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最終話 はじめて、xxx。







「起立、礼」



 号令と同時に、鐘の音が響いた。

 終わりをつげるその音は、窓から入ってくる甘い風をゆらす。



 ――さようなら。また、あした。



 鐘が校舎に響きわたる。

 今日という一日が、終わりをつげる。








「じゃあ、また明日ね」


 後ろから肩をたたかれて振り返れば。

 みつきが静かにイスをおさめているところだった。

 ようやく、落ち着いて席から立ち上がることを覚えたらしい。


 当たり前のようにかわす言葉。

 明日、また会えるのだという喜び。


 この場所ではぐくんでいけるもの。


「うん。またね」


 みつきに手を振って、ちらりと離れた席の三浦くんを見遣った。

 案の定、彼の視線は彼女の小さな背に。


 無表情なその顔が、少しだけゆるんでいるのは。

 きっと気のせいじゃない。


「三浦くん」


 かばんを背負って通り過ぎざま。

 彼にだけ聞こえるように、声を落として口をひらいた。


 友達の、アドバイスとして。


「みつきは気がついてないと思うよ。挨拶くらいしたらいいのに」


 見開かれた目。

 とたんに動きがかたくなった彼に、頬がゆるむ。

 そんなに驚くことないのに。


 放課後の開放感に満ちあふれた教室のドアをくぐりぬけて、廊下へ出る。

 すると、後ろから急くような足音が耳に入った。


 振り向く間もなく、その大きな影に追い抜かれる。


「……あんまり用務室でいちゃつかないでくれ。目に毒だ」


 聞こえるか聞こえないかというくらいの、つぶやき。

 それが確実に耳にとどいて、心臓を跳ね上がらせた。


 あの無表情がしてやったり、というような顔を見せて遠ざかっていく。


 やられた。

 どうやら彼も反逆心は持ち合わせているらしい。


 追いかけようにも歩幅が広すぎて、追いつかず。

 その背中はいつのまにやら廊下の端で消えていた。


「あした、見てなさいよ。三浦め」


 あたしの声は廊下にあふれかえる生徒にかき消されていく。


 窓から見える青。

 まだ、空は明るい。








「トウゴ聞いて! 三浦くんの件なんだけどなんとかなった、ってシロ!?」


 勢いよく、ぼろぼろの錆びついた扉を開けば。

 プレハブ小屋の中央、作業台の上に白い子猫の姿を見た。


 思わず、扉を開け放ったまま駆け出す足。

 そのやわらかいカラダに手を伸ばして、そっと抱き上げれば鳴き声と鈴の音が聞こえた。


「こら、ちゃんと戸は閉めろっつーの。なあ、シロ」


 後ろでトウゴの声と扉のきしむ音がした。

 外から伸びていたひかりは細く、消えていく。


「どうして? 明日って、いってたのに」

「昼に電話があってな。さっき迎えにいってきたんだよ。もう大丈夫らしいぜ。それにひどく鳴くんだってさ」


 抱きしめたシロは、あたしの指をそのちいさな舌で何度もなめた。

 それだけで、胸がつまってどうしようもなくなる。


 鼓動に耳をすます。

 その脈打つものが、はっきりとした安心感をくれる。


「しかたねえな。手がかかるよ、お前らは」


 土まみれの軍手を作業台に投げ捨てて、シロのあたまをなでる彼。


 口の悪さはあいかわらず。

 だけど、その目が胸の内を物語っていた。


 ほんとうは、うれしいくせに。


「お前らって、あたしも含めないでよ。手間かけた覚えなんてないわよ」


 抗議すべく頬をふくらませたあたしの声と重なって、シロの鳴き声があがる。

 

 あまりにも絶妙なそのタイミング。

 思わず、ふきだしそうになってしまった。


「ほら、シロだってそういってるじゃない」


 ねえシロ、と同意をもとめてその顔をのぞきこめば。

 腕の中からうばわれていくちいさなカラダ。


 トウゴの腕におさまったシロは、甘えたような声をあげてしがみついている。


「シロはだれかによく似て、甘えんぼうだな」


 まるで子どもをあやすみたいに、その腕をゆすって歩き出す彼。

 またあたしを指し示すようなその言葉を否定すべく、背中を追う。


「ちょっと、だれかってだれのことよ」


 ようやく捕まえたその腕をつかんで、トウゴの前に立った。


 甘えたことなんてない。

 そう次に放つ言葉を準備していたのに。




 影が。

 

 セカイからあたしをかくしていく。




 一瞬、呼吸がとまった。


 やわらかい感触と熱が、くちびるに降って。

 落ちる。



「お前のことだよ」



 わずかにはなれたと思ったら、間近でふるえる空気。


 もう一度、もたらされた熱は。

 音を立てて、ゆっくりと遠ざかる。


 影が消えて、セカイが色づく。


 カラフルに染め上がっていく。



「お前のはじめては、全部、俺のものだ」



 この先もな、とよけいな一言が耳をかすめていって、ようやく我に返った。


 押しつけられた感触と熱が、記憶されて残っている。

 くちびるに。


「と、とうごっ」

「また邪魔される前に、奪っておいたほうがいいかと思ってな」


 近づいてきた顔を両手で押しのけて、視線をそらした。

 耳までじんじんする。


 突然すぎてなにがなんだかわからない。


 ただ、くちびるだけがやけに熱くて。

 それがなまなましい。


「どうだった」


 あたしの手をよけて、にやりと笑いつつ感想を求めてきたトウゴの声にさらに加熱する。


 そんなこときかれても、なんといっていいかわからない。

 というか、答えたくない。


「わ、わかんな、いっ! ばか! もう近寄んないでよ!」


 火照る頬を両手で押さえて後ろを向いた。


 はじめてのキスの衝撃と感触を、くりかえそうとするこの思考が嫌で大きく息を吸った。

 心臓が必死に沸騰している血液を押し出しているのがわかる。


 煮えくりかえっている。

 別な意味で、カラダが。


「なあ、感想聞かせろよ」


 後ろでリップ音が聞こえた。

 髪からくびすじへと落下したそれは、ますます熱のこもるカラダに火をともしていく。


 たえきれなくなって、風を切る音がするほど首を動かして振り返った。


「わかん、ないってばっ! 早すぎて、もうわけがわか、っん……!」

「ほら、三回目。どうだよ? よかっただろ?」


 話している途中なのに、言葉が奪い去られていく。


 短いキスをさらにくりかえされて。

 その音に耳をふさぎたくてしかたない。


「ちょ、っと、ここ、学校だって、ば!」

「今日は我慢できない」


 そんなこといわれたら、こっちだって抵抗できなくなってしまう。

 だんだんと繰り返すごとに長く、深くなっていくものに呼吸すらできなくなってきた。


 あたま、おかしくなりそう。


 まるでそのアトを残すみたいに、何度も繰り返される。

 刻みつけられていく。

 彼の、感触が。


 消えないように。

 ずっと、残るように。


 キスの合間に呼吸をすれば、それすらうばわれる。

 くるしくて、でも離れたくなくて、次第に自分からも求めてしまう。


 ハナで笑われたのがわかったけど、それでもやめてほしくないと思った。



 まるで、海の底。



 あふれる水のゆれるなか。

 おぼれるように、くり返した。


 何度も何度も、与えられる熱に想いをゆだねて。



 目の前が、白くかすんで。

 たっているのか、すわっているのか、泳いでいるのかもわからない。


 シロの鳴き声が遠くで聞こえて、その瞬間、ひざから力が抜けた。

 とたんにゆらぐ視界。


「で、どうだったよ?」


 くずれ落ちる前に、腰に腕が回って支えられた。

 平然を装った声から、荒い呼吸が聞こえる。


 その胸にしがみついて、顔をおしつけた。

 あたまがぼんやりして、くるしくて、はずかしかったから。


「へん、た、い」

「それでも、俺のことが好きなんだろ」


 甘すぎる声とささやきが、答えを求めてくる。


 なかなか整わない呼吸のなか。

 自分ばかりが気持ちを伝えていることに気がついて、反撃に打って出た。


「トウゴ、だって、あたしの、こと、すきなんで、しょ」


 キスだけじゃ、たりない。

 そんなこと、思う自分はどうかしているにちがいない。


 でも。

 その声で言葉にして、いってほしい。


「さあな」

「ちゃんと、いって、」


 しがみついた手に、力がこもる。


 なぜだか、ちょっとこわかった。



 こんなあたしが。

 だれかに想われるなんて日がくるとは思ってもみなかった。


 こんな口が悪くて、態度も悪くて、横柄で。

 最低最悪なひとをすきになるなんて思わなかった。


 なにもなくて。

 それでも何かがほしくて、しかたなかったあの頃。



 あの日から。


 見上げた空はどこまでも、白と黒でしかなかった。



 そして、これからも。


 ずっとそうなのだろうと、思っていた。



 なにもない、このてのひらに。


 たくさんのはじめてをくれたのは。




 このひと。





「好きだよ。悪いか」





 その言葉ひとつで。


 こんなにも。





 セカイはカラフルに色づいて、めぐりめぐる。




















**おわり。







*******



最後まで読んでくださって、ありがとうございました!


いろいろ書きたいことがあったような気がするのに、

いざとなると思い浮かばないもので困っています。


くるしかったり、きつい思いを抱えていたりしましたが

最後まで書ききることができたのは、読んでくださった方々のおかげだと思います。


この企画に参加できたこと。

この作品を書き上げることができたこと。

この作品を通して、出会った方々がいるということ。

ほんとうにしあわせだと思いました。


つたない作品でしたが、

すこしでも、わずかでも、なにかが残れば幸いです。


感謝の気持ちをこめて、エピローグを書きました。

目次の下のリンクより、お時間がある際にどうぞ。



ひとこといただければ、とてもうれしいです。

ほんとうに、ありがとうございました!




**Special Thanks


・金本ちはやさま。

恋縛、狂恋よりシロのお名前おかりしました!


・はじめて企画さま。

主催、参加者のみなさま。


・おっさん同盟さま。


・ブログ・サイトで拍手くださった方々。


・評価、コメント、ご感想くださった方々。


・この作品を読んでくださった方。




ありがとうございました!

あふれんばかりの、感謝をこめて。



2008.05.10 梶原ちな



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