表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/46

第38話 はじめて、たちはだかる。



 

 

 落ちてきたのは。


 やわらかな感触でも、微熱のようなものでも、なかった。

 






「あいつ、三浦嵐だろ。お前と同じクラスで委員の」


 上から降ってくる彼の声が、かたい。

 問いかけとともに、深く息を吐き出したのが見て取れた。


 トウゴも本気で動揺したのだろう。

 握りしめられた手から、血の気が失われている。


「三浦くんが、なんで、ここに」

「カバン届けにきたんだろうな。二つ持ってたしよ」


 数分前まで、戸口に立っていた三浦くんの手にはふたつのカバン。

 きっと勝見先生にいわれて運んできてくれたのだろう。


 それよりも、なによりも。

 見られて、しまった。


 あんなにしっかり見られてしまったら、もう言い訳なんて通用しない気がする。


「でも、助けて、くれたよね」


 それでも、さっき。

 彼のとっさの言葉がなければ、もうおしまいだった。






** *






 耳に、鈍く響いた音に目をひらいた。


 そこには。

 長く伸びた影と、大きく見開かれた目があった。




「三浦、く、」


 戸口で立ち尽くす彼と、目が合った。

 作業台をあいだにはさんでいるとはいえ、見えないわけがない。


 その証拠に、あの無表情な彼の目が大きく見開かれて停止している。


「おい、三浦。藤谷はいたか?」


 ドアの向こう。

 姿は見えないけれど、少し離れたところに勝見先生もいるらしい。


 近づいてくる足音が、耳を刺した。


 やばい。

 ほんとうに、これは。


 とっさにトウゴから手を離した。

 距離を取ろうとしたけれど、あまりの混乱からか足にうまく力が入らない。


 先に動きを取り戻した彼が、あたしの前に立ちはだかった。

 それでも、どうにかなるとは思えない。


 絶体絶命が、そこにあった。



「……いいえ」



 顔を逸らした三浦くんが、扉から手を離した。


 閉じられていくドア。

 軋む、音。


 わずかなすきまから、三浦くんの無表情な横顔が見えた。


「先生、藤谷はいませんでした。教室に戻ったのかもしれません」


 完全に閉じたドア。

 通り過ぎる影、遠ざかる足音。


 全身の力が、一気に抜けたのが分かった。


 たすけて、くれた?

 三浦くんが。


 いくら担任とはいえ、勝見先生は教育者。

 学校をサボるのは見過ごせても、こういったことが許してもらえるとは思えない。


 トウゴにとっても、あたしにとっても勝見先生は味方。

 その信頼を失うようなことがあっては、いけない。


 不用意だった。

 もっと、気をつけなきゃいけなかったのに。


 浮かれてすぎていた。


 恋は盲目なんて、だれかがいっていたけれど。

 まさか自分が身をもって知るとは思わなかった。






「でも、三浦くん、助けてくれたよ、ね」


 同意をもとめるように、おなじ言葉を繰り返した。


 あの言葉がなければ、いま自分はどうなっていたのだろう。

 想像もできない。


 いまだあたしの前に立ちはだかるトウゴを見上げる。

 表情がよく見えなくて、目を凝らした。


「まずいな」


 彼の声が、降りそそぐ。

 それは、事態の深刻さを物語っていた。


 いくら助けてくれたとはいえ。

 見られてしまったことには変わりない。



 ようやくはじまったはずのものに、影が立ちはだかった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ