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第25話 はじめて、にぎりしめる。





「藤谷、三浦。職員室に来い。委員会のことで話があるから」




 授業を終えて、駆け出そうとしたあたしを引き止める勝見先生の声。

 ざわめいた教室のあいだをぬって届いた言葉に、愕然としてしまった。



 あたしが行かなくても、きっとシロは大丈夫。

 だけど、唯一の時間を奪われてしまうことがたまらない。


 それに、朝からトウゴの姿を見ていないのに。


 いつもどおり休み時間ごとに用務室へ行っても、中にはシロの姿だけ。

 水が補充してあったから、授業中には戻っているようなのだけど、なにかおかしい。


 まるで避けられているみたいで、胸がさわぐ。


「いこう」


 ドア付近で足を止めていると、大きな影が声をかけてきた。


 愛想どころか感情もこもっていない声。

 高校生にしてはやけに高い身長。


 目立つはずなのに、いままで気がつかなかった。

 どうやら、彼が同じ委員会の三浦くんらしい。


 先に行ってしまった背中を追いかけ、フクザツな胸のなかでシロに何度もあたまを下げた。







「昼休みにアンケートとって、放課後までに集計して提出。今日中な」


 渡された紙の束には項目がいくつかあって、無記名で答えられるようになっていた。

 目を通せば、環境関係のことや、学校で増やしてほしい花などについて書かれている。


 実にたいしたことはないアンケート内容。

 問題は。


「じゃ、休み時間、つぶれちゃうじゃないですか!」


 あたしの絶望が声になって、職員室に響いた。

 驚いた先生方がこちらを見ているのが分かって、口をつぐむ。


 いまは三時間目の休み時間。

 次は、お昼休み。


 ここでアンケートをとって、五、六時間目の休み時間、放課後で集計。

 どう考えても、シロのところにいく余裕がない。


 そんなのは困る。

 いくら教室になれて、みつきもいてくれるからとはいえ、あの場所に行けないのはつらい。


「集計作業をふたりでやればすぐに終わるだろう? な、頼むよ」

「そんな、」


 いいかけた言葉に重なる鐘の音。


 先生に背中を押されるようにして出た職員室。

 だめ押しとばかりに手を振られて、説得する間も与えてもらえなかった。


 教室にもどるあたしを襲う絶望。

 繰り返しつくため息。


 どうしよう。

 でも一度やると決めたのだから、どうのこうのは言いたくない。


 でも。


「……藤谷」


 鐘がなったというのに、いまだ生徒が走り回る廊下。

 消えてしまいそうな、ぼそっとした声は、隣であたしの名前を呼んだ。


 首をそちらに向ければ、無表情でなにを考えているか分からない三浦くんが視線を向けていた。

 というか、職員室に入ってから出るまでひとことも話していなかったから、すっかり忘れていた。


 この長身で彼がクラスで目立たないのは、つまりそういうことなのかもしれない。


「昼だけで、いい」


 短文だけの唐突な言葉の意味がわからず、首をかしげてしまった。

 聞き返そうとすれば、どうやらその言葉には続きがあったらしく、彼が口を開く。


 なんだか、調子がくるってしまう。


「あとは、俺がやる。だから、いい」


 前文とつなげて、意味を考えた。

 導き出される答えはひとつ。


 どうやら彼は。

 昼のアンケート配布の協力を求め、集計作業は自分がやると言いたいらしい。


 なんて、分かりにくい言葉。

 こんなに会話にリズムもテンポもないひとはめずらしい。


 でも、彼のそのつたない言葉は。

 あたしを思っていってくれたもの。 


 その気持ちが、とても嬉しかった。


「ごめんね。でも大丈夫だから。一緒に頑張ろう」


 いままで、ずっと逃げてばかりだった。


 引き受けたものは、自分の利益になるからしかたないといやらしい計算をしていた。


 だけど。

 彼は、あたしを気づかって仕事を請け負ってくれようとしている。

 こんなアンケートだけど、彼の得になるようなことはなにひとつないのに。


 自分の意志で、委員会に入ると決めた。

 投げ出すような人間には、もうなりたくない。


「ああ」


 響く靴音。

 教室に戻れと廊下で声を上げる先生の声。


 少しだけのがまん。

 あの場所はなくならないし、きっとシロとトウゴが待ってくれている。



 かたちあるものが、ずっと欲しかった。

 絶対的ななにかが欲しくて、たまらなかった。


 それはいま、このてのなかに。



 にぎりしめたてのひら。

 廊下から見える空は、もうモノクロじゃない。


 だから、がんばっていける。



 そう信じて疑いもせず、三浦くんと教室に向かって足を速めた。






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