第20話 はじめて、おじゃまする。―そわそわ?
空に青。
いつのまにか終わっていた桜の木に、わずかに残る薄紅。
葉をゆらして、その緑を伸ばした枝を見上げる。
「あった……」
昨日、散々くり返し聞かされたアパートの名前が目に入った。
風に舞うは、昨夜、ベッドの上でくり広げられた戦いに勝ち残ったスカート。
はいてみたら思ったより丈が短くて、そのすそを手で押さえた。
重ね着したキャミの上から羽織ったパーカー。
ゆるくまいたストールに顔をうずめて、息を吐く。
なんで、こんなに緊張しなきゃならないんだろう。
両手に抱えたビニール袋にはシロのためのエサ。
それと、あの横暴最悪最低絶対権力男のエサ。
これはただのエサやりみたいなもの。
面倒を見に行くだけ。
それ以外に、意味なんてない。
何度もくり返した理由をまたつぶやいて、息を吸い込んだ。
散っていくはなびらが吸い込んだ空気に溶け込んで。
胸を薄紅に染めている気がした。
「きったない!」
「……お前、A型?」
「B型! それがなによ」
「いや、納得しただけ」
開かれたドア。
玄関の向こう側は、腐海だった。
現在の時刻、午前十一時。
なのに。
奥に見える締め切られたカーテンと、いま起きてきましたといわんばかりの格好の男。
その腕に抱きかかえられていたシロといっしょに、お風呂場に押し込んだ。
ワンルームのいたってふつうのアパート。
ベッドにテレビ。
テーブルに棚。
けれど、いずれもが整理されていない。
というかきたない。
山になったタバコの吸殻。
空き缶やカップ、皿の群れ。
呼吸をくり返しただけで、肺が黒くなってしまいそうな気がする。
唯一まともだったのは玄関からつながるキッチンくらいなもので。
一歩、部屋に足を踏み入れれば、なにかを踏みつけるようなありさま。
あのプレハブ小屋がきたないのは、その作りのせいだけではないということがはっきりした。
「とにかく、片付けないと……」
なにから手をつけたらいいのかさっぱり分からないけれど、とにかくソデをまくった。
はじめて、ひとの家に呼ばれた。
ただそれだけのことなのに、ゆうべはあまり眠れなかった。
けれど、いつもと変わらない、へたすればいつもよりひどいこの状況。
玄関チャイムを鳴らしたあのときの緊張と指のふるえを、返してほしいと思った。