表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/46

第44話 はじめて、はなしをする。






「三浦くん、ちょっと、いい?」


 お昼休み。

 用務室には向かわずに、彼に声をかけた。


「……ああ」


 三浦くんはあたしと目を合わさず、お弁当を片手に席を立ち上がった。

 その大きな後ろ姿を追うようにして、廊下へ出る。


 教室のドアを閉めた瞬間。

 昼休みのざわめきが、背をふるわせた。






 三浦くんは、ただ真っ直ぐに歩いていた。

 廊下はこれでもかというほどにぎやかで、話す場所が見当たらない。


 階段を降りて、人通りの少ないところを歩いていく。

 必然的に、たどり着いたのは校舎裏。


 体育館へつづく渡り廊下で、その足がようやく止まった。


「話、なんだ?」


 振り返った三浦くんがあたしを見た。

 春の甘い風が髪をゆらして、視界を覆い隠す。


 前髪をかきわけて、息を吸い込んだ。


 言葉を、つむぐために。



「昨日見たこと、だれにも言わないで」



 ごちゃごちゃ言い訳を並べても仕方がないと思った。

 だから、なにもかも話すつもりで声をかけた。


 彼に軽蔑されるのが怖かった。

 本当はなんでもいいから取りつくろって、笑い話にしてしまいたかった。


 でも。

 この気持ちに、ウソはつきたくない。


「あたし、ずっと授業に出てなかったでしょう? いろいろ理由はあったんだけど、平たく言えば逃げてたの。教室と鐘の音から」


 正面に立つ、三浦くんの表情が少しだけ動いた気がした。


 とどくように、伝わるように。

 さらに言葉を続ける。


「でも、教室に行くようになって、みつきと友達になって」


 体育館から聞こえる。

 ボールをつくような音と、笑い声。


「三浦くんと同じ委員会になって、いっしょにアンケートとったりして」


 ちょっと前まで、自分には関係ないものだと思っていた。


 学校なんて、鐘の音にしたがって過ごすだけの場所。

 そう思っていたから。


「なにもないと思っていた場所が、いつのまにかこんなにも大事になってた」


 風が、まいあがる。


 花を、空をゆるがして。

 セカイに色を運ぶ。


「あたしの背中を押してくれたのは、あのひとだったの」


 染まる。

 青に、白に、薄紅に。


 やわらかいひかりが、あざやかに浮かび上がらせる校舎。


「お願い。昨日見たことはだれにも言わないで。あと、できれば」


 三浦くんが、不思議そうな表情を浮かべていた。

 それがなんだかおかしくて、少しだけ笑ってしまった。


 無表情で、無口で、会話のテンポがどことなくおかしくて。

 それでも目の前の彼は、あたしにとってかけがえのない存在になりつつある。


 だから、うしないたくない。


「できれば、友だちになってくれるとうれしい。三浦くんに助けてもらったこと、すごくうれしかったから」


 友だちになって、なんて。

 ドラマの観すぎかと思うほど、恥ずかしいセリフが口をついて出た。


 でもそれは、ほんとうの気持ち。


「返事はすぐじゃなくていいから。じゃ、お昼じゃましてごめんね」


 答えを聞く準備がまだ出来てなくて、逃げるようにその場から立ち去ろうとした。


 彼に背を向けて歩き出す。

 伝わればいいと願いながら。


 踏み出した先で、古くなったすのこ板がきしむ音がした。

 そして、同時に。


「別に、俺は言うつもりなんてない」


 ぼそり、と。

 風に紛れてしまいそうな小さなつぶやきが聞こえた。


「昨日は、ちょっと混乱した。それだけだ」


 ゆっくりと、振り返る。


 その先に。

 無表情をくずした三浦くんの姿。


「それに」


 足を止めたあたしを通り過ぎていく、大きなカラダ。

 そのてのひらが、背中を軽く叩いていく。


「困っている友達を助けるのは、当然だろう」


 うなるようなリズムで軋む、渡り廊下のすのこ板。





 ありがとうと、口にしたこの声は。


 春の風に溶けて、空に吸い込まれていった。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ