第6話 陥落
飛び散る血が打ち鳴らされる武器と武器の鍔迫り合いが、焼き焦げる肉の臭いその全てがシキの五感に働きかける。
(ミルは終ったみたいだな、全く派手にやりやがって。)
軍勢の中心、白い龍に乗ったシキが戦場を見渡す。側にはバトが控えており戦況を伝えていた。
「バト。」
「は、現在戦況はこちらが優位損害も複数の軽傷者がいるだけで死者は零にございます。」
「じゃあそろそろ終いにしようか。」
戦場全体を把握しているシキ、眠くなってきたのか戦闘開始前のカリスマ的雰囲気は鳴りを潜めていた。眉間には皺が寄り、やさぐれている感じが強く出てきている。
「シキ様、せめて戦闘が終るまでなんとかなりませんか?」
呆れた表情でシキを見るバト。領主としてのカリスマを発揮している状態で人前で、いて欲しいとバトは常々口にして来たがシキがそれを聞き入れた事は無かった。
「あー無理無理。何か勘違いしてるけど俺が元々居た所に街が出来て何時の間にか都市に成っていて何故か領主をやらされているだけだからさ、そんな俺に何を求めているんだよ。」
使役している龍にもたれ掛かかりながらシキはバトを見下ろす。その瞳に先程までの輝き、力強さは無くただただ濁っていた。
「それは重々承知の上でお願い申し上げています。」
バトは濁っているだけなのにやや威圧すら感じるシキの視線を流しながら言葉を返す。
「理想と現実は常に合同だとは限らないよ。むしろ相違である事の方が多いだろうに。それはバトが良く分かってる事だと思うんだけど。」
「勿論分かっておりますとも。だからこそより理想に近づくようにと努力しているつもりですが。」
「バトは優秀だからねそんな事が言えるのさ。それに君はこの世界の事を何も知らないだろう。まあ殆どの奴等に言える事なんだけどね。さあお喋りもここまでにしようか。」
シキはそう言うなり味方に命を下す。
「全部隊に告げる!敵は満身創痍なり一気に攻め滅ぼせ!」
シキの能力によりシキと繋がっているこの場に居る全ての人に命令が伝わる。それと同時に高揚感と力漲るエネルギーが流れ込む。戦闘による疲れが無くなり全部隊が一気に敵司令部がある本陣に攻め入っていた。
「シキ様!?」
遠距離から放たれた対龍兵器クラスのバリスタが、シキの上半身を吹き飛ばす。真横から撃たれた事もあり龍本体は軽傷で済んだが明らかにそれはシキを狙ったものであった。通常では兵器としては使用できないレベルの物でも魔術や魔法が全てを可能にしているが最低でも5~7人、多いときでは十数人の人で運用しなければならない。射出者が大まかな狙いを付け補助者が目標の位置を知らせ誘導者が弾道を作り出す、熟練した技術とチームワークがあって初めて成功する物である。
恐らく狙撃位置ではこの大成果に皆が喜んでいるだろう。しかし、忘れてはいけないのはシキは人ではない。それを知っている都市ディファレア側では1部新人騎士を除いて行動を止める者はいない。
「シキ様……、はぁ何をさぼっているのですか?早く戻してください。」
直ぐ隣に居たバトですら何事も無かったかの様に対応していた。
「少し位心配してくれても罰は当たらないと思うんだけどなぁ。」
腰から下しかないシキの下半身から声が聞こえる。そこには血や肉片が無く腰の所で綺麗に分かれている不思議な光景があった。そしてシキ自身普段通りの声音で話していた。
「なにを仰いますやら。この程度シキ様なら何とも無いでしょうに。」
「痛いものは痛いんだけど、しかし酷いなまさか人の体にバリスタを使うなんて。」
次の瞬間にはシキの上半身が形作られ元に戻っていた。あまり気持ちのいい光景ではないだけに慣れていない者は目を背けている。
そっと地面にクレータを作り突き刺さってるバリスタで打ち出された槍を引き抜く、ネネの愛器【砕在】程もある太さの物を軽々と持つシキはそれだけで常軌を逸していた。
「さて借りは返さないとね。」
シキは槍を力一杯飛んできた方へと投げ返す。来た時より速く放物線ではなく直線的な弾道を描き狙撃位置を爆散させる。やや赤く染まった土と草花、そこにあったものが宙を舞っていた。
「おおー、派手にいったねえ。全く自分がやられて嫌な事は人にやってはいけませんって教わらなかったのかな。」
「シキ様、彼らの教義では私達は人では無いのでそれは無意味かと。」
「それもそうか。聖王国の神様も嫌な事してくれるなあ。」
「それはシキ様の自業自得では?恨まれる覚えもあると記憶していますが。」
「いやまあ先にあっちが仕掛けて来た事なんだけどね。言っても仕方がないのは分かってるんだけど。」
「あらあら、また派手にぶちかましてるじゃないの。私も混ぜてもしかったわあ。」
そこに最前線で暴れていたネネが戻ってくる。返り血を浴び大小様々な傷を作っていた。
「ネネには言われたくはないなあ。傷は大丈夫なのか?」
悪鬼羅刹とした姿に動じる事も無くシキは尋ねる。
「大丈夫よ、こんなの掠り傷でしかないわ。でもシキちゃんが心配してくれて嬉しいわあ。」
ネネは巨体を機敏に動かしシキに抱きつこうとする。しかし龍もシキもネネを上回る速さで避けた為、難を逃れる事が出来た。
「もう、勇者の坊やといい避けなくてもいいじゃない。私の愛の抱擁を。」
「さあて、シロクジ行こうか!」
シキは逃げるようにして龍シロクジに乗り今ネネが戻ってきた前線へ急いで飛び立つ。
『畏まりました、我が主様。』
凜としていて綺麗な声がシロクジから流れてくる。ネネとバトはシキを慌てて追いかけていった。
「隊列を立て直せ!無事な者は司令部へ、傷の深いものは置いていくか下がらせろ!」
聖王国側では指示を出す各隊長達の怒号や神に祈る者の言葉、悲鳴と狂騒とが混ざり奏でられていた。
(何だよこれは……、俺は俺は一体。)
うな垂れる木皿、最早そこには人々の希望としての姿は無く眼前の地獄に力を無くした少年が居るだけだった。木皿の拳は血が滴り落ちる程強く握り締められている。勇者としての力を使い傷ついていつ仲間を治そうとしても何故か力が上手く発揮出来ずもやもやとした感覚が残るだけであった。勇者として召喚の際に神から与えられた力がありながらネネに酷く遅れを取ったのもそれが原因である。
「だずげでくれ、いだぁいんだ。」
木皿の背後から声が聞こえる。振り向くとそこには下半身が無く血まみれで這いずる騎士が居た。
「うわぁぁ!」
騎士として鍛えた肉体に強化魔術を掛けている為瀕死の重傷でも生き長らえてしまう、この状況に置いてそれは限り無く悪い方へと作用していた。
「ゆうじゃざま……。」
力尽きた騎士、血や土に塗れている為よく顔は見えないがそれは間違いなく木皿の直属の部下として今まで共に戦ってきた友サグの姿がそこにはあった。
「おい、うそだろ……なあサグ起きてくれよ。また一緒に女風呂覗きに行こうって約束したじゃないか。」
上半身しかないサグの体を揺さぶる木皿、出せる力を振り絞りもう起き上がる事の無い友人に治癒魔法を掛けていた。騎士サグとは召喚された当初からの付き合いで出会いは最悪だった。神からチートな力を貰い自身もよくネット小説で妄想を膨らませていた異世界への召喚、天狗になっていた木皿は人助けを名目に様々な事を行っていった。奴隷解放や悪徳貴族の断罪、生活向上の為の道具や魔術の開発など多岐に渡り行動を起す。しかしそれらはあくまで小説の中だからこそ上手く行った事、現実には奴隷解放は労働力の減少に犯罪者の増加治安悪化を招き悪徳貴族の断罪は貴族と言う価値を貶め国内に混乱を招いた。
聖王国は多神教的一神教の為比較的宗教の自由はあるものの、主神という最高神を崇める組織が最も力を有し神権政治として執政にも影響力を持っていた。木皿の行動の結果、貴族と宗教は対等であったはずが貴族の社会的地位が落ち宗教が国を支配する様になり、当然貴族からは恨まれ憎まれていた。
騎士も貴族派、宗教派に分かれ互いに仲は悪い。サグは貴族派の騎士で自身も親を貴族に持ち、親の敵の様な木皿の護衛兼お世話係りとして配属された時は復讐すら考えていた。その頃の木皿は己の行動の結果を知り打ちのめされていた。そんな2人が出会い和気藹々とするはずもなく冷戦状態が続いていた。しかしある事件を切っ掛けにサグは勇者としての木皿を許し、木皿もまた自身の役割を強く見つめ直す。それからは今までが嘘の様に2人は仲良くなり暴走しがちな木皿をサグが諌めながらも付き合い、ユウキがそれに着いていくという関係が出来ていた。この世界での親友とも言えるサグの死体に涙を落としながら木皿は何度も、何度も微弱な回復魔法を掛けている。
「起きてくれよサグ……、頼むよ女湯で突き落とした事も謝るし、もう悪戯も簡単な物にするからさ。お前家と妹はどうするんだよ!お前が守るんじゃないのかよ、起きろよ起きて……くれよぉ。」
たとえ神から力を与えられても死者を蘇らせる事は出来ない、その力も十全には発揮できずこの死屍累々とした惨状を作り出している。
「クソ共がぁぁぁぁ!!」
親友の死に、今まで共に戦ってきた仲間の死に木皿はシキの軍勢に対して怨みの篭った雄叫びを上げる。木皿が神から与えられた力の1つ【聖浄ノ剣ヌミノーゼ】を荒く掴み迫るシキの軍勢を迎え撃つ。
剣に宿る力も減衰しているもののその卑怯とも言える圧倒的な力は存分に発揮していた。木皿は【聖浄ノ剣ヌミノーゼ】の力により自身を強化し敵に対して把握が出来ない不可避の攻撃を放つ事が出来るが、勿論この剣にも欠点は在る自身よりも強き者に対して魅惑、魅了される事が在ると言う物だ。その為先ほどのネネとの戦いでは使えないでいた。
今はもう怒り憎しみで正常な判断が出来ず、敵を手当たり次第に切りつけ殴り正に勇者の如く力を振るっていた。
自身より弱者に対しても畏怖の念を抱かせる剣の能力は敵の足を止める事にも成功していた。
血涙を流しながら力を引き出し使う木皿その目の前に綺麗な白銀の鱗を持つシロクジが降り立つ。
「シキ様申し訳御座いません。」
近衛隊の1人がシキの前に跪く、彼女は木皿の攻撃によって腕を失っておりそれでも自らの主君の下へと頭を垂れる。それを合図に次々と今だ動ける近衛隊の面々はシキの場所まで参じる。
「気にするな、それより下がれ。皆傷ついてる……後は俺に任せてもらおうか。」
剣の能力により精神的な興奮状態にある木皿はシキと呼ばれた人物を目の前にもはや言葉にならない雄叫びを上げながら攻撃を仕掛ける。
木皿の精神は限界を迎えており、加えて能力の制限により剣が有する力に侵蝕され始めていた。1種の暴走状態にある木皿は獣の如く地を翔り一閃二閃三閃と連撃をシキに浴びせる。一撃一撃が非常に重くぶつかり合う度に辺りには衝撃が走っている。
「シギィィィィィィ!!!」
例え弱体化しても勇者の力は強力、一般の騎士や兵隊では抑えられないレベルだが、しかしシキにダメージを届かせる事は出来ないでいた。
既にシキの軍勢に聖王国の騎士達で無事な者は下がり撤退の準備を始めると共にこの戦いの行く末を見守っていた。
「流石勇者、腐ってもその力は健在か……。なあ勇者この世で最も罪な事は何だと思う?」
木皿にはシキの言葉が入る余裕は無くただひたすら攻撃を仕掛ける。魔法を唱えるも安定しない精神では不発に終るか普段の何倍もの魔力を注ぎ力業で発動させるしかなく、攻撃をいなしながら木皿に話しかける余裕のあるシキとでは力の消耗具合は歴然だった。
「俺はな無知と無力だと思っている。無知は救えず、無力は守れず……無様だなあ勇者お前は自身の力を知ったつもりでいた挙句がこの結果、仲間を無残に殺されて怒り狂う事しか出来ない。俺がどんな者かも知らずに攻めて来るなんて片腹痛いわ!」
哀れみすら感じさせるシキの視線と言葉は容赦なく勇者を突き刺す。シキの問いかけに返事こそしないものの木皿の動きは目に見えて落ちてきている。対してシキは相変わらず眠そうな目をし、大きな欠伸をしながら防御に徹していた。
「お前が……お前がぁぁぁ!!お前さえ居なければサグも皆も死ぬことは無かったんだ!」
「言いがかりはやめてくれ、お前らが先に攻めて来たんじゃないか。俺らが何かしたか?お前らが勝手な因縁つけて来て負けて行っただけだろう。勝てば官軍、お前らを悪だと罵る気はないが所詮弱者に語る正義はない。ここはそういう世界さ……異世界の勇者様。」
「うるさい!うるさい!うるさい!俺は勇者なんだ!神から力を、最強の力を与えられた最強の人間なんだ!なのになんでお前は何ともないんだよ!なんで思い通りに成らないんだよ!!」
もはや木皿はシキの言葉を聞く気は無く、癇癪を起こした子供の様に喚き剣を振り回していた。
「哀れだなあ勇者よ。俺は邪神でも魔王でもないただの領主でしかない。そんな俺に勝てないなら魔王を倒す事は不可能だろうに、本来ならお前を始末しようと思っていたんだけど、面白そうだから生かしておくわ。」
木皿を見るシキの目は歪んでおりだるそうな表情と相まって不気味さが漂っていた。
「殺してやる!!お前だけは必ずころっ……。」
憎しみの目を向ける木皿にシキは、
「やれるものならね。」
と言い放ち疲労とダメージが限界に来ていたのか崩れ落ち気絶した木皿を後から来たバトに投げ渡す。
「危ないですなあシキ様。もう少し老体を労って欲しいものですな。」
「その台詞何十年聞から言ってるんだよ、聞き飽きたわ!」
「あらあバト、彼を運ぶのが辛いなら変わってもいいわよ。」
ネネがじっとりとした目で意識の無い木皿を見る。ネネ本人は優しげな雰囲気を出しているつもりだが、周りから見ると獲物を見つけた獣の様な雰囲気が出ており冷や汗が思わず流れる感じがしていた。
「いや、ネネも疲れてそうだし下がって少し休んだ方が良いと思うよ?バトは今回そんなに動いてないから大丈夫だから。」
同じ男としてたとえ敵だとしてもネネに引き渡すのは躊躇われたのかシキとバトはネネの申し出を断る。
「そお?私もそんなに疲れてないから大丈夫だけど……シキちゃんが言うなら休ませて貰おうかしら。」
シキとバトの必死の思いが通じたのかネネは渋々引き下がる、しかしその目は今だ木皿をロックしており諦め切れていないのが見えていた。