第17話 はじめて、きめられる。
「りこってば、いつもどこいってるの?」
「ごめんごめん。ちょっとやぼ用ってやつ。次ってロングホームルームだっけ?」
予鈴が鳴って教室に戻ると、みつきはもう自分の席についていた。
最近、気がついたのだけれど。
鐘が鳴ったからといって、席にすわる子なんてほとんどいなかった。
中学のとき、どうやらあたしは恐ろしくマジメなクラスにいたようだ。
鐘の音すら気にせず、廊下でキャッチボールをしている男子までいる。
いままで、本当にあたしは堅苦しく生きてきたらしい。
そんなこと、ここに来るまでちっとも知らなかった。
「そうそう。委員会決めるんだって。りこはどうする?」
すっかりなじんでしまったイスに腰を下ろして、後ろを向いた。
委員会決め。
そんなこと、すっかり忘れていた。
「考えてなかった。みつきは?」
「同じく」
目を合わせて、お互いに笑みがもれる。
いつのまにか、ちゃん付けだった名前は呼び捨てになっていた。
いつのまにか、当たり前のように話すようになっていた。
授業がはじまるまでのわずかな時間。
あの突き刺さるような視線は、もう感じない。
みつき以外にまだだれとも話したりすることはないけれど。
それでも、自分がこのクラスで浮いて見えることはなくなったように思う。
「おら、いいかげん席につけ。日直、号令」
ざわついた教室を引き締める担任の声。
一瞬、視線がぶつかる。
その目があたしをとらえて、胸をなで下ろしたのがなんとなくわかった。
こんなにも自分がだれかに心配をかけていたなんてしらなかった。
それが不謹慎ながらも、うれしいということも。
「起立」
本鈴とかさなる日直の声。
あの強制的な叫びは、もう聞こえない。
** *
「緑化委員は三浦くんと藤谷さんに決まりました」
割れんばかりの拍手のなか。
あいた口がふさがらなかった。
委員会なんて面倒なだけだし、あまり目立つことはしたくなかった。
だからぼんやりと頬づえをついていただけだったのに。
なんで、こんなことになってしまったのだろう。
思い返せば、まず最初に学級委員が決まった。
積極的な子が多いのか、意外にも次々と委員会名の下に名前が書かれていく。
ところが。
あと残りわずか、というところでその動きが止まり、気まずい雰囲気が流れた。
近くの席どうしで、こそこそと相談する声が飛び交うなか。
あたしは、自分には関係ないと外を見ていた。
「ね、りこも何か入ったらいいのに」
後ろから、みつきのやわらかい声。
イスを少しかたむけて、答えようとしたそのとき。
「っ、わっ」
予想外にかたむいてしまい、バランスがくずれた。
幸いにもイスは後ろのみつきの机にあたり、倒れることはなかったけれども。
「藤谷さん、立候補ですか?」
くずれたバランスをとろうとした無意識の結果。
左手は机に、右手は宙に高々と上げられていた。
いくらなんでも、強引すぎる解釈。
教卓に立つ委員長へ、訂正しようとした矢先。
「いいだろ。どうせ決まらないところだったし。藤谷、緑化委員やってくれ」
黙って座っていただけの担任が、こっちを向いていた。
突然なにをいいだすのか。
拍子抜けしていれば、そのごつごつした手が大きな音を立てた。
「ちょっと、まってくださ、」
あたしの抗議もむなしく。
ひとつだけだった拍手は、いまやクラスをひとつにまとめあげていて。
「がんばってね、りこ」
みつきのそのヒトコトが、決定打となってしまった。