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クロスオーバー・オールディネ  作者: 花粉症
少女と少年の出会い
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第一話:夜光に煌く銀狼

 太陽が沈み月夜が世界を包み込む。作られる暗闇は全てを惑わし全てを隠す。

 昔から続く繰り返し。巡るめく天体の営みの一つ。


 しかし街灯がどこにも置かれるようになり、深い夜でも街明かりが煌く今の現代社会では完全な暗闇が存在しない。とはいえそんな社会になろうとも太陽の光が存在しないこの時間帯は昔と変わらず別世界と言えるであろう。


 暗闇の中では常識は逆転し、引きずられるように社会も変化する。

 表から裏へ。光から闇へ。

 科学という技術を中心に動く社会から魔法という技術を中心に動く社会へと。


 そんな闇夜に包まれた住宅街を、一人の少年がゆっくりと歩いていた。

 後頭部で一房だけ肩甲骨の下あたりまで長くして細く結ばれた茶髪。そして鋭い眼光を持ちながらも年相応にあどけなさも残る瞳は黒茶。そこへ黒に近い紺のライダースーツにレザーパンツとダークグリーンのインナーといった組み合わせの容姿だけを見れば思春期らしくいきがっている学生に見えなくもないだろう。


 もっとも、少年からしてみればそのようなことはどうでもよく、この服に少年の求める機能性がありさえすればそれでいいのだが。


「さて、そろそろ現場か」


 不意に立ち止まった少年はそう呟くとポケットから携帯を取り出すとどこかへかける。


「はいは~い、かけてきたってことは現場に着いた?」


 数コールで繋がった向こう側から少女の快活な声が聞こえてくる。聴き慣れた元気印そのものとも言える声に少年は思わず口角を上げる。


「ああ、そっちはどうだ?」

「こっちは準備万端だって。いつでも行動開始していいみたいだよ」

「了解。行動を開始する。バックアップは任せたぞ?」

「任された!」


 程々にやり取りを終えて携帯をしまった少年は懐からビー玉に似た青い玉の《媒体》を三つ取り出して無造作に放り投げた。


「召喚、ハティ」


 街灯の光に照らされながら宙を舞う玉は、少年の言葉をトリガーとして周囲に漂う自然エネルギー《マナ》を吸収しながら玉と同じ色のモヤを浮かび上がらせると地面に落ちる直前に黒いドーベルマンとなった。


「散会して周囲を索敵。俺以外の魔法使いを探し出せ」


 《媒体》から召喚されたハティは主人である少年の命令に従ってそれぞれ別方向に向けてまるで消えたかのような速度で走り出す。

 ハティが動き出すと同時に少年は地面に手をついて一言唱える。


「我が契約に従い姿を現せ。こい、フェンリル」


 その言葉に応えるように先ほど同様マナが消費されることで地面に蒼色に発光する幾何学模様が描かれ、少年の側に蒼銀色の毛並みを持つ狼が出現した。

 現れたフェンリルという名の狼は澄んだ声音で少年に声をかける。


「お待たせしましたマスター」

「状況は理解できているな?」

「はい。任務は外道魔法使い劉禅丈実(りゅうぜん たけみ)の確保。現状ハティ三匹による索敵を実行中。これでよろしいでしょうか?」


 少年の問いかけにスラスラと答えるフェンリル。

 その答えに満足げに少年は頷いたところでちょうどハティと名付けられた三匹のドーベルマンの一体であるハティBから「標的を発見した」という意味の意識が送られてくる。


「思ったより早いがいいタイミングだったようだ。行くぞフェンリル」

「はい!」


 少年の言葉に闘気を乗せて答えるとフェンリルは車のように大きくなる。その変化を見守った後に少年は狼に騎乗した。

 同時に別方向に向かっていたハティAとCにBの援護へ向かうように命令する。

 ハティは索敵及び追跡用の召喚獣だ。前情報から推定される実力を鑑みるに、一匹では見つかることはないだろうが万が一ということもある。そうなった場合容易く強制送還され、他のハティをバラバラに配置していては見失う可能性の方が高い。

 それなら集結させて牧羊犬の如く追い立てる方が効率はいい。


 動き出すフェンリルの上でバランスを取りながら少年はハティ達へそのように命令する。


「フェンリル、ハティが追い立てる。いつも通りやるぞ」

「分かりましたマスター」


 答えたフェンリルは騎乗状態で可能な最高速で跳躍する。

 その速度は普通の人間なら恐怖を覚えフェンリルから落ちるほどのものであるのだが、さすがに少年は慣れたもので、涼しい顔をしてフェンリルの背から周囲に視線を巡らせている。

 ハティへ命令した時に軽く同調したため大まかな位置はわかっているが、それより先は夜目が利くという前提条件があるとは言え人の目による捜査の方が上回っている。


 フェンリルの鼻を使うという手もあるのだが、今回は対象の匂いを前もって用意することができなかった。だから今はフェンリルが完全な機動力となって少年の視界による捜索を行っていた。

 本来ならこの程度で見つかるようなことはないのだが、今は少年が対象を追い立てている状況だ。発見にさほど時間をかけることはなかった。


「見つけた。八時の方角。距離一歩」

「了解!」


 少年の発見の報告と共にフェンリルは後ろ足で空中を蹴って指示された場所めがけて飛ぶ。そしてフェンリルが前足を地面に付く――それこそ一歩前に進んだかのように着地すると、目の前にフードを被ってハティに追い立てられていた男がいた。


「鬼ごっこはここまでだ」

「ちっ!」


 姿を見せると同時に少年は声を荒げ、男は少年が現れたことに舌打ちをする。

 ハティが現れてから追い立てられているとは思っていたがこうも早いとは思ってもみなかったのだろう。

 その表情には驚愕と焦燥がありありと浮かんでいた。

 そんな男に向けて少年は名乗る。


「バランサーコミュニティ夜天の灯台所属の西灘庚輔(にしなだ こうすけ)だ。魔法使いの規則の下に劉禅丈実、お前を拘束し、ジャッジに引き渡す」

「このクソガキ……」

「言っておくが、これは最終警告だ。天秤が出張ってくる意味、お前がわからないはずがあるまい? おとなしく魔封じの拘束を受けろ」


 年下に命令されていることが気に食わないのか、食ってかかろうとする劉禅の言葉を遮って庚輔は警告を続ける。

 無論、彼にもこの警告が無意味なことはわかっている。相手は魔法使いの規則の中でも最も重要視されている一般人への魔法による危害を加えるといった行為を幾度も繰り返している。

 今更警告程度で言うことをきくような人間ならそもそもバランサーコミュニティに所属している庚輔が出張るような事態にはなっていない。


「ほざけ!」


 例に漏れず劉禅は抵抗を示すように庚輔目掛けて炎を放った。

 庚輔が警告している間に集中していたのだろう。その火力は速射で放ってきたにしては威力が高い。それこそ一般家庭のリビング程度なら吹き飛ばせる程度にはある。


 その魔法の威力には庚輔も舌打ちをする。前例通りで分かりやすい行動を劉禅がしたとはいえ、いくらなんでも住宅街で放つにしては威力がありすぎた。

 これがどこかの家にでも直撃すれば隠蔽はよりめんどくさくなる。具体的には隠蔽工作をする人に無駄な苦労を強いることになるし、その人から苦情という名のお小言が庚輔に飛んでくる。


 さすがに好き好んで自分が苦労する趣味を庚輔は持ち合わせていない。

 この時点で避けるという選択肢は庚輔の中から消えた。


「フェンリル」


 呆れたとでもいうかのような一言。それだけの言葉に庚輔を乗せたフェンリルが吠えた。

 瞬間、庚輔の前に青白く発光するマナ障壁が展開され、炎を受け止める。

 自慢の一撃だったのだろう。炎が壁に阻まれたことに劉禅は瞠目するが、広がった炎を目くらましにすぐさま踵を返して庚輔とは反対方向に駆け出した。

 無論庚輔も劉禅がそういった行動に出ることは予測済みである。


「ハティ!」


 庚輔に呼ばれ控えていたハティBとハティCが進路を塞ぐように劉禅の前に躍り出る。

 いきなり現れた二匹のドーベルマンに劉禅は反射的に急制動をかけてしまう。

 元々この二匹に追われていた為、存在は認識していたが、いきなり足元に現れられれば誰もが一瞬止まろうとしてしまうだろう。


 当然その一瞬は戦いにおいて致命的な一瞬だ。


 そのような隙を庚輔が逃すようなことなどなく、いつの間にフェンリルから降りていたのか、劉禅が気づいた時には既に懐に潜り込んで手甲を装備した拳を構えていた。


「この……」

「遅い!」


 払いのけようとする劉禅の腕を庚輔は左手で暖簾をくぐるように打ち払うと、そのまま右腕を劉禅のガードが開けた脇腹に叩き込んだ。


「かはっ……」


 綺麗に決まった一撃は劉禅の身体を軽く浮かす。

 それほどの威力を持った拳、それも金属部分のある一撃が身体に与えるダメージがどれほどのものか想像に難くないだろう。

 一般人ならもう既に意識を失っているはずだ。


 だが、庚輔と同様に劉禅も一般人ではなく魔法使い。

 これだけで戦闘不能になるほど柔な鍛え方はしていない。


「まだだ……!」


 一瞬の内に気力を取り戻した劉禅は庚輔を睨みながら反撃をしようとする。

 もっとも。


「いえ、これで終わりです」

「うごぉ!」


 それは相手が一人だけの場合のみ許された行為ではあるのだが。


 反撃する間もなく地面に叩きつけられた劉禅からしてみれば一体何がと言いたいだろう。

 だが、答えは至極簡単なもので、炎を防ぎ切ったフェンリルがその前足で劉禅を叩きつけただけである。

 そして絶妙な力加減で劉禅が集中を乱して魔法を使えない程度にダメージを与えていた。


 明らかに詰といった状況だった。

 

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