第3話 王国
「何時まで待たせんだよ!あんな奴等俺様が直ぐにでも殲滅してやるのに!」
聖王国騎士団陣営にまだ若い男性の怒鳴り声が響き渡る。
「まあまあ。落ち着いてくだされ勇者様。今は雌伏の時ですじゃ、こちらの探知系スキル保持者によると正門前に中規模な団体がいるとの事、向こうは愚かにも篭城を捨てて出向いて来るつもりじゃて。わざわざ自ら強固な城壁を開き攻めるくれるのならばこっちは罠を仕掛けて待つのが最善の策になりますのじゃ。」
一向にディファレアへと攻め入る様子の無い聖王国に苛々が募る勇者皿皿木皿。そんな勇者を宥めているのは今回都市ディファレア侵攻作戦を任された大司教だ。彼は今回の侵攻作戦が成功すれば晴れて枢機卿へと任命される。それだけに表面では勇者の世話をしてはいるものの内面では野心を滾らせていた。
「勇者様ー!もう、こんな所にいらしたのね。戦いの事は専門家に任せて私ともっとお話をしましょう。」
木皿の胸に勢い良く抱き付いてきたのは聖王国において勇者を召喚した人物であり、神託を唯一受ける事の出来る存在姫巫女ユウキ・イリテュムである。今代の巫女として可愛らしい外見に人を幸せにする笑顔に平民、貴族問わずに皆から好かれていた。
「さあ、あちらでお茶でもしながら今の二ホンの事を教えて下さいな。」
ユウキに強く手を引かれながら司令部を後にする木皿、元々一般的な学生である木皿は女性に対しての免疫は弱く非常に可愛らしいユウキに手を掴まれ赤面していた。
「あ、ああ。」
ユウキと木皿が出て行った後の司令部では大司教以下各騎士隊長達が会議を始めていた。
「さて、今の状況はどうなっている?」
「は!現在敵の主力部隊数にして凡そ500。彼らは正門前に集結しており、間もなくこちらに攻めて来るかと。内部偵察からも報告が入っております。」
「私からも、敵の部隊には砕鬼のネネにザ・キラー、近衛隊、精鋭である自由騎士団と都市兵力の大半をつぎ込んでおります。又、我等が神敵である領主シキの姿も確認していると報告が上がっています。恐らく出てくるものかと……。」
領主シキ、その名が出た瞬間内部の空気が変わる。彼らにとって自らの信奉する神の敵であるシキは討滅しなければならない敵であり、また魔国を遮る憎き門番でもあった。しかし、普段は守りに徹している事やシキ自体の強さもあり中々討滅する事が出来ないでいた。そんなシキ自ら領地から出て来る司令部に集う面々はそれぞれ手柄や、神敵を滅する事が出来るなど様々な思いを抱く。
「なるほどのう。奴めが遂に出てくるか……。ならば我等も一層気合を入れねばのう。」
1人静かに語る大司教。しかし、そんな彼が一番にギラギラとしており周りも気を呑まれていた。
「全騎士に伝えよ!我等が長年の敵を領主ディーファ・シキを討滅せよ!」
既に高齢と言っていい年齢の大司教、日頃の好々爺とした雰囲気から一変戦意と野心が溢れ出る者になり周りの騎士隊長達も乗せられ戦意を滾らせていた。
「ねえ、勇者様。」
司令部より更に後方、1部特権階級の最重要人物を保護する為のテントに先ほど姫巫女に連れて行かれた木皿がユウキとお茶をしている。
「な、なんだいユウキ。」
ぴったりと密着しているせいか木皿は火が吹きそうなほど顔を赤面させ挙動が可笑しくなっていた。
「先程新しい神託が下りましたの。神敵ディーファ・シキを討滅せよと。でも私は勇者様に危ない事はしてほしくありませんの。」
精巧に作られた人形の様な姫巫女ユウキ、そんな彼女が暗く瞳に涙を溜めている様子を見て木皿は心を動揺させていた。今まで木皿は女性から積極的な好意を寄せられた事も無くこの状況に対して1種のパニック状態に陥っていた。咄嗟に木皿はユウキに抱きつく。
「大丈夫だ!俺は死なないしあんな奴等一捻りだよ。だから泣かないでくれないか。」
召喚されてから結構な月日が流れ何時しか2人は互いに恋心を抱くようになっていた。しかし、幾ら勇者と言えども何の実績も無いまま王族にして神託を受ける事の出来る姫巫女と結ばれる事は無い。今回の侵攻作戦を成功させる事が出来れば少なくとも王国に対しての利益を見せる事が出来き晴れてユウキと付き合える、木皿はそう考えていた。
「ふふふ。勇者様……あんまり女性の扱いに慣れてはいないようですね。そこは力強く抱きしめて、俺が守るだから安心して待っていろ!位の言葉で良いですのよ。」
木皿はユウキを抱締めた後、自分のしていた事に気が付いたのか慌てて手を離したりまた抱締め様としたりと忙しない動きをしていた。少し情けないながらも木皿らしい姿にユウキも落ち着きを取り戻し笑顔が戻る。
「うっ!ま、まあ全て俺様に任せて置けば大丈夫って事よ。わっはっはっは!」
どもりながらも木皿は笑って誤魔化す。
召喚された当初は木皿も幾ら神からチート能力を貰っているとはいえ平和な日本から来たばかり辛い事の方が多く度々ホームシックになる事もあった。日本にいる頃から異世界転生物やチーレム物、転移物を好んで読んでいた為喜んでいたのも束の間、現実は厳しく幾らチート能力があってもどうしようもない事の方が多かった。その度に慰め支えてくれたのが姫巫女ユウキ・イリテュムである。
辛く当たった事も、悔しさの余り地に伏した事もあるそれでも今まで支え続けてくれたユウキを木皿は全幅の信頼を寄せていた。
弱さを見せれば食われるこの世界、木皿は僕と言う言葉をやめ俺や俺様と相手に舐められない様言葉使いも変わって行った。
「勇者様失礼致します。準備が整いましたので皆にひと言お願い致します。」
いい雰囲気を壊すかの様に若い騎士が入って来る。瞬時に体を離すも顔は赤いままでしどろもどろとしていた。
「じゃ、じゃあ行ってくる!」
誤魔化すように若い騎士を追い立てながらテントを後にしようとする。
「必ず戻ってくるから待っててくれ。」
騎士を先に行かせ、最後にひと言残して木皿は戦場へと向かって行った。
「ええ、勿論待っています。私の愛しい勇者様……貴方は私の物なんですもの。」
木皿が居なくなった後、誰も居ない中ぽつりと呟く。その時のユウキの顔は見る者を魅了する表情をしていた。