第21話 はじめて、おじゃまする。―どきどき?
「なんだ、そのかっこ」
「っ、そ、それは、こっちのセリフよ! このヘンタイ! ふ、ふ、服着て来い!」
掃除機の音がとどろく部屋のなか。
湯気をあげて出てきたトウゴは下にジーンズをはいて、上半身はなにも着ていなかった。
「信じられない。シロにヘンタイがうつったらどうしよう」
「バカか。んなのうつるかっつの」
「ちょっと、こっちこないでよ。髪、ちゃんと乾かしてきて。せっかくシロが乾いたところなんだから」
あらかた片付いた部屋。
ドライヤーを持ちながらシロのつるつるになった毛をなでていると、ペットボトル片手にトウゴが近づいてきた。
首にかけたタオルで無造作にふき取ったらしい髪からは、しずくがとめどもなく落ちている。
それが黒いシャツとだらしなく履いたジーパンを濡らしていた。
見慣れない私服姿に動揺しながら、あまり目を合わせないように追い払う。
シロの毛に濡れているところはないか入念にチェックしていると。
背後から伸ばされた手に、そのカラダを奪われてしまった。
「次、俺な」
シロのかわりに、目の前に座り込む壁。
視界が背中で覆われて、シャンプーのにおいとお風呂上りの蒸気が頬を染めていくのがわかった。
「じっ、自分で、」
「俺の言うことは絶対。ハイ、よろしく」
こっち、向かなくてほんとうによかった。
いま、まちがいなく。
あたしはおかしな顔をしている。
強く言い返せなかったのは、そのせいだ。
無言でドライヤーのスイッチを入れる。
温風が髪と、ココロをゆらす。
耳まであつい。
硬い髪にふれて、息をするのも忘れてしまいそうになる。
なにか話さなきゃ、ヘンだと思われるのに。
口をひらいたら、心臓がとびだしてしまうかもしれない。
なんて、バカなことを思う。
大きな背中。
広い肩。
太い二の腕は、あたしとは全然がちがう。
「シロ、きれいになったな」
あぐらをかいた足元で、じゃれつくシロに話しかけて笑っている。
あたしにはちっともやさしくないのに、シロには甘いこの男。
なんで、こんな気持ちになるんだろう。
「なあ」
言葉の方向は、急にあたしのほうへ。
跳ね返りのたうちまわる鼓動を、吸い込んだ呼吸で押さえて返事をした。
いったいなにかと思えば後ろに手が伸ばされて、エプロンのスソを軽くひっぱられる。
思わず立ちヒザをしていた体勢がくずれそうになった。
「なんだよ、このかっこ」
「なんとなく必要かと思っただけ。でも、準備しておいてよかった。まさかこんなにきたないなんて思わなかったから」
買い込んだ食品を調理しろといわれると思って、用意しておいたエプロン。
薄ピンク地に、スソがレースになっている。
それは、最近台所に立つことが多くなったあたしのために、お母さんが買ってくれたものだった。
こんなかわいいの、自分には似合わないと思っていたし。
てっきり、またバカにされるのだろうと覚悟していたのに。
「ちょっと、いい。お前にしては」
もし、最後の余計なヒトコトがなかったら。
あたしは顔から火をふいて、ドライヤーを落としたに違いない。
そう、思った。