006 お出かけ
ルシィは元気になってから、毎日外で遊ぶようになった。
最初のうちはお母さんもルシィのことが心配だったから、お兄ちゃんと3人いつも一緒だった。
でも1週間もすると、本当にすっかり元気になった事に安心したのかな、お兄ちゃんと2人で出かけることになった。
「こんにちは。ルシィちゃん。寒いのに今日もお散歩かい?」
「こんにちは、エマおばさん! 今日はバミィ川まで行ってみるの!」
「そうかい。気をつけるんだよ」
「はあい」
すっかり冬になっていて、寒い日なんだ。
気温は分からないけど、お昼ごはんを食べた後の今でも、10℃くらいじゃないかな。
でも元気になったルシィは好奇心いっぱい。
毛皮の帽子に耳あて。3枚重ねで着込んだスパッツにグレーのロングスカートワンピース。
その懐の小さなポケットに俺(鉛筆)。その上から首元と袖口に毛皮の付いた白のポンチョと、両手には同じ色のミトン。
ルシィは何を着ても可愛いんだよなあ。
ちなみにその1。
エマおばさんってのはタラバルトン一家のお隣さんで、エマ=ブランシャールって50歳くらいの人。
けっこう神経質な性格っぽくて街路樹の落ち葉が気になるからって晴れた温かい日はよく外で箒をはいている。
おしゃべり好きみたいだから、話し相手を探しているのかも。
ちなみにその2。
今はいわゆる年越しウィーク。
3週間くらい学校はお休みなんだって。
帝国と共和国の戦争も年越しウィークだけは休戦するらしい。
つい昨日、このダントンにも沢山の大人たちが帰ってきてすごい賑わいになっていた。
ちなみにその3。
ルシィはいつも鉛筆(俺)と日記を持ち歩くようになった。
まあ、俺が一緒に行きたいとか、万が一のことがあると危ないからって、言って聞かせたんだけどね。
ルシィもそれにうなずいたから、ルシィの住む街、ダントンではルシィのことは評判になったよ。
「セブロン君、可愛い文筆家さんから目を離しちゃダメよ」
「はーい! ルシィ! あんまり走ると転ぶよ!」
「……きゃっ」
ほら。お兄ちゃんの言うとおりだよ。
石畳の道は凸凹があるからね、油断すると躓いちゃうんだ。
『大丈夫? 痛くない?』
「うん。へいき」
ルシィは8才にしては結構大人びていて、強い子だと思う。
ただ、これまでずっと家の中で過ごしていたせいもあるのかな。
膝が痛いことよりも、今はとにかく外のことが楽しくて、何でも気になって仕方がないみたい。
ぴょんぴょんって跳ねるように走るルシィは本当に可愛い。
それを優しく見守るセブロン君、懐から見守る俺。
うん。だいぶ謎の構図だな。
この日の散歩の目的地はバミィ川っていう、家から東へ20分くら歩いた場所にある結構、広い川。
この川、かなり流れが穏やかみたい。
流れが穏やかってことはすごく川底が深いってこと。
でかける前にお母さんが難しい顔をしていて言ってたよね。
『絶対に土手から降りちゃダメだよ』
「わかってるよお」
『お兄ちゃんの手を離さないこと』
「うん」
街を抜けて、畑のあぜ道を抜けて、川の土手のジグザグ階段を登ると、視界が広がった。
川幅はどれくらいかなあ。100メートル以上はあるかな?
川の両側は2メートル以上も高さがある土手で挟まれているから、雨がいっぱい降ると洪水とか起きるのかも。
「すごおい! 川ってこんなのなんだね! 絵本と全然違う!」
ルシィは絵本以外では初めて川を見たらしい。
いつも何気なく見ている川も、8才で初めてみると、こんなにまで新鮮に感動できるんだ。
「ねえねえ、お兄ちゃん! あの森はなあに?」
「あれはブアンドロセリの森って言うんだよ」
そう言って指差したのは、川の向こうにある黒々とした森。
冬なのに葉っぱがついてるから、常緑樹の森だ。
「ブアンドロセリ?」
「うん」
「あそこには妖精が住んでるってみんなが言ってたよ」
「妖精さん!?」
今まで見たこともないくらい、目がキラキラと輝いている。
妖精さん、見たいのかな?
「あの森には妖精さんがいるの?」
「あくまでもウワサだよ。だれも見たことがないんだ」
「えー。そうなんだー」
ちょっと口をとがらせるルシィも可愛い。
「お兄ちゃん! 今度はあの森に行ってみたい!」
「えっ。結構遠いよ。あの森に行きたかったら、あっちにある……。ホラ、あの橋を渡らなくちゃいけないんだ」
セブロン君が指差しているのは川沿いから遠くに離れた所にある結構大きな3連太鼓橋。
橋を渡ってぐるっと回らなくちゃいけないから、8才の女の子なら1時間以上はかかっちゃうんじゃない?
それは大変すぎるよ。
「そっかあ。うーん……」
『仕方ないね、無理はよくないよ』
「うん……」
外で遊ぶのが楽しいからと言っても、さすがにルシィも遠すぎるのは困ったみたい。
ちょっと残念。