第31話 はじめて、さけぶ。
まるでフィルターがかかったみたいに。
目の前から、色が消えた。
「シ、ロ」
一瞬消え失せたセカイの色は、その名前を呼ぶことでにじんだ。
いま起きていることをうまく飲み込めなくて、ただゆっくりと前に向かう。
近づけば、耳にかすれたような息づかいが聞こえた。
目の前にはあのやわらかなちいさいカラダ。
ぐったりと横たわる姿に、ようやく我に返った。
「シロっ!」
そのカラダに触れようと手を伸ばす。
けれどとたんにケイレンがはじまって、後ろ足がひくひくと異常な動きを見せた。
突然のことに怖くなって、手を引っ込める。
「シロ! どうしたの!? シロ!」
砂箱のふちをつかんで、その姿をのぞきこんだ。
なんだか、お腹がいやに出ている気がする。
確信が持てない。
それに、触れることもできない。
何もかもわからなくて、あたしはただ叫ぶことしかできない。
「シロ!」
ケイレンはすぐにおさまったものの、力をうしなったままのカラダ。
細い目があたしを見ていることだけは分かって、無力な自分を痛感した。
音のない声が。
開いたままの口が。
助けてといっているように、聞こえた。
でも、どうにもできない。
触って、またケイレンでもしたら。
そもそも動かしていいものなのか。
混乱している。
動揺がつま先から指先まで支配する。
「……たす、けて」
どうしたらいいのかわからない。
だけど、声を出さずにはいられなかった。
だれもいないのに。
そんなこと分かっているのに。
この声がとどくわけないのに。
それでも。
どうして、いまあのひとの姿が浮かぶんだろう。
「助けて、トウゴ!」
自分の声が、高い音域で響き渡る。
木材に跳ね返って、汚れた備品を跳ねて、床に落ちていく。
落下する叫びは拾われることのないまま、くだけ散ってしまうのだと思った。
あきらめかけて、目をふせた次の瞬間。
乱暴に開け放たれた音にまぶたをこじあけられる。
あたしの叫びは、ドアから入り込んできたつま先にあたって跳ねた。
跳ね上がった先。
軋むドアの向こうから伸びる長い影。
息を切らせて、入り込んできたのは。
「とう、ご」
カウンセリング室に行ってしまったはずの、彼の姿だった。