第十一話:召喚魔法とは
ようやく召喚魔法を岬が学びます。
ですが……。
岬の答えに満足げな笑みを浮かべた庚輔は岬を連れ立って中庭の中央に立つ。
庚輔に促されるままついてきた岬は何をするのだろうかと首を傾げていると、庚輔は岬の方を振り返って口を開いた。
「さて、これから岬さんには召喚魔法というのを覚えてもらう訳だけど。召喚魔法というのはどういったものか改めて説明するぞ」
「よろしくお願いします」
本格的に魔法を覚える段階となったことで、同い年ではあるが魔法使いとしては先輩で、更に師匠のような立場にいる庚輔に岬は頭を下げる。
その殊勝な態度に庚輔は面食らいながらも頷く。
岬くらいの年頃の人間は気難しく、下手に常識や知識を知っているだけに無駄なプライドがありめんどくさい。
特に同い年の人間に教えを請うために頭を下げるなど、なかなかできるようなことではない。
それだけ岬が真面目かつ真摯な人間だということの証明でもあった。
逆に庚輔の立場だと通常なら優位性アピールを行っているだろう。
庚輔は戦いに身を置き、何度も打ちのめされた経験があるからこそこうして教える立場になっても驕ることなく岬にそのようなことをする様子はない。
二人のそういった精神性が今のようにまるで師弟関係を築いているように見せていた。
「先の説明にあった通り召喚魔法は人間とは違った存在、俺達魔法使いが幻獣と呼ぶ別次元の存在を呼び出して契約、そして契約した幻獣を使役する魔法のことだ。そのプロセスは単純。マナを《媒体》に注ぎ、契約した幻獣の名前を唱えるすることで《媒体》を核に幻獣を召喚する。これだけだ。では、ここで問題。今のプロセスを今の岬さんが実行するにあたって必要な事項は?」
「…………まず大前提としてマナと呼ばれるエネルギーの操作方法の会得。次に《媒体》の用意。幻獣がパートナーという言葉から推察するに多分素養が必要のようだけれど、私は既に二人の幻獣を不完全ながら召喚しているから関係ない。となると二人との完全な契約。この三つといったところかしら?」
「概ね正解だ」
数秒考えて出した岬の回答は庚輔を始めとした魔法使いの回答なら六十点くらいだったが、別に悪い方向で間違っているわけでもなく、更に教えられたことより一歩先の推測をしてみせた。
少なくとも数分前に魔法を学び始めた人間の回答としては満点を与えても問題ない。
無論、補足することは忘れない。
「補足すると、現状だとマナの操作方法については後回しでもいい」
「え? でもマナを使えないと魔法を発動できないんじゃ」
「これは裏ワザになるんだが、その説明も踏まえて契約について説明しよう」
そう言って庚輔は三度目となる《媒体》を取り出す。
今回はそれだけでなく、服の胸ポケットから荒削りな貫入水晶が先端についたペンデュラムを取り出した。
シルバーの装飾品によって敢えて荒削りにしているとも見えるそのデザインに素人目ながらも、相当な腕前で作られたことがわかる。
そしてこのタイミングで出されたことと、他の《媒体》と比べてかなり凝った作りをしていることから、これが庚輔の本当の《媒体》だということが予想できた。
「さて、これから契約について話すわけだが。契約には二種類存在する。一つは召喚魔法の基礎通りに《媒体》を通してマナを支払い一時的に力を借りる《通常契約》、もう一つは魂に宿して己と同化させることで部分的な運命共同体となる《魂魄契約》だ」
「《通常契約》と《魂魄契約》」
「そうだ。《通常契約》は幻獣の能力が一部制限され、呼び出せる幻獣のランク上限が決まっている。その代わりに《媒体》を消耗することを代償として幻獣がやられることで死ぬことも、術者へのフィードバックもなければ、《媒体》とマナ、そして精神力があれば何度も幾らでも呼び出せる契約だ。簡単に言えば質より量といったところだろう。主に俺のハティのような質より数を優先する幻獣と契約する際に使われる契約だ」
「じゃあ《魂魄契約》ってその逆で質を優先ってことでいいのかしら?」
「ああ。《魂魄契約》は幻獣の能力を全開放でき、呼び出せる幻獣のランク上限は術者の資質に寄るが基本決まっていない。その上《媒体》を消耗せず、いつか教えることになる一流の召喚術士が使う能力も使える。俺がフェンリルと交わしている契約はこっちだな。その代わりに同一個体は存在しないため、《魂魄契約》をしている幻獣一体につき、一体しか召喚できないし、基本的に二重契約を幻獣は嫌うため一体しか契約できない。おまけに幻獣の能力はさっきも言ったとおり術者の資質に大きく左右されるし、更には幻獣のダメージの一部が術者へフィードバックし、更に幻獣が殺られれば本当に幻獣が死ぬ。《通常契約》が分身を必要に応じて召喚しているとするなら、《魂魄契約》は《媒体》を要石にして本体を魂に宿らせているということだ。《媒体》を消耗しない理由もそこにある」
庚輔があげるそれぞれのメリットとデメリットを岬は頭で整理する。
こうして整理してみるとどうしても岬の中で《魂魄契約》のデメリットが大きすぎるという結論に至る。
《通常契約》は質より量のローリスクローリターン。《魂魄契約》は量より質のハイリスクハイリターン。
庚輔が語っているのはこういうことだとは岬も頭では理解できているし、強くなっていくなら庚輔のように両方選択して適宜使い分ければいいことも理解している。
おそらくほとんどの召喚術士がこういう選択をしているのだろうし、自分もそういう習得の仕方をするだろうことは簡単に予想ができる。
しかし岬は魔法を習い始めた素人で、実際この目で戦いを見ているわけでもない。
そんな彼女が《通常契約》と《魂魄契約》の能力差を語られても理解しきれないのは致し方のないことではあった。
「これはもう経験だから追々理解していけばいい。今重要なのは岬さんがどちらの契約をするかということだ」
「そうね。でもどちらがいいかって聞かれても困るわよ?」
「当然だ。というより現状岬さんは《魂魄契約》しか選択肢はない」
「え?」
選択肢があると見せかけて実は無いと言われた岬は呆気にとられたように庚輔を見る。
が、庚輔は苦笑を浮かべながら肩を竦める。
まるで少し悔しいとでも言いたげな表情だ。
「理由は幾つかあるが、主に理論的な意味で二つ、魔法習得という意味で一つだな。まず理由一つ目、人型の幻獣は総じてランクが高いんだ。マーメイドと雪女となると十段階評価でランク七くらいのランクだな。ちなみに《通常契約》はランク五までしか契約できないし、《魂魄契約》している幻獣のほとんどはランク六だ」
「え、そんなに?」
説明にあった高ランク幻獣であると言われて、岬は反射的に視界の隅にちょくちょく入ってきていたイリスと菖蒲に視線を向ける。
岬からの視線を受けた二人は苦笑を浮かべながら目線を斜め上にあげる。
その様子から自分達が高ランクの存在だという自覚はあったようだ。
(この二人がねぇ……)
庚輔からの説明と二人の様子から事実だということはわかるのだが、長年連れ立っていたことで二人の性格やらなんやらを知っているだけにそうは思えず、懐疑的な視線を向けてしまうのは当然だろう。
もっとも、その是非を問うても意味のないことは岬にもわかっている。
「そういえばフェンリルさんってランクはどのくらいなの?」
「現状は八だな。一応神話にも名を連ねるほどではあるから……っとこの話はまた今度だ。理由二つ目いいか?」
「ええ」
「じゃあ話すが、既に岬さんは《魂魄契約》を不完全ながらなも結んでいるからだ」
「なるほど……」
二つ目に語られた理由には岬も理解を示す。
不完全な契約を結んだという事実と先ほどの契約の説明で、なんとなく自分でもそんな気はしていたからだ。
中途半端だからこそ契約破棄も容易いのだろうが、このまま契約させてしまった方が早い。
もっとも、それには不完全である理由の解明が必須なのだが、庚輔には既に理由とその解決策が見えていた。
まだ魔法を使いません。