは通り過ぎざまに攻撃している証拠である雷の発光現象のみ。
よくよく目を凝らせばうっすらと残像が見えるが、岬には愛成の姿を確認することができなくなっていた。
四方八方から攻撃されその場に固定され翻弄され続ける魔獣と、攻撃の証拠である雷のスパーク、そしてうっすらとした残像しか見えなくなった愛成。
岬には魔獣と愛成の戦闘が、魔獣の一人ダンスに見えていた。
俯瞰して見れている岬ですらそうなのだ。その中心に立たされている魔獣にとってはたまったものではない。
姿も見えず、攻撃も当たらず、その場から逃げることすら許されず、決して軽いとも言い切れない攻撃を何度もその身に受け続けるしかできない魔獣。
討伐というより蹂躙劇といった方がしっくりくると岬は思う。
無論岬も魔獣退治が余裕のあるものだとは思っておらず、愛成と魔獣の間にある能力差がそうさせているのだと理解している。
だからこそただ護られている立場の人間でもしっかりとした緊張感を持っているし、もし防御が破られたら己の身体能力で最低限一撃は回避しなければならないため、イリスと菖蒲の防御の状態にも気を配っている。
それでも、警戒や緊張感を無意味であるとまでは言わないものの、このまま攻め続ければ数分もしないうちに倒すことが出来ると岬には思えてならないことも事実である。
おそらく岬と同じ立場の人間なら誰もが思うことであろう。
だが、その光景に唯一人円は顔を顰めていた。
「ちょっと面倒ね……」
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円の感じている嫌な予感は当然ながら直接戦っている愛成も感じていた。
(おかしいな~……攻撃が通りきってる感じしないんだよね~)
不信感を含めた表情をしながら愛成は何度目かになる攻撃を魔獣に加える。
それは先ほどの光景の焼き増しで、魔獣はただ仰け反るだけ。
愛成の感想通り攻撃が通りきっている様子はない。
いくら愛成が攻撃の重さよりスピードに重きを置いているとはいえ、秒間五発にも及ぶ雷撃を纏った攻撃を食らっていればダメージの蓄積でそれなりに効いてくるはずである。
だが、未だに魔獣が倒れる様子を見せない。
体毛が邪魔をして雷撃の通りが悪いのだろうと予想して今は体毛の薄い部分を中心に攻撃しているが、多少受けるダメージが増えた程度にしかなっていない。
当然愛成も急所へと狙いを定めて、時折針の投擲や直接攻撃に踏み込んではいるが、本能的にか強固な防御を常にされてダメージは一切ない。
さすが上位ランクの魔獣だと言いたくなる耐久力である。
だからこそ愛成は急所以外を狙って削り取る行動に出ていた。
しかし、このまま攻め続けていればいずれ倒せるのだとしても、その前に愛成が貯蔵しているマナか愛成の体力と集中力の方が先に尽きる。
(面倒だなぁ~……最低限ナイフがあればいいんだけど)
顔を顰めながらないものねだりをする愛成。
ナイフがあれば切りつけることで血を流させて体力を奪うことや、突き刺して内側に雷を流し込むこともでき、戦い方の幅が広がる。
だが、いくら魔法使いとはいえ所詮は一般市民。銃刀法を違反するようなことはできるはずもなく、魔獣を倒さなければならないという正当な理由があろうと世間的に認知されていない為、所持することはできない。
(はてさて、どうしたものかな~)
どうしたものかと言いながら、愛成の中には一つだけ手段を持っている。
しかし、それは愛成がなるべく使いたくない手ではあった。
特に岬のような魔法使いに成り立てで自衛の手段の少ない素人がいる場合などは絶対に使いたくない手である。
だから他の手段を模索しているのだが、いかんせん現在の戦力で出来る手は限られている。
魔法使いとしては優秀ではあるが、メインの魔法系統が神聖魔法で、仲間のサポートがメインとなる円。
幻夢魔法を使って周囲への配慮や情報関係で主に活動している翔平。
通常ならこの二人からのサポートを得ながら愛成一人で事足りるのだが、今回ばかりは少し手が欲しい。
しかし、こちらへ来る際にはそれなりに時間が掛かったことから、仲間の応援が来るまでには相応の時間がかかる。
ここは愛成でカタをつけるか、時間を稼ぐしかないのだ。
その間に魔獣が愛成の戦い方に慣れて対応しないとも限らず、さらに魔獣が予想外の行動をしないとも限らない。
全体の安全を考えるなら比較的早期に片付けるのが理想である。
なのに今の愛成にはその手立てがない。
考えれば考えるほど自分の取れる選択肢は多くはないと愛成は認識せざるを得なかった。