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第19話 はじめて、もらう。





「緑化委員、なったんだろ?」

「だれかさんの根回しのおかげですけどね」



 校舎裏に向かう途中。

 廊下の奥から人影が向かってくるのが見えた。


 窓から差す焦げた茜色のせいで表情は見えない。

 なのに、なぜか笑っているように思えた。


 きたない作業着。

 目深にかぶった帽子。


 ポケットに突っ込んでいた手を出して、トウゴはすれ違いざまにあたしのあたまに触れた。


「お前にしては上出来だな」


 その手に足を止めたのはあたしだけ。

 遠ざかっていく背中はオレンジに染まって、作業着の汚れすらもう見えない。


 触れられたところからつま先まで。

 なにかが走って、じんじんとしびれる。


 まるで髪に手形をつけられたようだと思った。


 その感触がいつまでたっても消えてくれなくて。

 あたまをさすりながら、シロの待つ用務室へ足を急がせた。





** *





「戻ったぞ、シロ」

「ちょっと。あたしもいるのわかってるでしょ。あんたはどうしてそういやみったらしいのよ」


 用務室でシロとたわむれること数十分。

 戻ってきたトウゴを出迎えてやれば、シロだけにその手が伸ばされた。


 あたしの腕のなか。

 ちいさな白いかたまりは甘えた声を出して、ノドを鳴らす。


「んだよ、お前もなでてほしいわけ?」

「そ、そういうことをいってるんじゃないってば、……っ!」


 その発言に急激に体温が上がって大きな声をあげてしまった。

 声に驚いたシロがつめを立てて、腕のなかから飛び降りる。


「ごめ、」


 見事着地に成功したシロに触れようと、かがみこんだ。

 同時に上からバカという言葉が降ってきて、反論できずにくちびるをかむ。


 いったい、だれのせいだと思っているんだろう。


「明日から休みだからな、今日は疲れたぜ」


 あたしを通り過ぎていく足音。

 立ち上がろうとひざに力をこめれば、重みと温度があたまにのせられた。


「ただいま」


 見上げればその顔は正面に向けられていたけれど。

 

 言葉は。

 声は。

 その手は。


 間違いなく、あたしに向けられていた。


「おかえり、なさい」


 そのてのひらが、なぜだかとても気持ちよくて。

 廊下でつけられた手形にぴったりとおさまった感じがした。





 遠くで、鳴る。

 今日という一日が終わる、最後の鐘の音。


 鳴り終えるのを確認してから、いつもように立ち上がった。

 シロの頭をひとなでしたあと、身支度を整える。


「おい」


 中央の作業台で日誌をつけていたトウゴがなにかを投げてきた。

 弧をえがいた鈍いひかりは、ちょうど差し出したてのひらに落ちる。


 まじまじと、そのちいさなかたまりに目をやった。


「なにこれ。ここのカギ?」

「んなの生徒に渡すわけねえだろ。俺の家のだよ」

「は?」


 予想外の答えに思わず落としそうになって、あわててつかむ。


 カギ?

 家の?

 なんで?


「連休に入ったらここにはこれないだろうが。シロはうちに連れて帰るし。お前、面倒見に来い」


 つめたいそれが、手のなかで温度を増していく。


 シロの面倒を見に行く。

 理由がはっきりしているのに、なぜだか胸がさわがしい。


 最近、ほんとうにあたしはどこかがおかしい。


 少し前だったら、なんであたしがと叫んでいたはずなのに。

 じんわりと広がっていく、このあったかくてしぼりとられるような気持ちは何なのだろう。


 ぬくもりをおびたカギを握りしめて、首をタテに動かすべく息をのむ。

 ところが。


「どうせヒマだろ」


 この憎まれ口のせいで、なにもかもが一瞬で吹き消されていく。


「なんであたしが、あんたの家なんか行かなきゃなんないのよ!」


 踏み鳴らした床が音を立てて。

 ちいさな白いカラダが、作業台へと逃げていった。





*******



予告。






はじめて、ひとの家に呼ばれた。


ただそれだけのことなのに。

ゆうべは、あまり眠れなかった。



「は、はなしてよ」



すきまから入る、はないろの風。


胸を染めて。

頬を染めて。



「いいこと、教えてやるよ」



このココロを、ゆらしていく。






次話より

『はじめて、おじゃまする。』編、開始。



*******

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