第42話 はじめて、つたえる。
降りそそぐ、衝撃。
「大丈夫だ。いざというときは、俺がここをやめればいい」
反射的に、その手をふりはらっていた。
いたい音が耳を突いたけれど、そんなことにはかまっていられなかった。
しがみついていた腕をはなして、距離を取った。
「り、」
「なんで!」
彼が驚いた表情を浮かべている。
それよりももっと驚いたのは、あたしのほうだ。
足を後ろに引きながら、声を上げた。
「なんで、トウゴがそこまでするの!? だったら、あたしがやめるよ。あたしが学校やめる」
本気じゃない。
でも、真剣にそう思った。
このひとは、ここに必要なひと。
教室に行けなかったあたしの背中を押してくれたのは、間違いなくトウゴだった。
きっと、これからも。
彼は、あたしみたいな人間の背中を押してくれる。
ムリヤリにでも、引っつかんで。
最後まで投げ出さずに。
この場所で、こうして。
「トウゴはここにいなきゃだめだよ」
言葉づかいは最悪だし、態度も横柄。
乱暴で、命令口調。
最初はほんとうに大嫌いだった。
だけど、そのてのひらは。
だれよりもなによりも、あったかくてやさしかった。
このひとはこれからもこの場所で、だれかを助けていく。
セカイに色を、与えていってくれる。
「だめだよ。あたしがトウゴに会ってどれだけ救われたと思ってるの?」
あのフェンスを飛び降りて、モノクロセカイを走り抜ける。
耳には強制する鐘の叫び。
逆らって、でも何かを求めて。
それでも逃げつづけたあの頃。
「はじめて学校が楽しいと思えたのはトウゴのおかげだよ。なくしたくないもの、たくさんできたんだよ」
やめるなんていわないで。
トウゴはこの学校に必要なひとだから。
あたしがうばってしまうなんて許されない。
そんな権利なんてない。
だったら、あたしがここから離れてしまったほうがいい。
こぼれそうになるものを、かみしめた。
泣かない。
ここで泣いたらだめだ。
前を向いていられなくなって、うつむいた。
もっと、なにか伝わる言葉があればいいのに。
もっと、この感謝を伝えたいのに。
うまくいえないもどかしさが、つのる。
「ずっと、ありがとうって、いいたかった」
てのひらを握りしめて、前を向いた。
ずっとつたえたくて。
でも、いえずにいたあの言葉。
「トウゴに会えて、ほんとうによかった」
最後まで言い切ったあたしの耳に、乾いた音が響く。
顔を上げれば、緑色のじょうろが地面に転がっていた。
そして。
目の前が、黒に覆いつくされていく。
きつくきつく抱きしめられて、息が止まるかと思った。
慣れてしまった作業着のにおいも。
肩口から見える空の青も。
この温度も、感触も。
「バカだな」
その響きさえも。
いとおしくてたまらないと、そう思った。