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第30話 はじめて、みうしなう。





 何も聞きたくなくて、保健室を飛び出した。





 カウンセリング室の前を駆け抜けたとき。

「入室禁止」の立て札が、ちいさな音を立てた。


 しらなかった。

 ぜんぜん、しらなかった。


 あのひとにも「場所」があるなんて、しらなかった。


 加速する足。

 向かう先は、ただひとつ。


 いまなら、あたしのあの「場所」にはシロしかいない。


 もう、どうでもいい。

 トウゴなんていらない。


 はじまりは、あの公園だった。

 生きたいとあたしを求めるあの白い叫び。


 そこに戻ればいい。


 そうすれば、この痛みもこの気持ちも。

 ぜんぶなかったことにできる。



 あの場所を大事だと。

 失いたくないと、取り戻したいと。

 思っていたのはあたしだけだった。


 思い上がっていた。

 思い込んでいた。


 あの場所は、あたしだけじゃなくてシロやトウゴにとっても大事なものなのだと。


 でも、そうじゃなかった。



 上履きのまま、土を踏みしめて。

 またあふれだしたものをソデでぬぐった。


 たどり着いたプレハブ小屋。

 扉の向こうのシロを抱きしめたら、ここを飛び出して公園へ行こう。


 だいじょうぶ。

 また、はじめに戻るだけなのだから。



「シロ」



 軋む音が薄闇を裂く。

 足を踏み入れて、なれたにおいがハナをついた。


 木と油とペンキのにおい。

 そして、それはあのひとのにおい。


「シ、ロ?」


 いつもかけよってくるはずの姿が見当たらない。

 周りに目をやって、カラダごと回る。


 けれど、あの白い色はどこにもない。


「シロ!?」


 いない。

 シロが、どこにも。


 五時間目の休み時間にはたしかにいた。

 あの言い争いのときはたしかに。


 あれからまだ一時間もたっていない。

 いくらトウゴが見ていないからといって、そんな短時間でいなくなるわけがない。


 そもそも、あのちいさな猫がひとりでどこかへ行けるわけがないのに。


 窓は高い位置にあるし、扉はいつもきちんとしまっていたのだから。

 いまだって、あたしはこの扉を押してなかに入った。


 だったら、間違いなくこのなかにいる。


「シロ! どこなの!?」


 床にひざを落として、てのひらをつけて、低い体勢をとった。

 木材や、よくわからない備品のすきまやあいだを目で追う。


 壁際まで這うようにして進んだけれど、いっこうにその姿が見つからない。

 こんな狭い場所なのに、どうして。


 焦りと不安が、床についている手をじっとりと濡らした。

 暑くもないのに、おでこや背中までぬれている気がする。


 息がつまって、苦しさのあまり一度、顔をあげた。

 ドアからエサ場近くの壁まで這って進んだから、手やひざが黒くなっている。


 汚れをはらうために手をたたけば、その先にある水の容器が目に入った。

 なぜか、わずかにゆれて波紋を広げている。


 そのすぐ横にはトイレの砂箱。

 そのなかに、同じようにゆれる影が見えた気がした。


 汚れを払ったばかりのてのひらを、前に進めた。

 それにともなって、ひざが床をこすった。


 のぞきこんだ、砂箱のなか。


 やわらかな毛にからみつく砂粒。

 横たわるちいさなカラダ。


 わずかにあいた目と、開いたままの口からもれる空気のおと。




 声が出なかった。


 探していた色は、砂箱の中で横たわっていた。






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