第5話 惨状
「守護壁を展開!防御の陣形1!」
シキの合図の元、総勢5百名程の軍勢は都市ディファレアの守護範囲を出た辺りで一時停止周囲を覆うようにして盾形の魔道具を起動、展開する。外側の各要員が装備する盾形魔道具《久那土》、これを起動すると使用者の魔力を動力源とし魔道具の何倍もの大きさの魔力で出来た壁を作り出す。物・魔問わず高い防御力を誇る為非常に優秀ではあるが、都市ディファレア産と言う事もあり正式採用している国は少ない。
守護壁を展開した軍勢に殺到する様々な魔術、しかし幾ら魔術を魔法をぶつけようとも陣を組み更にはシキ自らが敵の術の魂を削る。その攻撃の殆どは無効化、防がれていた。
「シキちゃん……もう我慢出来ないわ。先に行くわね。」
そう言い残してネネは攻撃が止んで間もない頃、得意の筋肉を隆起させ勢い良く飛び出して行く。赤く充血した体に硬く盛り上がった筋肉、その巨大な体格に武器は正に鬼を連想させる。
「しょうがないな、ミル彼奴の心配は要らないと思うが一応付いてやってくれ。ついでにあそこに居る奴等を片付けといて。」
呆れた表情を浮かべるシキはミルに指示を出す。
「りょーかいです!あに……お姉様は大丈夫だと思いますが、あそこで隠れているつもりの可哀想な人達と遊んできますね。」
ミルは他のメイドと同じように戦闘用の装甲付きメイド服を装備し腰には2本の小太刀を差す。加えてミルだけが見る者に死を思い起こさせる様な特殊なデザインの仮面を付けている。人を食った様な顔のそれを付けたミルはシキに敵の掃除を命じられても遠足に行く程度の気持ちでしかなく笑いながら敵を切り刻む姿に人々は【ザ・キラー】と呼び恐れていた。
ネネとミルが敵の部隊に突撃、混乱している間にシキは軍勢を進撃させる。後方から騎兵隊が接近してくるが事前に配置を換えており脅威にはなっていない。速度を落とさずに敵が造り出した壁を打ち壊しながら戦闘が開始された。
「あら、良い所だけど時間が来ちゃったみたいね。この続きはまたやりましょう。可愛い坊や。」
先に戦闘を始めていたネネは自分の部隊を見つけ合流するべく勇者との戦いを止める。とても名残惜しそうに見える表情をしているが、既に勇者は息も絶え絶えで方ひざを着いていた。聖剣を支えにネネを睨み付ける姿は否応なく周囲の騎士の士気を奪っていく。
「くっ!化け物が!」
一方ネネの方は体に切り傷こそあるが致命傷は見受けられなかった。
「化け物だなんて酷いわぁ、ネ・ネと呼んで頂戴。ねえ貴方の名前はなんていうのかしら。」
猫なで声で語り掛けるネネに勇者は一瞬の内に距離を取るがしかし、背後から優しく誰かに抱きしめられる。和らかな温もりと相反するように嫌な寒気が勇者に襲い掛かっているのか何とも言えない顔をしている。
「逃げなくてもいいじゃいのよ!」
勇者を抱きしめていたのはネネであった。振り向く事無く声を聞いた瞬間ネネの抱擁から抜け出そうとするもネネの怪力の前には意味を成さない。得意の魔法も平常を乱されている今は上手く発動させる事が出来ないでいた。
「はっ離せ!」
「名前くらいいいじゃない。後、そんなに暴れられたら私……。」
不吉な言葉と共に勇者の耳を甘噛みするネネ、その行為を受け益々抵抗を激しくする勇者であった。名前だけで人をどうこうする事は出来ないが、特殊な術を扱える者やスキル所持者に知られれば確実に不利になる。その為ある程度、知識や力を持つ者同士では互いの本名やスキルを聞くのはタブーとされてきた。
「わ、わかった。俺の名前は木皿だ!早く俺を放してくれ!」
あっさりと自分の名前を明かす勇者木皿、その顔は泣きそうなほど哀愁を漂わせている。
「木皿ちゃんって言うのね。可愛い名前……食べちゃいたい位に。」
ぼそっと呟くネネ抱きしめられている木皿には聞こえていたのか体を震わせ顔は青白くさせていた。
「ひぃ!」
「まあ今日はこの位にしときましょうか。この続きはまた今度ね。」
語尾にハートマークを付けネネはシキの元へと戻っていく。
「あははははは!ねえその程度なの?もっと僕と遊ぼうよ!」
シキの命を受けたミルは魔術師が居る場所へと突撃、辺り一面に血の海を作っていた。それも堂々と正面から攻撃を仕掛け、隠蔽魔術により見つかっていないと気が緩みきっていた部隊は混乱に陥っていた。勿論少数ではあるが護衛隊も居るが真っ先にミルへと攻撃を仕掛け返り討ちにされる。
剣を振るえば避けられ、盾で受ければ盾ごと甲冑を斬り裂かれる。ミルのスキル〈キラー〉は相手に対して優位な属性を得る事が出来る。それも範囲を狭めれば狭めるほどに威力を発揮し、圧倒的な攻撃力を誇る。スキルを使いこなし、自身も鍛えているミルによってその場が地獄絵図に変わるのにそう時間は掛からなかった。
「や、やめてくれぇぇぇぇぇ!」
「嫌だ!死にたくない……死にたくないよぉぉぉぉぉ!?」
「痛い!痛い!痛い!」
「俺の腕探すの手伝ってくれませんか?どうやら落としてしまったみたいで。」
「助けてくれ!お願いだ!何でもいう事聞くから!頼むよ、俺には家族が居るんだ死にたくないんだよ!」
「ファイア!ファイア!ファイア!来るな……来るなあああああ!」
ミルにより阿鼻叫喚の悲鳴が絶えない。既に気を失っている者、死んでいる者は幸運で大半の人々は地に伏し痛みに、恐怖に喘いでいた。
「なぁーんだ、詰んないの。」
まるで虫けらを見る様な表情をしている。それもそうだろうミルにとっては都市ディファレアに住む人達が家族であり、それを脅かす者は所詮敵でしかないのだから。
「あーあ、早く帰ってシキ様に撫で撫でしてもらおうっと。」
仮面で隠れてはいるものの、ミルの表情は緩みきっていた。その背後を狙うかのように倒れていた1人の魔術師が詠唱を完了させた魔術を放つ。
「死ねぇぇぇ!【ウィンドランス】」
倒れていた様に見せていた魔術師が風の初級魔術【ウィンドランス】を放つ。速さと隠密性の高いこの魔術は比較的難易度も低く、奇襲には最適な為非常に良く使われていた。
「ん?よっと。」
ミルに向かって真っ直ぐ突き進む魔術を振り返り様に持っていた小太刀で切り付ける。
「はははは!馬鹿が!魔術が武器で切れる訳がないだろうが!」
高笑いをする魔術師、通常魔術は特殊な武器や防具所謂魔道具でなければ防ぐ事は出来ない。しかし、魔術師の期待を裏切るかの如くミルを突き刺す筈だった魔術は魔力に戻り霧散してしまう。
スキル〈キラー〉は存在するものに対してなら全てに優位に立つ事が出来る、相手には弱点とする属性を自分には相手の攻撃を弱らせる属性を付ける事が可能だ。武器に風属性の魔術に強い属性を付け切り裂くただそれだけの事だった。当然幾ら優位に成れるとは言っても逆にそれ以外のスキルの恩恵は無く、魔術を切った技術は純然たるミルの技術に他ならなかった。
「う、嘘だろう?こんな、こんな子供に我等の魔術が……今までの成果がガッ!!」
信じられない魔術師の男は呆然とした表情で呟く。その開いた口に鋭く小太刀が捻じ込まれる。小太刀は口を通りし後頭部から貫通していた。
目を見開いたまま魔術師は静に後ろに倒れ込んだ。
「全く、余計な手間を掛けさせないでよ。折角見逃してあげてたのに自分から死にに来るなんて馬鹿なの。」
さっと小太刀を抜き取り血を払う。元々は草が生い茂る暖かな場所だったが今は、バラバラになった人だったものに血と土とが混ざりグチャグチャとした大地へと変貌を遂げていた。
「さて、後処理は任せてシキ様の所へ戻ろうっと。」
後には残虐たる惨状と血の臭いに釣られた魔物が集まっていた。