第36話 はじめて、こいをしる。―すき?
なにもかもがはじめて。
それは、いつも彼がくれた。
「ったく、俺は大丈夫だ。シロの様子は明日見に行くから心配すんなよ」
足音が大きく響く。
作業台をはさんで、向かい側に立ったトウゴの指先が頬に伸びてくる。
こぼれる涙をすくいとっていくあたたかい指。
なくしたくない。
どうしても。
「あした、も」
「ん?」
かすれた声で、必死に言葉をつむぐ。
ここを大事だと思っていること。
なくしたくないと思っていること。
言葉にしなかったら、きっとわからない。
つたわらない。
「明日も、あさっても、ずっと、ここに来てもいい? トウゴと、シロといっしょにいたい。この場所で、いっしょに、いたい」
涙を飲み下して、最後まで言うことができた。
その達成感に息をつけば、頬に触れていた指先が動きを止めた。
正面で影を作るトウゴの目が、まっすぐにあたしを見ている。
「なんで、俺といたいんだ?」
思わぬ質問に、答えにつまってしまった。
なんで?
トウゴといっしょにいたい理由?
優しいから、は違うし。
親切だから、も絶対に違う気がする。
じゃあ、あたしがトウゴといたい理由は何なのだろう。
「わかんな、いけど、いっしょにいたい」
考えても答えが見つからなくて、ありのままを口にした。
怒られるかと身をすくめれば。
頬に触れていた指先が、ふたたび動きはじめる。
「お前、俺にここに来んなっていわれて、泣いただろ」
「う、うん」
「どうでもいいやつのために、泣いたりしないよな、普通。そう思うだろ」
指先が涙のすじをたどっていく。
そして、あご先でその指をとめた。
「どうでもいいやつと、いっしょにいたいなんていわねえよな。普通は」
あご先でとまった指に、そのまま引き寄せられていく。
体が前のめりになって、支えるために作業台に手をついた。
その上に重なる、あたたかいてのひら。
さわぎはじめた鼓動に耳をふさぎたくても、カラダが動かない。
「顔、赤い」
「だって、手が。なんかどきどき、するし」
「なんで」
なんでと聞かれても、これ以上どう答えていいものかわからない。
近づいていく距離。
その目がいつもより真剣で、ごまかせるような雰囲気じゃなかった。
「こうやって近づいて、俺に触られて、落ち着かないんだろ?」
重ねられていただけの手を、握り締められた。
強く、強く。
力をこめて。
「俺といっしょにいたい理由、教えてやろうか」
その目にあたしがうつって。
首を縦に動かす前に、彼が言葉を続ける。
「お前は」
どうして、あたしがしらない答えを彼が知っているのか。
その声は、どんな答えをつむぎだすのか。
まっすぐな視線が語りだしたものに息を詰めて、耳をかたむけた。
「俺のことが好きなんだよ」
空気も時間も鼓動も。
なにもかも。
「俺が好きでたまんねえから、いっしょにいたいんだろ」
その動きを、止めた気がした。