第07話 はじめて、のぞきこまれる。
「んだよ、これ」
「なにって、お弁当じゃない」
一晩ぐっすり眠って、だるさも熱っぽさも抜けた翌日。
登校ラッシュ約一時間前。
部活の朝練を遠くに見遣って、校舎裏。
きったないプレハブ小屋へ。
できればあの男がいないことを祈って扉を開けたのに。
残念ながら、祈りは通じず。
最悪絶対権力男は、牛丼らしき朝ご飯を食べている際中だった。
勝手に名付けられたシロのご飯をコンビニで買って登校。
ついでにあの男のお弁当も購入。
なんで、あたしがこんなことしなきゃいけないの。
ほんとうに最悪。
内心ぐちゃぐちゃした思いを抱えつつも、しかたなく袋を突き出せば。
「バカだろ、お前」
ため息と、あの言葉が耳を通り抜けた。
「俺は作って来いっていったんだぞ」
「食べられればいいじゃないの! しかもバカっていわないでよ!」
「バカにバカといって何が悪い。仮にも女なら弁当のひとつやふたつ作ってこいよ」
そう言い放って、足元に眠るシロの頭をなでる男の手。
昨日、あの手をやさしいだなんて思った自分が悲しい。
この男のいったいどこがやさしいのか。
言い返せなくなって、くやしまぎれにコンビニ弁当を投げつけてやった。
「おい、食べ物を粗末に、」
「うっさい! お弁当なんてつくったことないんだからしょうがないでしょう!」
あたしの叫びに、最悪男はくわえていた割り箸を落とした。
それがヒザでうずくまるシロの体にあたって、鳴き声が上がる。
「マジで? 料理したことないのか、お前」
作業台で食事をしていた男に、下から見上げられる。
あらためて確認されるほど、この歳で料理ができないのは特殊なことなのだろうか。
やけになって大きくうなずいて見せれば、男は頭を抱えて、一段と大きなため息をついた。
いやみかと思えるほど、特大のやつを。
この男は。
どこまであたしの怒りをかきたてればいいのだろう。
「しかたないでしょ。今までそういうこと、したことなかったのよ!」
勉強一筋十五年。
そんなことをするヒマがあるなら、机に向かっていたほうが有意義に思えた。
誕生日やバレンタインでわめき立つ女子に、話だけは合わせて笑っておいたけれど。
本音は心底くだらないと思っていた。
だからテストで点数が取れないのだと、見下していた気も、する。
まさか。
自分がこんな目で見られるとは、ツユほども思っていなかった。
「お前さ、好きな男とか付き合ってるやついねえの? 菓子作ってやったりとか、あるだろ」
「は、い?」
突拍子もない質問に、声が裏返る。
なんでそんなことをこんな男に聞かれなくてはならないのか。
はなはだイカンである。
「なんだよ、その反応。おい、お前まさか」
牛丼のカップを床に置き、シロを抱き上げて男は立ち上がった。
うなる床を踏み出して、距離を詰めてくる。
「まさか、なによ」
ここで引いたら負けだと、足は動かさずに口で反撃した。
もちろん、にらむことは忘れない。
「なあ」
男の身長が高いせいか、目の前が影で覆われていく。
カンペキに詰まった距離。
のぞきこまれた顔。
あまりの急接近と至近距離に、息をのんだ。
「顔、赤いぜ?」
意外にも端整なつくりをしている顔が、そんなことをいったと思ったら。
次に、もさっとしたやわらかいものを顔に押しつけてきた。
シロを顔に押しつけられたのだとわかるまで、時間が必要だったのは。
この最悪男の言葉が図星だったから、なんて。
口が裂けても、いえない。