第02話 はじめて、よばれる。
案の定、カゼをひいた。
それでも家にはいたくないから、制服を着て、駆け出した。
昨夜の出来事が夢だったかのように、空は日常を取り戻していた。
けれど、この胸を巣食う黒い声。
あの後、その場を去った黒いひとを追うことができず。
子猫のことが心配でたまらなかった。
「ねえ、いないの!?」
見るも無残な公園跡地。
ぬかるむ土に足をとられても、前に踏み出した。
からみつく濡れた草を引きちぎって、駆け寄る。
一晩ですっかり朽ち果てたベンチの下に、あのちいさな白はいなかった。
靴下が、靴の中が。
湿気でまとわりつく制服が、気持ち悪い。
頭が、胸が。
ぐちゃぐちゃとかき回されているみたいに、気持ち悪い。
どうしよう。
やっぱり追いかければよかった。
不安と動揺が足から力をうばっていく。
目元を刺激して、熱いなにかをよびさます。
「どこに、いったの」
じんわりと、かたまりがこみ上げる。
あふれて、ゆれて、こぼれ落ちる。
なさけない。
でも、どうしたらいいのかわからない。
急に、思い出したように背筋をはい上がる寒気。
ぞくぞくと背後からせまって、頬を染めていく。
あたしの降らせる雨は、雑草の群れにいともカンタンにはじかれた。
「……っ、はぁ、」
痛むノドが声にならない音を出して、カラダをゆらす。
呼吸のしかたがわからなくなって、あえぐように口をひらいた。
息を吸いこめば、ノドにつめをたてられたような痛みが走る。
いたい。
くるしい。
どうしたらいいのか、わからない。
遠くで、鐘の音が呼んでいる。
行きたくない。
聞きたくない。
もう放っておいてくれればいいのに、いつまでも鳴りつづけるあの音。
そして、近くで。
「おい」
だれかが、あたしを呼んだ。
振り向いた先には。
黒い長靴をはいた、きたない作業着のひと。
泣き止もうとしても、もう止まらなくなっている。
自分でコントロールができないのだからどうしようもない。
子猫の行方を聞きたくて、口を動かすのに声が出なかった。
それどころか、呼吸をくりかえすのも必死。
くるしい。
あたまが、いたい。
ノドも足も胸も、なにもかも。
「お前、ちょっとこい」
ビニール手袋をした手が、手首を強くつかみとった。
抵抗したくても、そんな力はどこにもない。
そのままひっぱられて、歩き出す草原。
かすむ視界のなかで、後ろ姿だけがやけにくっきりとうつった。
鐘の音が、聞こえる。
だれかを呼んでいる。
行きたくない。
もう、そっちには。
でも。
この場所にも、なにもなくなってしまった。