第41話 はじめて、ふあんになる。
朝がこなければいい、なんて。
久々に思った。
「お、今日は早えーな。その様子だと失敗したか?」
「……なに、その他人事みたいな発言」
いつものように、プレハブ小屋の前。
花に水をやるトウゴが、あたしの顔を見てにやりと笑った。
そのしたり顔と発言に、落ち込んでいた気持ちが一瞬にして怒りへと変わる。
なんで、この男はこんなに気楽なのだろう。
関係ない話じゃないのに。
ゆうべ、あれこれと考えて眠れなくて。
いつのまにかカーテンの向こうが明るくなっていた。
泣きすぎで目ははれているし、気分は最悪。
それでも、このひとに会えばどうにかなるなんて思っていた自分がバカだった。
「これからどうするのよ! 三浦くんがだれかに話すとは思えないけど、でも話すら聞いてもらえなかったんだから! きっと、軽蔑されたかもしれない。せっかく、」
せっかく、仲良くなれそうだったのに。
最後まで続けることができなくて、言葉は地面へと落ちてくだけた。
同じ委員会になって、それだけなのに彼はあたしを助けてくれた。
ありがとうという気持ちを、伝えたいと思うひとりになった。
これから、もっと近づいて。
これから、もっと深めていけそうなものがあった。
嫌われることを、怖いと思ったことなんてなかったのに。
嫌われたと思った瞬間の、あの絶望が今も胸を刺している。
「じゃあ、お前はこれからどうしたいんだ? やめるか。俺といっしょにいるの」
水をやっていたトウゴの手が、止まる。
最後のひとしずくが、空の色をうつして、鉢植えの花に落ちていく。
「それがいちばん安全といや安全だよな。隠すようなこともなくなるし、罪悪感で胸が痛むこともねえだろ」
こぼれていく言葉の旋律。
まるで、他人事みたいな自分のこと。
トウゴといることをやめる?
この場所からはなれて、なにもなかったことにして。
それが、安全。
だけど、この気持ちは?
この、色づいた想いはどこにいくの。
「や、」
足が、勝手に駆け出していた。
声と同時に。
その腕をつかんで、満たされていくものに呼吸をする。
バカだ。
トウゴだって、なにも感じていないわけないのに。
罪悪感だって、きっとあたし以上にあるだろうに。
嫌われることが怖いのは、だれだって同じ。
あたしが三浦くんに拒絶されて落ち込んだように。
このひとだって、勝見先生に知られたらという不安がつきまとっているに違いない。
なのに、自分のことばっかりだった。
自分の痛みばかりに過剰になっていた。
「ごめん、なさい」
「バーカ。うそだよ。ちょっと言ってみたかっただけだ」
見上げた先には、頬をゆるませた表情。
水にぬれたてのひらが、頭をなでていく。
知っている。
こんな憎まれ口を叩いていても、ほんとうはやさしいってこと。
言ってみたかっただけじゃないでしょう?
きっと、あたしがうなずけば。
そこで終わりになっていた。
「ごめんなさい」
つかんだ腕に、力をこめた。
不安なのは同じ。
こわいのも同じ。
いっしょにいるなら、ちゃんと話し合うべきだった。
やさしいてのひらが、頬を撫でていく。
髪にくちびるを落とされて、声が降る。
「大丈夫だ。いざというときは、俺がここをやめればいい」
いつものトウゴじゃないみたいなやわらかい声は。
衝撃を、降らせた。