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第26話 はじめて、とどける。





「書いたひとから、教卓にのせて下さい。お昼休み終了まで、御協力お願いします」




 授業が終わって、その開放感から解き放たれる前に声をかけた。

 相変わらず、視線がいたい。


 どう考えても、三浦くんはこういうことをすんなりいえるタイプには思えなかった。

 目立つことはことごとく避けてきたけど、今日に限っては別だ。


 さっさと集めないと集計に間に合わない。

 焦りは、あたしの臆病な気持ちを動かす。



 アンケート用紙を配ってくれている三浦くんが、少しだけ笑ってくれたような気がした。


 席についていたみつきが、あたしを見て用紙をひらひらとふりながら視線を投げてきた。



 なにもないわけじゃない。

 ひとりじゃない。


 視線はいたいけれど、それは前のようにトゲをもったものじゃない。


 動いていく。

 なにかが、すこしずつ。


 こんなこと、しらなかった。

 ここにいなければ、しらないままだった。


 教卓に立つ足がふるえているのに。

 顔が、緊張でこわばっているのに。

 頭の中はぐちゃぐちゃなのに。


 それでも、いま思い浮かぶのはあの顔。

 行けと乱暴に言い放つ、あの声。


 なぜか、胸がちいさく音を立てた。







 昼休みの終了を告げる予鈴の音とともに、用紙の回収をかけた。

 ほとんどの用紙を回収できたのは、三浦くんがひとりひとりに声をかけてくれたことが大きかった。


 数人だけど、あたしに直接用紙を渡してくれる子もいた。

 わずかでたわいもない、それでもだれかとの会話。


 緊張したけれど。

 ためらいや、はずかしさもあったけれど。


「これ」

「あ、ありがとう」


 それでも。

 自分の存在をみとめられていく実感。


「がんばってね」


 そんな、ヒトコト、なのに。


 色づいていく。

 あざやかに。


 黒板の緑。

 カーテンの日焼けた白。

 落書きだらけの机の茶色。


 制服の紺。

 上履きのラインの赤。


 透明なガラス窓。

 その向こうに、空の青。



 セカイは、モノクロなんかじゃなかった。


 こんなにもあふれかえっていた。



 五時間目終了の鐘が鳴り響く。

 強制するように、叫んでいるように聞こえた、この音。


『チャイムなんか関係ねえ。あんなのただの合図だろ』


 この音は、あの用務室に行ける合図。

 生きがいをくれたシロと、場所をくれたトウゴに会える、音。


 カラダが勝手に走り出してしまいそうだった。

 だけど、まだ仕事がある。


 たかがアンケートだけど、それでも。

 まかせられたことは、しっかりやりたい。


 打算的な意味じゃなくて、きっと、なにかにつながるような気がするから。


 

 席を立つクラスメイトたちのなか、机の上で集めたアンケート用紙を広げた。


 ため息をついて、お腹に気合いをいれて。

 シャーペンを握れば、後ろから肩を叩かれる。


「りこ、行ってきたら? あたしやっておくから」


 みつきが身を乗り出して、あたしの手からシャーペンと用紙をうばっていく。

 彼女のキズだらけの机で、とんとんと整えられていく用紙。


「どこかに行きたいって、背中に書いてあるよ」


 その指が、あたしの背中でハートを描く。


 それでも立ち上がることができずにいれば、離れた席から三浦くんと目が合った。

 無表情な彼は一度だけ視線を廊下へ向けると、机に広げたアンケート用紙に目を落とした。


『行け』


 声は聞こえなかったけれど、一瞬重なった目がそういってくれているような気がした。



 目尻が熱い。

 ゆらゆら、胸のなかで揺れるなにかがあふれだして、せまってくる。


 だれかのために、なにかをするなんて出来ない。

 見返りや得になるようなことがなければ、それは偽善でしかない。


 ずっと、そう思ってた。

 だけど。


 このふたりはそんなこと、きっと考えてもいない。


「あり、がと……」


 こんな単純な言葉。

 今まで何も考えずに、ただ使っていたような気がする。


 でもそれは、あたしがその意味をしらなかっただけのことだった。


「ほんとに、ありが、とう」


 くりかえす。

 この気持ちを、伝えたいと思ったから。


 なにもできないけれど、伝わればいい。

 少しでもいいから、とどけばいい。


 このふたりに。


 そして、いまは。

 用務室のあのひとにも、いいたい。


「どういたしまして。ほら、早く行ってきなよ」


 後ろからみつきに背中を押されて、ようやく立ち上がる。

 アンケート用紙に向き合っている三浦くんの席を通り過ぎる。


 ドアを踏み越えた足が、加速していく。



 つたえたい。

 会いたい。

 

 いますぐに、どうしても。



 とどけたい想いを胸に抱いて、走り出した。






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