第33話 はじめて、あやまる。
白いライトバンに揺らされて。
時折、抱え込んでいるシロの名を呼べば、ちいさな返事が返ってきた。
運転に集中しているのか、トウゴはひとことも話さなかったけれど。
信号待ちのたびに、その手がシロとあたしの頭を優しくなでてくれた。
「寄生虫!?」
「回虫症っていうんだけれど、この子、ものすごく食べたりしませんでしたか?」
「たべて、ました」
ついた病院でさっそく診察を受けた。
ぐったりしたそのカラダを預けたとき、思わずひざが崩れてしまいそうになって驚く。
どうやら自分で思っていたより、あたしは緊張していたらしい。
検査結果はすぐに出て、診断は以上のとおり。
たしかに子猫のわりにはいやに食べると思っていた。
それなのに、体重は増えないし。
「脱水症状に成長不良。それにお腹も膨れているね。たかが寄生虫と思うかもしれないけれど、子猫がかかると危ないんだよ」
気をつけてあげるようにと念を押されて、首を動かすことしかできなかった。
なんで、もっとちゃんと気をつけてあげなかったんだろう。
子猫だからこそ、もっと慎重になるべきだったのに。
わかっていたはずなのに。
自分のことばかりに気を取られていた。
「ご、めんね」
指先でのどもとに触れる。
細められた目が、力なくあたしをうつしていた。
「では、お預かりいたします」
脱水症状がひどいということだったので、シロは入院することになった。
診察台の上で横たわるシロに、点滴が刺さる。
こんなになるまで、気がついてあげられなかった自分がどうしようもない。
「よろしくお願いします。また明日来ますので」
痛々しい姿を見て、泣きそうになっていれば。
後ろからトウゴの声が聞こえた。
先生に深深と頭を下げているその姿を見て、あたしもあわてて頭を下げた。
動揺するばかりで、ほんとうに子どもだと思った。
泣くのはいつでもできると、にぎったてのひらに力をこめてこらえた。
「はい。ええ、今から戻りますので。はい。申し訳ありませんでした」
病院を出て、車に乗り込む。
トウゴはケータイで学校に連絡をとっているようだった。
わずかに聞こえた声は、ずっと謝ってばかり。
これは間違いなくあたしのせいだ。
仕事を放り出して、内緒で飼っていた猫を病院に連れて行った。
授業を抜けた生徒とともに。
最悪の事態。
下手したら、トウゴは責任を取らされるかもしれない。
少なくても、もうあの場所でシロを飼うことはできない。
だんだんと冷静になっていく。
あたしは、どこまで自分勝手だったのだろう。
あたしがついてくるということは、さらにこのひとの立場を危うくさせたにちがいないのに。
「待たせたな。行くぞ」
何事もなかったように運転席に乗り込んだトウゴはエンジンをかけた。
発車寸前の振動に、思わず手を伸ばしてハンドルを押さえた。
「なんだよ」
怪訝そうにまゆをひそめた彼があたしを見る。
なんていったらいいのかわからなかった。
声は出ないのに、涙ばかりが素直にあふれてくる。
「おい、どうし、」
「ごめ、んなさ、い」
ようやく音になった言葉は、涙といっしょにこぼれ落ちた。
「ごめんな、さい」
この言葉は自己満足だ。
あやまっても、もう取り返しがつかない。
わかっているのに、どうしても止まらなかった。
〈参考文献〉
かわいい猫の育て方と手入れ(1991年)上杉富江/監修 ナツメ社
猫と犬の気持ちがますますわかる本(1995年)荻原英昭/編集 かんき出版
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